No.1!

No.1!


 2月14日 ―― バレンタインデー。
 おれは、パステルにチョコをもらった。っつったって、その他大勢と一緒……つまり、義理チョコだ。
 ま、いつもならあせりゃしねぇ。あいつの鈍感さはわかってるしな。もう毎年のことだ。
 でも、今年は違う。
 バレンタイン少し前からギアがシルバーリーブに滞在してたもんだから、パステルはやつにまでチョコをやりやがった! 例えそいつが義理だったとしてもだ。まず“ギア”にやったってことが気にくわねぇ!
 その上、だ。ギアにだけ、頬を染めながら渡しやがったっ!!!
 そりゃよ、ギアだけ(半魚人は除いてな)がパステルにプロポーズしてっからだってのはわかってるさ。
 だけどな? 恥かしそうに赤くなったあの顔が、おれに向けられたもんじゃねぇってのが、こんなに気に入らねぇとは思わなかったぜっ!!!

 あいつのどんな表情も自分のもんにしてぇ。

 そう思っちまったら、今までのように“家族”のような関係でいるのに耐えられなくなった。
 けど、いざその関係を壊そうと思ったら…できなかったんだよ。
 仕方ねぇだろ!? パステルの顔見ると、どーしてもからかっちまうんだから!!
 あいつの笑い顔も好きだけど…怒ったり、いじけたりした顔を見るのがたまんねぇんだよ……。

 って、それじゃ進歩ねぇじゃねぇか!!

 だからおれは決めた。
 ホワイトデー ―― 3月14日に、あいつにおれの気持ちを伝えるってな。
 ……もちろん、うまくいかなかったときのことも考えた。
 自分がどうなるかわからなくて少し怖ぇけどな、このままずーっと意識されないで側にいて、いつか誰かにかっさらわれるのを見るよりはいいじゃねぇか!
 そう、自分を奮い立たせた。


 告白するって決めたのはよかったが、問題はホワイトデーに渡すお返しだ。
 普通に菓子なんかをやるんじゃなくて、いいもんをやりてぇ…と思うんだが、いかんせん万年貧乏パーティのおれたち。ほとんどすっからかんのこの状況じゃ、プレゼントすら用意できねぇぜ。
 なんか手っ取り早く、ひと月以内で金を稼げるバイトはないか…なんて思ってたとき、キットンがバイト誌を持って来た。
 グッドタイミング!
 おれたち(クレイもお返しのための金に困ってた)は、雑誌を覗き込んでいいのがねぇか探した。
 しばらくして、視線が止まったのは『ホスト募集』の文字。
 きっとそれだけだったら、んなめんどくせぇ職になんか興味持たなかった。でもな、これだよこれ。募集の文字の下に書いてある、『No.1には特別報酬あり』ってとこ!!! うまくいけば手っ取り早く、相当な金が手に入る。

 おれたちは、そのバイトをすることに決めた。



 行ってみて一番驚いたのは、そこに、アルテアとイムサイ、オーシ……それに、ギアのやろうがいたってこと。
 どうも、同じ理由でNo.1を狙ってるらしい。

 パステルのためにも、こいつらなんかに負けてらんねぇ!

 やる気満々での初仕事は……案外辛かった。
 ホストってもんが、やってきた客を喜ばせる仕事ってのは知ってたんだが、言葉遣い、客の嗜好、グラスの扱い方、ライターの扱い方……覚えなきゃなんねぇことが山ほどありやがる。

 こりゃ……負けるかもしんねぇ。

 無難にそれらをこなすギアたちを見て、一瞬そんな考えが頭をよぎるが、簡単には諦められるはずがねぇ。
 それに、バイトははじめたばっかりだ。これから努力してコツを掴めばいいこった!!



 それから、血のにじむような(?)努力の日々がはじまった。
 気に食わなかったが、アルテアやイムサイ…ギアのやろうのヘルプにも入ったさ。楽しく客と談笑してやがるあいつらの横でニコニコ笑って話を聞いたり、グラスに氷を入れて飲み物の準備をしたり…。

 あぁっ!!! 思い出すだけでも腹が立つぜっ!!


 そんな状態から抜け出せたのは、バーテンダーのキュオさんと仲良くなったおかげだろうな。
 おれよりも20は年上のキュオさんは、このホストクラブに長くいるみてぇで、おれがいろいろ困ってるのに気付いて話を聞いてくれた。そんで、教えてくれたんだ。
 客に嫌われねぇように奉仕することが、必ずしも人気に繋がるわけじゃない。この人じゃなきゃだめだ、と言わせることのできる魅力が必要なんだってな。
 けど、その魅力を一から創りあげるってのは、1ヶ月やそこらじゃ土台無理な話。
 だから、おれ(たち)は考えた。
 自分らしさを活かした、客の好むキャラクターになりきりゃいいんだ! …ってな。
 とはいえ、自分らしいところってどこだって改めて考えてると、案外思いつかねぇもんなんだよな。
「おれらしさを活かしたキャラって、どーしたらいいっすか?」
 そう、キュオさんに聞いたら、
「トラップは……猫、なんかどうだ?」
と、ニコリと微笑まれた。

 猫…。飯探してほっつき歩いて、腹がいっぱいになりゃ日向で昼寝してる、あれだろ?
 自由気ままに擦り寄ってきたかと思えば、突然そっぽを向いて離れてったり、興味なさそうにあさっての方向を見てるのに、次の瞬間は自分を撫でろといわんばかりにくっついてきたり…する、な。
 ……何で猫なんだ?

 なーんて最初は思ってたけど、やってみたらうまくはまったんだなぁ…これが。


 口が悪ぃのは上っ面でなんとかしたってすぐにばれそうだったから、そのまんま変えねぇことにした。
 むしろ、そこがいいっ! って言われんのを目指したわけよ。
 幸い話すのは嫌いじゃねぇからな。気さくな感じで話かけて親近感もたせるだろ? んで、色んな話をして笑わせたり、普段の調子で客をからかったりもしてな!
 ま、でもその分、態度では優しくしたぜ。飲み物を取ってやったり、さりげなく荷物持ったり、立ち上がるときに手を貸したり…。

 自分のものになりそうなのに、冷たくされ……軽くあしらわれた後に、優しくされる。
 どうも、そういうのが客にウケたらしい。

 すぐに指名が入るようになって、バイト期間が終わるころには、目標のNo.1になってた。



 おめでとう、と店長から金一封と赤いリボンのついた花束をもらったおれは、あいさつもそこそこに店の外へ出た。
 No.1は無理かもしんねぇ…と思ったことがあったからな。目的の物を手に入れて、いてもたってもいられなかったんだ。

 これでパステルにプレゼントが買えるぜっ!

 まだ夜の明けきらない街中で、そう思いつつ拳を握ったとき、後ろからおれを呼ぶ声に気付いて振り返った。
 そこには、このバイトで一番世話になったキュオさんがいた。
「トラップ…よく頑張ったな」
「キュオさんのおかげっす」
 この人と仲良くなれなかったら、この結果はなかったろうな。
 本当に感謝してもしきれねぇ。
 ニコリと笑う彼に、その思いを込めて深くお辞儀した。
「その金で、好きな子へのプレゼントを買うのか?」
「はい」
 顔を上げた瞬間にそう聞かれて、おれは反射的にうなずいてた。
「ははははっ!」
 キュオさんに笑われた瞬間、自分のやっちまったことに気付いて、緩んでた口元を押さえる。
「いつもその位素直なとこ見せたら、もっとお客に可愛いがられただろうに」
「……からかうのはやめてくださいよっ!」
「ははっ……悪い悪い。あまりにもおまえが素直に頷くもんだから」
「キュオさんっ!」
 クスクス笑う彼の前で、真っ赤な顔を直すこともできずに額を押さえた。

 くっそー…なんであそこでうなずいちまったかなぁ。そんだけ、No.1になれたのがうれしかったからなんだろうけど……ちくしょー。

 そう思いながらバリバリと前髪辺りをかきむしってたら、静かで低い声が耳に届く。
「…No.1になれてよかったな」
 いつの間にかその顔からは、からかいを含んだ雰囲気が消えていて、浮かべられた優しい笑みに自分の頬も綻んだ。
「キュオさんがいろいろ教えてくれたからっす」
「トラップの努力あってだろ」
 互いに顔を合わせたまま、明け方の静かな時間が過ぎていく。
 たった1ヶ月。
 振り返ればあっという間のバイト期間。
 この人に会えて、よかったぜ!
「お元気で」
「トラップも」
 差し出した右手に、普段シェイカーを振っているガッチリとした手が重ねられる。
「彼女にもよろしくな」
「まだ彼女じゃねーっす」
「はははっ! 頑張れよ!」
「はい!」
 笑いあった後、ギュッと互いの手を握った。
 名残惜しい気持ちはあったけど、おれは手を離し、それじゃあ…と言って花束を肩に担いだ。そして、くるりと背を向けてそこを離れようと一歩踏み出したとき、
「…あ、言い忘れてたけどな」
思い出したようなキュオさんの声に、少しだけ振り返る。 
「なんすか?」
「おまえ、その格好で帰るのか?」
 言われて自分の姿を見てみれば、今日店に来てから着替えたバラ柄のシャツのまま…。
「…っ!!」
 カッと全身が熱くなる。
 いつもなら、仕事が終わった後でいつもの服に着替えて帰んのに、忘れて外に出てきちまうなんて! 
「早く言ってくださいよ!」
「いや、あまりにも自然だったから、今日はそれで来たのかと思ってたよ。ははははは…っ!」
 おれは、キュオさんの笑い声を背に浴びながら、あわてて店にかけ戻った。



 ホワイトデーが過ぎ…トラップは無事、パステルと恋仲になることができたようである。
 しかし、幸せな時間を過ごしていたのもつかの間。
 ある日、どこからかあのホストクラブのポスターを手に入れたパステルは、その中央に収まっていた人物を見て動きを止める。
 それはまぎれもなく、つい最近自分の恋人になった男性…。それも、めったに見れない赤面した瞬間だ。

 その後でパステルがどんな行動を起こしたかはわからない。が…鬼のような形相をした彼女がトラップのいる部屋に入っていくのを、キットンが確認している。


 次の日からしばらくの間、全く口をきいてくれないパステルの後ろをついて回る、トラップがいたそうである。

- end -

2015-4-29

2007.3.2、「虹の宝箱」様で開かれた絵茶から生まれた、ホストSSです。
絵描きさんと文字書きさんが丁度5人ずつだー! ということで、組になって、絵師さんの絵に合わせて文章を書く…ということになった結果です。

ホストしてるとこは…書くのが苦労しましたが、楽しかったです♪


屑深星夜 2007.3.30完成(2015.4.29修正)