ん―――……っと! やっぱり朝の散歩は気持ちいいわねぇ…。
さて、と。運動もしたし、そろそろ部屋に戻ろうかしら?
…あら? セイじゃない。あんな奴のとこで何してるのかしら?
あ、あんな奴っていうのはね、最近あたしのご主人様の周りをウロチョロしてたむさ苦しい顔した奴のことよ。
…何か渡されてる? 封筒…ね。
セイったらあんなに嬉しそうにしっかり抱えちゃって。一体、何が書いてあるのかしら? う〜ん…気になるわね。
あ!! そ〜おだっ! おもしろそうだからついてって中みーちゃお――っと♪
?? “えれべーたー”に乗るのね? …どこ行くつもりなのかしら? セイったら。
食堂か外にでも行って見てくるのかと思ったのに…。
「あれ? 葛(くず)も上に行くの?」
そう、行くの!
「部屋に戻るの?」
ちがうわよ。あんたについてくのよ、セイ。
「ボク、1番上で降りるから、違う所で降りたかったら、階段で降りてね?」
大丈夫よ。目的地はセイの行くところ、なんだから。
…あれっ?
今、1番上って行ったわよね? ってことは、目指す場所はセイの部屋か屋上ね!
それだけ誰にも見られたくないのね? これは中身が楽しみだわ。
“チーン!ガラガラガラッ”
トコトコ…
カチャカチャ…
…最上階って静かなのねぇ、下とちがって。もうっ! 足音が響いちゃうじゃない!! 爪が伸びてるのがわかっちゃって恥ずかしいわ。
「…ねぇ、葛」
なぁに?
「もしかして、葛も屋上に行くつもり?」
セイが行くならあたしも屋上よ?
「う〜ん……葛ならいっか」
あたしならいい、ですって? …どういうことかしら?
でも、もしあたしを馬鹿にしてそう言ったなら容赦しないわよ? いくらご主人様の大切なセイだってね。
“カサッ…”
なになに? 早くあたしにも見せてよ!
「ちょっと葛、暴れたら危ないよ! 葛が落ちたらボクが怒られちゃうよ!」
落ちるわけないでしょぉ? このあたしが。
「ほら、ここにおいでよ」
う〜ん……膝の上なら目的のものも見れるか。よし、その話のったわ!
「いい子だね」
あたしはいつでもいい子よ? セイ。あんた普段あたしのこと見てないんでしょう?
「ちょっと静かにしててね。読みたいものがあるんだ」
はいはい、静かにします。あたしだってそれが読みたかったんだもの。
“カサカサ…”
なになに……えっ!?
『シュウ軍師の日常についての報告書』ですって!?
わかったわ! だからあいつ、最近、ご主人様の周りをウロチョロしてたのね。
いくらセイが頼んだからって…あんな奴にあたしのご主人様の近くを歩いて欲しくないのよね。まぁ…それはあたしの好みの問題なんだけど。
へぇ〜…よく調べてるじゃない。なかなかいいところもついてるみたいだし。
でも、まだまだね。いくらあいつが人のことを調べるのがうまくたって、ご主人様の事に関してはあたしに勝てる人はいないわ。
「あれっ? どこ行くの? 葛」
目的のものは見せてもらったからもういいの。
それより、一言あいつに言ってやらなきゃ気がすまないわ! あんたの調べたご主人様のことはホンの1部でしかないのよって。
やっほー。
「ん? なんだ? …あぁ、軍師さんの猫か。どうかしたかい?」
どうしたもこーしたもあんたに言いたいことがあるから来たに決まってんじゃない。
「散歩か?」
散歩はもう終わったの! 言いたいことがあるから来たって言ってるでしょ?
「まーまー…そう怒るなよ。ゆっくりしてきゃあいいだろ? 幸い机の上は空いてるぜ?」
…ご主人様から机の上には行儀が悪いから乗るなって言われてるんだけどぉ……ま、あんたがそこまで言うなら座ってあげようじゃない。
「お。俺の方向いて…何か用があったのかい?」
そうよ!
なによ、あのご主人様についての報告書は! いいとこついてるとこもあるけどね、まだまだね。ご主人様はもっとおくふかぁ〜いところでいろいろと考えて、日々暮らしてるんだから!
「すまんな。俺、これから仕事なんだよ。また今度な」
ちょ…ちょっとっ!! 話はまだ始まったばっかりなのよ!?
スタスタスタスタ……
……。
………なによ。
……なによ、なによ、なによ、なによ、なによ、なによ、なによっ!!! せっかくあたしがこれからあんたが間違えてるご主人様の日常を教えてあげようと思ったのに!
バーカっ!! あんたなんかだいっきらい!!! あんたに話そうと思ったあたしがバカだったわ!!
…確かにあんたが調べたご主人様の行動の時間帯は合ってるわよ! でも、あんた、それが誰のためかわかってないでしょ!?
あたしは知ってるのよっ!!
ご主人様の心の中にはいっっっっ……っつもセイがいるのっ!!!! あの人はいつでもセイを1番に考えるのよ!
だから朝食もセイが来るのを待ってるし、仕事中だって、時々ふっと外を見る顔がセイを見るときの優しい笑顔だし、食堂に休憩がてら本を読みに行くのだって、いつセイが帰ってきてもわかるようにするためだし、セイを迎える時だって、まとわりつかれるの嫌がってるような振りするけど、目はすっごく優しいし、夕食をその日、セイと一緒に出た人たちと取るのだって、結局はセイと居たいだけだし、その後仕事してる時にセイが来た時だって、いやな顔なんて全然してない!! してたとしてもそれは絶対に演技!!
これは絶対に言い切れるわっ!!!
ホントはすごく嬉しいのよ! でも、どう顔に出していいかわからないのっ!!
だって、ご主人様はまだ、軍師の仮面をかぶってるんだから。
何で言い切れるかって聞かれたって答えられるわ!
…だって……だって! セイがご主人様の部屋で眠っちゃった後、その仮面が綻ぶからよっ!! 幸せそうなセイの寝顔を見て、ふわって微笑むのよっ!? 大切なものを慈しむみたいに愛しそうに見つめてニコッてっ!!
……悔しいけど、ご主人様はあたしにそんな顔見せてくれないわ。あたしがどんなにご主人様を好きでも、あの人はあたしをかわいい猫としか思ってくれない。所詮、あたしは猫なのよっ!!
………セイがうらやましい。あんなふうにご主人様の優しい瞳で見つめてもらえるセイが。
でも…ね。セイのこと…憎めないの。
だって、いつもピンと張り詰めたような顔をしているご主人様を、優しい気持でいっぱいにさせてくれる唯一の人だから。
無邪気な笑顔でご主人様を包んであげられる唯一の人だから。
だからあたしもセイがご主人様に近づくのを許してあげてるの! 他の誰かだったら速攻で引っ掻いてやってるわよ―――――――――だっ!!
ご主人様はあたしだけのご主人様なんだもの! セイ以外には誰にも触らせてあげないわ!!
……ホントは見せてあげるのでさえも嫌なのよ? だって、あんなにかっこいいんだもの!! たくさんの人に指示を出すテキパキした動きも、机に向かってペンを走らせる姿も、ホントは暖かいのにそれを隠した冷たい口調も、お茶を飲む時の整った動きも、髪をかきやる動作も、本のページをめくる指の動きも、あくびをする姿も、うたた寝した時の顔だって!!
それに……セイを見つめる暖かい瞳も。
……もうっ! あたしって…なんなのかしら? ご主人様にとってあたしって……って、あれっ?
いっ…痛っ……!
なによ! 誰っ!? あたしの首根っこ掴んでるの!!
おろしてよぉっ! 痛いじゃないっ!!!
「…葛」
ギクッ
そっ……その声…?
うそぉっ!! や…やっぱりご主人様だぁっ!
「…お前、一体、何をやらかしたんだ?」
え…と、あの…そのぉ……ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃっ!!!
「俺は、俺の猫が机の上で暴れてるので何とかして欲しい、と言われて来たのだが?」
全部あいつが悪いのよ! あたしの話を聞かずに仕事に行ったあいつが!!
「それに、行儀がわるいから机には乗るな、とあれほど言っただろう?」
それもあいつが……っ!!
「葛…」
………ごめんなさい。
ご主人様…お仕事中だったんですよね? それなのにあたしが興奮して暴れてたものだから邪魔しちゃったんだ…。
ホントにごめんなさいっ!!
「…反省したか?」
はいっ! それはもう十分にっ!!
「……部屋でおとなしく寝てろ」
はい、承知いたしましたっ!
う〜ん……いいなぁ…ご主人様の腕の中って。すっごく落ち着ける♪
悪いけど、今のところ、この場所はあたしのものよ。…いつかあたしのものだけじゃなくなるかもしれないけど、“今は”あたしだけのものっ!
欲しいって言ってもあげないんだから!!
誰よりもご主人様の近くにいて、ご主人様のことを理解してるのはのはこのあたしなんだからねっ!!
- end -
2015-4-30
2000年にUPしたものを、修正UP…したものを、ほぼそのまま載せてあります。
猫が主役ということで…もう、彼女の話し言葉で進んでおります。
葛は自分の分身みたいなもんなので…好きな話ですv
屑深星夜 2008.5.3修正(2015.4.30修正)