季節は春。花々が咲き乱れて生き物たちが楽しげに歌い遊ぶはずの季節も、百年目という節目では森の中もシンと静まり返っていた。
あちこちに現れる百年目の怪物との戦闘がひと段落して砦へと戻る道の途中、踏みつぶされた花々を見つけたムーイーはふと足を止める。そして、仲間たちが先に戻ってしまっても、しばらくそれを見つめたまま動くことができなかった。
世界の危機とも言える今、皆、生きることに必死で小さなことに気を配る余裕すらないのだろうとわかっていても、ぺしゃんこになった花が自分たちに思えてしまったのだった。
怪物たちとの戦いは長く厳しく、戦闘を繰り返す日々の中で見知った者の姿が少しずつ消えていっていた
お酒好きで、酔う度に陽気に歌い出し興が乗ると机の上で踊り出す男も。
毎日毎日口癖のように「肉食わせてくださいよ〜」とゲレルに絡む青年も。
トルワドに憧れて、いつもその背を追いかけていた少年も。
話し上手で、ポロックや自分に夢のような楽しい物語を聞かせてくれた男も。
……もう、この世にはいないのだ。
悲しみは時に強さにもなるが、心の弱い者にとっては恐怖へと変わるもの。それ故に、立ち止まることなく、振り返ることもなく。そして、見送ることもなく……皆、前を向いて次の敵を見据えるのだ。
士気が下がれば勝機も逃す。希望の灯が消えてしまう可能性がある以上、仕方がないことだとわかってはいたが、ムーイーには見向きもされない“花たち”をそのまま放っておくことができなかった。
怪物たちの気配に脅え、身を縮めながら生活している生き物たちも、水辺には寄ってくるもの。鳥たちの声が小さいながらに響く桟橋に立ったムーイーの片手には気づかれずとも砦の中で咲き誇っている花々が握られていた。
この湖に失われた仲間たちがいるわけではない。それでも、多くの命をはぐくむ水に彼らの魂が溶け込んでたゆたっているように思えて、水面に向かってふわりと花を散らす。
そして、大きく息を吸い込んで、いつも震えてしまう声を精一杯張って故郷で歌われている子守唄を歌いはじめた。
空気が。
水が。
そして花々が。
揺れるそこに、別の音色が重なった。
驚いて振り向くと、竪琴を持ったビーアーガと……トルワドにロルフ、バダムハタン、ヘイドレク、そしてポロックが立っていた。笑顔で佇む彼らの手には先程ムーイーが持っていたように野の花でできた花束が握られている。
「続けよう」
驚いてしばらく動けなかったムーイーは、ビーアーガの静かな声に我に返ると頷いて再び息を吸い込む。
その想いは湖に満ちて広がって、太陽の光を反射した水面がキラリと輝いた。
- end -
2017-01-23