抗う者たち 3rd

3rd リジィ・オンゴット


「何バカなこと言ってるのっ!?」
 殺風景で小さな部屋に、少し低い女の声が響いた。声を発した主は、炎のように赤い短い髪を揺らし、金色の強い瞳である男を睨んでいた。
 肩をすくめてそれを受け止める10代後半ほどの男は、ため息をつきながら自らの前髪をかきあげる。
「この世界から争いをなくすことに協力するんだぜ? それのどこがバカだよ」
「記憶を操作して、わたしたちを管理しようと思ってる人たちに協力することのどこがバカじゃないのよ!」
 被るようにそう言われ、白髪の男は眉間にしわを寄せた。
「リジィ…それが本当になったら、どんなに恐ろしいことになるのかわからないの?」
「俺は、俺の力を認めてくれるならなんだっていいっ!」
 肩を掴まれそう言われたリジィは、その手を思いっきり振り払うと、冷たい銀色の瞳を女に向けた。
「邪魔すんなよ、システラ!」
「………」
 金の瞳を見開いて、一瞬動きを止めた女 ―― システラ・ハニーゴットが、何も言えないのを確認し、リジィは彼女に背を向けた。
「俺は行くぜ。じゃあな…」
「さよならなんて言わせない!!」
 先ほど視界から消えたはずのシステラの姿が、再びリジィの前にあった。両手を広げて、階下へと続く階段の前に立ちはだかる彼女は、必死な顔で男に言う。
「今、あなたを行かせるわけにはいかないもの! あなたに後悔させたくないからっ!!」
「……邪魔すると痛い目にあうぞ。その辺でやめとけよ」
 リジィは無表情に、自分と同い年であるシステラを見て、彼女の後ろに視線をやった。
「やめないわよっ!! 絶対に行かせるもんですかっ」
 彼女がそう言い終えるのと同時に、何かを撃つような音が響いた。背に衝撃を受けたシステラは、足から地面にくずれ落ちながら、階段にいた大きな人影を見つめていた。
「…っ……?」
「安心しろ、即効性の麻酔銃だ」
 黒いスーツに身をつつんだ背の高い男は、彼女を見おろしながらそう言った。
「俺たちの邪魔にならないよう、しばらく眠ってろ」
「リ…ジィ……」
 システラは自分の横をすり抜けて階段を下りていくうしろ姿に手を伸ばす。

 その手から完全に力が抜けるまでにそう時間はかからなかった。


 白一色で統一された広い部屋の中、リジィは大型の機械に囲まれていた。
「何人か人手を貸しましょうか…?」
 そんな彼の背後から、黒髪黒目の女が声をかける。
「手助けなんていらないね。必ずあんたたちが求める物を2年以内に作ってみせるさ。定期連絡は入れる。しばらく邪魔するな」
 リジィは振り向きもしないでそう言い放った。女は何も言わずその場を去り、リジィはその後、ほとんど外界と関わることなく、研究開発に没頭した。


 2年後。リジィは約束どおり、人の記憶を操作し、植え付けることのできる機械を開発した。
 やっと自分の力が世間に認められる!
 そう喜んでいた彼だったが、建物の外に出て目の当たりにした光景に、声すら出せなかった。

 色とりどりの屋根が並んでいる街。今までならば、いろいろな目的を持った人々が行き交い、生気溢れる人々の姿があったはずだった。
 しかしそこにあったのは、争いもなければ、生気もない。だらだらと時間を消費し、遊び暮らす人々の姿だった。

 今まで、部屋に閉じこもり、人と関わろうとしなかったリジィ。
 自分の好きな機械いじりばかりして、頭がいいことばかり自慢して、他人が自分を認めないのは、他のやつらが自分の価値をわかっていないからだと言ってはばからなかった。それが、周りの反発を買い、だんだんと彼の存在をないものとして考えるようになっていた。

 今度こそ、自分は注目されるはずだ。
 そんなリジィの思いもむなしく、誰も、自分を見てくれる者はいなかったのだった。 

 あまりの変わりようにわけもなく不安になったリジィは、唯一自分を見てくれていたシステラを探した。
 リジィが彼女を見つけたのは、小さな喫茶店だった。そこは、システラがよく、外へ出ようとしないリジィを無理やりつれて来た場所だった。
 かつては暖かい雰囲気に包まれていたそこも、暗いやる気のない空気しか感じられなかった。彼女は、幾人かの男女に囲まれて気だるそうに談話していた。
「システラっ! 俺がわかるか!?」
 名を呼びながら、彼女の肩をしっかりと掴む。不安に揺れる銀色の瞳にうつったのは、炎の抜けた金色の瞳だった。
「……誰です?」
「……!?」
「今、みんなと楽しく話してる途中なので、邪魔しないでくれますか?」
 肩にかけた手をすっと外されたリジィは、ふらふらとした足どりで店を出た。

 世界から争いはなくなった。でも、生気のない、生きていてもつまらないような世界になっていた。
 以前知っていた人は、もうその人ではない。記憶を操作するということはこういうことだったのだと、リジィはやっと気がついたのだった。

 システラが言った通り、後悔することになるなんて思ってもみなかった彼は、地面に膝をついて頭を抱えた。
「……俺はどうすればいい? こんなことなら元のままの方が…よかった……」

 いつも、自分を見ていてくれたシステラの瞳が自分の側にあるのなら……


 しばらく考えた末、彼はある行動を起こすことに決めた。そのために、考えられるあらゆるシチュエーションに対する対処法を考え、対策を練った。

 リジィは、自分が頭がいいことは知っていた。でも、たとえそうであっても、自信の持てないものもあるのだと初めて実感していた。

 いくら考えても、それが最善なのかわからない。
 まだどこかに抜け道があるかもしれない。
 それすらも絶たなければ、計画は失敗に終わってしまうのだから。

 彼の心は、今までにない不安に包まれていたのだった。


 実際に行動に出たのは、世界が管理されるようになって、1年後のことだった。

 リジィに与えられた研究室内に、警報ブザーが鳴り響く。警備員たちと共にやってきた黒髪黒目の女は、眉間にしわを寄せて声を荒げた。
「リジィ!! あなたは一体何をしたのですっ!?」
「もう二度と、こんなものを作らせないように、俺が作った機械どものデータ、全部消した」
「!?」
 目を見開く彼女に、できるだけ冷静に、何度も頭の中でシュミレーションしたように言葉を紡ぐ。
「あと、内部を触って構造を知ろうとしたら、全機能停止するようにしといた」
「リジィっ!?」
 全てを見抜くような漆黒の瞳に射抜かれ、僅かにこわばる頬。しかし、それに気づかれるわけにはいかない。リジィはにやりと挑発的な笑みをつくって見せた。
「もう、あんたらの命令には従わないよ。俺は、俺のしたいようにさせてもらう」
「警備兵っ!!」
 女が、自らの後ろに控える10数名の警備兵に手を上げると、彼らは一斉に手に持つ小銃を構えた。確実に自分の急所を狙っている銃口に指先が震える。
「おっと…俺を撃てば、あんたらの計画もおしまいだぜ?」
 リジィは、それに気づかれないように拳を握り、肩をすくめた。
「俺の心臓停止と同時に、システムデリートを実行するようプログラミングしておいたよ」
「……」
 女は口元に手を当てて、しばらくの間視線を泳がせた。そして、銃口を上げさせたときと同じように手を上げ、警備兵を研究室から退室させた。
 2人きりになった部屋に、沈黙が訪れる。
 警備兵が去って内心ホッとしていたリジィは、気づかれないように小さく息を吐くと、女の行動を待った。
「……何が望みなのです?」
 しばらく瞳を閉じて何事かを考えていた彼女だったが、あきらめたように静かに瞳を開くと、無表情でリジィに聞いた。

 望みは、もう一度、“自分”として生きられる世界に戻すこと。

 でも、それはこの場面で言っていいことではなかった。言えば、何らかの方法でつぶされる。自分が相手より優位な立場にいるはずなのに、どんなにシュミレーションしても、悪い結果しか思い浮かばなかったのだ。
 だから、考えた末に思いついた嘘をつく。
 人と関わらないよう、自分中心に回る世界の中で暮らしていたリジィ。それを知る女 ―― ヘッダーナ・キンゴットなら納得するだろう嘘を。
「あんたたちからの自由。記憶操作なしに、俺の好きなように自由気ままに生きることだ」
「……」
 一瞬、疑いの眼を向けられ、リジィは思わず視線をそらしてしまう。それを繕うように、ちらりと女を見直し、声を低くして続けた。
「機械のことで困ったことがあれば、それを直すくらいはする。だけど、これ以上あんたたちに協力はしない。……それでいいね?」
「……私たちに選択の余地はないのではないですか?」
「そうだったね」
 ため息をつきながらそう言うヘッダーナに、リジィは口の端を上げて見せた。
「監視だけはつけさせてもらいます」
「それくらいはわかってるさ。まぁ、ただ疲れるだけだと思うけどね」
 リジィのその言葉を聞くか聞かないかのうちに、ヘッダーナはくるりと背中を向け歩き出していた。


 遠くなる足音と共に、リジィの中の大きな緊張の糸がゆっくりとほどけていった。


 ピピピッ…という機械音に、リジィは思考をやめて目を開けた。三つ編みにして肩からたらした白髪をなでながら、自分の目の前にあった薄いディスプレイに触れた。今まで、そこにあっても何も写していなかった薄くて四角いものに、黒髪黒目の女が現れた。
「……あんたか。どうした?」
 先ほどまで思い出していた人物がそこに現れたため、リジィは思わず苦笑した。昔よりも少しだけ年齢を重ね、昔よりも何を考えているのか読み取れなくなっているその人物 ―― ヘッダーナは、要件のみを口にする。
『仕事を頼みます』
「セキュリティシステムの新構築、か?」
『……』
 静かに頷く彼女に、肩をすくめる。
「わかってるさ。もう考えてはいた。まぁ、原因をつくったのは他ならぬ俺だしな」
『……後ほど迎えを行かせます。頼みましたよ』
「あぁ」
 リジィの話に、ピクリとも反応しなかったヘッダーナは、彼の返事を聞くと同時に通信を切った。ディスプレイは再び透明な物質に戻る。リジィは、銀色の瞳でじっとそれを見つめたまま、自嘲的な笑みを浮かべた。
「皮肉なもんだね。管理をはじめて2000年……。向上心をなくした“神”どもに、俺の技術を超えられるやつは生まれてねぇ。俺の存在が目障りでも未だに消せないなんてな」
 こそりとそうつぶやきながら、ギッと音を立てて椅子に座り直したその時、外から大きな足音が聞こえて来た。


「リジィ! ちょっと相談に乗ってよ!」
 足音以外の前触れはなく、いきなり扉を開いて部屋に入ってきたのは、リコだった。
「なんだ、リコ……」
 どうした? と聞こうとしたリジィの視界に、ウェーブのかかった黄緑色の髪が写る。
「……そいつは?」
「この子、サーレンス・イートゴットって言うんだ。生まれつき声が出ないんだけど…」
 リコが自分の前に押し出すようにしたのは、ピンク色の目が印象的な見た目10代前半の少女だった。彼女は恐る恐るリジィを窺いながら、ペコリと小さくお辞儀をした。
「あのね、サーレンスが見守ってる人間が、今とっても大変な状態なんだ。でも、ぼくにはどうしたらいいかわからなくて……」
「……説明してみろ」
 リジィのその言葉に、リコはパッと表情を明るくし、リジィに何枚かの紙を見せた。
「これがぼくに教えてくれたことなんだけどさ……」
 そこには細かな文字がたくさん書いてあり、リコがかいつまんで内容を話し出した。

 リジィは、それを頭の隅の方で聞きながら、こんなことを考えていた。

 管理をはじめて2000年……。全てのやつが向上心をなくしたかと思えば、理(ことわり)に縛られた中でも必死にもがいてるやつが必ずいやがる。
 ある意味、俺の技術は、もうこいつみてぇなやつに超えられちまってるのかもしれねぇな。

「……リジィ、聞いてる?」
 気づかないうちにくすりと笑っていたリジィに、非難の目が向けられる。
 口は動かさなかったが、今、とっても大切なことを話してるんだから、聞いててよ! と、言っているとしか思えない表情。そのすぐ横で心配そうにこちらを見つめるサーレンスがいる。
「あぁ、聞いてるさ。続けな」
 言いながら、彼女を安心させるように優しい笑みをつくったリジィは、リコの肩をポンと叩き、話に集中していった。

- continue -

2013-11-23

おつまみ提供所」よりお借りしたお題にて書き進めているシリーズ。

---
強気なセリフ5題 

1:「手助けなんていらない」
2:「何バカなこと言ってるの」 
3:「それでいいね」
4:「命令には従わないよ」
5:「さよならなんて言わせない」
---

この辺まで来ると、ある程度できている話の筋に沿ってお題を選んだりしてます〜。


屑深星夜 2005.10.29完成