日があたっているのに、明るいと感じない場所…。白と黒ばかりに囲まれた色のない世界で、10にもならない小さな少年が、辺りを行き交う大人たちに声をかけていた。
「どこにいくの?」
しかし、誰も振り向こうとはしなかった。彼は、目に涙をためてうなだれる。
「ぼくを…見て……ぼくを見てよ――――――っ!!」
大声で叫んだその瞬間、風が通り抜け、パッと辺りに色があらわれた。とたんに、周りの大人たちの目が少年に向けられた。
彼が喜んだのもつかの間、次の瞬間には悲しみに歪んでいった。なぜなら、少年の赤い髪と赤い瞳を見た大人たちの瞳には、恐怖の色が浮かんでいたからだった。
ざわめきがだんだんと広がっていくと同時に、少年から遠ざかっていく人々。少年の耳には、自分に対する奇異、中傷の言葉しか入ってこなかった。
「……うあぁぁ――――――――――――っ!!!!!」
両手で自らの耳を覆い、頭を抱えるように小さくなった少年は、それでも聞こえてくる人々の声をかき消すかのように大声で叫ぶのだった。
「……っ!!!」
息を荒くしてベッドから身体を起こしたのは、赤い髪に赤い瞳を持った10代半ばほどの少年。どうやら嫌な夢を見ていたようで、身体中びっしょりと汗をかいていた。
何度か頭を振った彼は、息を整えるだけでなく自らの心を落ち着けるかのように、大きく息を吸って吐いた。目を閉じで何度もそれをくり返していくうちに、やっと落ち着いてきた彼はゆっくりとその瞳を開ける。暗くすさんだ雰囲気をまとった彼は、右手を上げて口を開いた。
「マージ……おいで」
声が空間に融けると同時に、ふわりと部屋の中に姿をあらわす少女がいた。さらさらと流れるような黒髪に、漆黒の瞳を持った彼女は、真面目な顔で少年のいるベッドに近寄り、ひざまずいた。
「今日こそ、僕を無視する奴らに思い知らせてやるんだ。力を貸してくれるよね?」
「………」
全く表情を変えない少女は、少年のその言葉に静かに頷いたのだった。
点々と小さな木造の家が建つ小さな村。自らも住んでいるそこを見下ろす丘に立った少年たちを強い風が襲った。
バサバサたなびく黒く長い服に、マージの黒髪、少年の赤い髪が、高く澄んだ青空に不吉に映る。
「あんな奴ら、みんな消えちゃえばいいんだ……マージっ!!」
名を呼ばれた少女は、相変わらずの無表情で空に白い手をかざした後、それを村に向けて何事かを呟きはじめた。意味の理解できない言葉だったが、少女の声が少し低いがよく通る声だということはわかった。
「……ローン、目を閉じていてください」
少年は、マージにそう言われてからもしばらくじっと村を見ていた。村に向かって手を伸ばしたまま、少女は静かにそれを見つめる。
「バイバイ」
ボソリとそう言ってにっと笑ったローンは、すっとその赤い瞳を閉じた。
それを確認したマージは、伸ばしていた手を1度自分の方へ引きつけ、バッと勢いをつけて前方へ振った。その瞬間、黒い塊が村の上空に飛んでいく。塊は球体から線へと変化し、得体の知れない柄のような…文字のような物になった。
それはしばらく浮遊した後、ふわりと四散して大気に溶けていった。
村の入口へと戻ったローンに、再び強い風が襲う。
シーンとした村を一気に駆け抜けたそれは、勢いをつけて彼の正面からやってきた。その瞬間に目を閉じた彼は、風と土ぼこりの感触を全身で感じていた。
少ししてその圧力が消えたのを感じた彼は、静かに瞳を開いた。その赤い目に入ってきた村の風景は、悲惨なものだった。とはいえ、少年にとってそれは、自らの望む風景であった。
道端にゴロゴロと倒れている人々。
何があったのかはわからなかったが、目を開いている以外は、眠っているかのように静かな表情だった。けれども、息をしているものは誰もいない。
「静かだね」
くすりと笑みを零しながら呟くローン。
「これで、悪夢に悩まされることもなくなるわけ…だ」
笑顔の彼の脳裏には、近くて遠い過去のことが思い出されていた。
顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた両親。それも、主な理由が自分のこと。赤い髪に赤い目…両親に似ても似つかぬ姿に生まれた自分の…。
彼自身、物心つく前から、両親から嫌われていることを知っていた。今現在のローンは、殴られたりしなかっただけましだと思っているが、殴られない代わりに必要以上に近づいてもこなかった。
彼には、両親に抱きしめられた記憶がなかったのだ。
それでも、彼にとって両親はただ1つのよりどころだった。その髪と目のおかげで、村人にも遠巻きにされていたのだが、両親がいたからこそ耐えられたのだから。
しかし、物心ついてしばらくした頃のことだった。ローンをおいて、父と母が家から消えていたのだ。
誰にも頼れず、1人になった彼は…食べるものも得られず、ガリガリに痩せていった。それでも、周りの村人たちは彼を助けようとはしなかった。見ようともしなかったのだ。
「だれ…か……たす…け…て……」
力尽きた彼のその声に、ただ1人答えたのがマージだった。マージ・メルゴット ―― 彼女は、ローンを見守る神だった。
このままでは命を落とすだろう彼のために、マージはできる限りのことをした。親のように、兄弟のように、友人のように自分を助けた彼女に、ローンは言った。
「ずっと、ぼくのそばにいてよ。マージ」
その願いに答えるように、マージはローンの側で暮らすようになった。
ある日、村に手品師がやってきた。何にもない空間から、花や鳥を出すそのマジックにローンは目を輝かせた。
自分にも手品が使えたら、みんなが自分を見てくれるかもしれない。
その思いが彼を支配していた。
自らが努力してその技を習得していれば、未来は変わったのかもしれない。しかし、ローンは…マージの力を借りてしまった。
タネのない不思議な力を使って炎や風を操るローンを見て、村人たちは恐怖した。『悪魔の子』と彼を呼び、今まで以上に彼から遠ざかるようになった。中には、石を投げつけ怪我をさせる者まで出てきてしまった。
それから5年。
ローンは人に自分を受け入れてもらうのをすっかりあきらめた。代わりに、自分を受け入れない村人を憎むようになり、その存在すら消えればいいと考えるようになっていた。
マージさえ、自分の側にいればいい。
彼女以外は誰も要らない。
彼の願いが、今日やっと…叶ったのである。
「ありがとう、マージ」
うれしそうなのにどこかさみしげなローンの笑顔に、マージは静かに頷いた。
誰の気配もない、静かな村。
家々の風景は変わらない。ただ、そこに生命が存在していないだけ。しばらく村を歩いていたローンは、嫌というほどそれを感じていた。
最初のうちは笑顔で歩いていたけれども、次第に表情もなくなった。何度か村中を歩いた後、真ん中の広場に戻ってきたときだった。ピタリと立ち止まったローンは、弾かれたように叫ぶ。
「こんな村、なくなってよかった! 清々した!! これで、僕のことを悪く言う奴らもいないんだしっ!!」
空を仰いで、声の限りそう言う彼の瞳には、真っ青な空。澄んで美しいはずのそれが、彼には冷たく感じた。冷ややかなその色が、自分を包んでいるように思えた。
気がついたら……涙が溢れていた。
「……壊しちゃった」
かすれた声が搾り出される。
「みんなの生命(いのち)……壊しちゃった……」
ボロボロと上を向いたまま涙を流すローン。それを見たマージは、初めて表情を変えた。どうしていいかわからない様子でオロオロとローンの側にいることしかできないマージ。
そんな2人を、また風が襲った。マージの黒髪が空に手を伸ばし、ローンの赤い髪も大きく揺れた。
その時、土ぼこりと一緒に光るものが宙を舞ったような気がした。
- continue -
2013-11-23
「おつまみ提供所」よりお借りしたお題にて書き進めているシリーズ。
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ダーク5題 セリフ版
1:「おいで」
2:「どこにいくの」
3:「壊しちゃった」
4:「静かだね」
5:「バイバイ」
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当初Web拍手で連載していたのですが、この内容で拍手お礼は…と思って、拍手連載ではなく普通に展示することに決めました。
屑深星夜 2006.4.25完成