「怜也〔レイヤ〕のばかぁぁぁぁ―――――っ!!!」
流れる川の音に負けないような大きな声で叫んでも、あたしの胸の中のモヤモヤは出て行ってくれなかった。
今日は4月22日。あたし…小竹 由衣子〔コタケ ユイコ〕の記念すべき20回目のバースデー。
大学生になって初めてできた彼氏と過ごす誕生日だからすっごく楽しみにしてたんだけど……。ワクワクしながら連れて行かれた高級レストランでされたのは、別れ話だった。
今日は最高の誕生日になるはずだったのに!! もう、一瞬にして最悪の誕生日になっちゃったわよっ!!!!
怜也はあたしを置いてさっさと店を出ちゃったから、文句すら言えなくって。とりあえず、そのムカムカを気持ちを目の前に並んだの料理に向けてやったんだけどねっ!
2人分を綺麗に平らげてレストランを後にしたあたしは、そこでやっと携帯電話を手に取った。
「怜也なんか…怜也なんか……だぁぁぁいっきらいだぁぁぁぁぁ―――――!!!!」
このモヤモヤ全部を吐き出すことなんてできないってわかってたけど、とにかくそうすることしか自分を落ち着けることができない気がして、あたしは今まで以上のトーンで叫んでやった。
その声は木々に覆われた辺りに広がった後、夜の闇に溶けて消えてった。
今、あたしがいるのはN市にある城川〔シロカワ〕公園。
夜の街の喧騒からほんの少し離れた川沿いにあるとこでね、都会の散歩コースにぴったりの大きな木が茂ってる。日が暮れてからはさすがに人は少ないんだけど、日中は大勢の市民の憩いの場になってるんだ。
レストランから程近い場所にあったその公園のベンチに1人で座ってたときは、泣くことも叫ぶこともできなかったんだけど。緊急呼び出しに応じてくれた親友2人の顔を見たとたん、さっきまではなんだったの!? って言うくらい大粒の涙が溢れ出したんだ。
「あぁあぁ、思う存分泣いとけ泣いとけ」
そう言いながら胸に抱き寄せてくれるのは、そんじょそこらの男よりカッコイイ、さえちゃん…こと、菊屋 冴〔キクヤ サエ〕。籐のカウボーイハットの下にグレーのシャツ、同系色のパンツ姿がまた男らしさをアップさせてる。
そんな181cmという長身の彼女の胸は女の子ってことを忘れてしまうくらい広くて、体重を預けるのがすっごく心地よかった。
「そうよ〜。泣きたいときは泣くのが1番身体にいいのよ〜」
「うぅ……」
柔らかくて優しい…ちょっと間延びした声をかけながら背中をさすってくれてるのは、みっちゃん…こと、綾部 美知子〔アヤベ ミチコ〕。声のイメージそのままなフワフワ栗毛にフワフワレースのワンピースを着てる彼女は、綺麗で可愛いお姉さまって感じ。
細くて長い指にさすられるのもまた気持ちよくって、あたしは、鼻をすすりながら背中に感じる感触を味わってた。
「ゆっこを捨てるようなお馬鹿な人のことは早く忘れて、新しい恋をすればいいのよ〜」
「こんな可愛らしくて愛らしい由衣子の良さが分からないなんてなぁ!」
グサッ
見えない棘が胸にささって、あたしの肩に力が入った。
それに気づいた2人は、うんうんと頷き合ってたのを止めてこっちの様子を窺ってくる。
別に2人が悪いわけじゃないんだよ。励まそうとしてくれたことはよくわかってるもん。
でも。
「……その“可愛らしくて愛らしい”ところが嫌だったって」
「ゲッ」
振られた原因をこうもハッキリ言われちゃあ…さすがのあたしも耐えられなかった。
顔を見合わせて何も言えなくなったさえちゃんたちから離れ、1人立ち上がったあたしは、木々の隙間から見えるほの明るい夜の空を見ながら口を開いた。
「あたしだってわかってたよ? 怜也の理想がみっちゃんとかさえちゃんみたいに背が高くて大人な女の人だってことは」
去年の今ごろ。大学に入学したあたしは、同じサークルの先輩だった怜也のことが好きになった。
周りの人から散々彼のタイプや恋愛遍歴を聞かされた。
今まで付き合った人は、180cm近い自分の身長に合うような背の高い人ばっかり。みんな大人っぽくてグラマラスな身体つきで…服もそれをアピールするかのようなセクシーなのが好み。
『悪いことは言わないからやめときなさい』
この言葉を何度聞かされたことか。
「でも、仕方ないじゃん! 好きになっちゃったんだもん!!」
しゃべりながらも泣けてくるのは止まらなくって。もうすっかり化粧の落ちた目元を手の甲で拭った。
大学生になるまで、恋したことがなかったわけじゃない。
憧れの人はいた。でも、それはまるでテレビの向こうのアイドルに向けてる視線と同じで。その人の彼女になんかなれっこないって最初っから諦めてた。
それが…怜也のときは違ったんだよね。映画好きの集まるサークルで一緒だったから、すっごく話も合ったし! 人当たりのいい彼と一緒にいるのはとっても楽しかった。
ずっとずっとこの楽しい時間が続いて欲しい。あたしにだけその笑顔を向けて欲しい。
…それが独占欲だって気づいたその日に、告白したんだ。
「あたしのあまりの勢いに押されて付き合ってくれたけど…さ、怜也の好みは結局変わんなかったんだよね。他人には優しいくせに彼女には厳しくてさ!! 『こんなピアスが似合うような女になれ』なんて言ってこれくれて。大学行ってる女がこれ以上成長するわけないじゃない、ねぇっ!?」
誰にともなく問いかけた反動で、大きめの丸い輪が幾つもついた金色のピアスがシャラリと音を立てた。
「でも、頑張ったよ? 服装変えたり髪型変えたり…少しでも理想に近づけるように努力した。少しはピアスの似合う女になれたと思ったのに……」
今着てるパープルのワンピースだってそう。寸胴体型の自分には似合いもしないのに、少しでも怜也の好みに合わせるために買ったのに。
身体のラインが出る服だけじゃない。真っ黒だった髪は明るく色を抜いて、毎日先の方をアイロンでクルクル巻いてさ……。
そこまで言って大きくため息をついたあたしは、ちゃぶ台をひっくり返すかのようにブンと両手を振り上げた。
「『やっぱチビはだめだ』って何よっ!!!! もって生まれたこの身長だけはどうしようもないじゃない!!」
もって生まれた身長……それは、142cmという高さ。小学校4年生以来、あたしの目線の位置はずーっとずーっと変わることがなかった。
自分にできることだったら、何だってら努力する。実際、怜也の好みに合わせて元々は全然お洒落でもなんでもなかった自分をここまで変えてきた。
だけど…それ言われたらどうしようもないじゃん!!
そんなあたしを見てすごい勢いでベンチから立ち上がったみっちゃんとさえちゃんは、
「世の中に男はごまんといる! 中には由衣子みたいなちーまいのが好きってやつもいるって!!」
「わたしたちみたいに、ゆっこのことだーい好きな人が絶対いるわ〜」
言いながら駆け寄ってくるとあたしをギュッと抱きしめてくれた。20センチ以上も高い2人の顔は見えなかったけど…その言葉と体温にまたブワッと込み上げてきちゃって。
「うえぇぇぇ〜〜〜ん!! みっちゃん、さえちゃん!!!」
優しい親友の腕の中で、あたしは涙枯れるまで思う存分泣かせてもらったんだ。
- continue -
2013-11-23