“大小”恋物語 2

2.“小さな”恋の終わり ver.大


 ほんとに…よかったのか?

 おれは段々と遠ざかる背後のビル街を見返しながら、ズンズンと先に歩いていってしまう幼馴染に置いて行かれないようになんとかついて行った。


 日が暮れる前にも通った城川〔シロカワ〕公園は、すっかり夜が更けて見違えるように寂しくなっていた。
 N市民の憩いの場にもなっているここは、つい最近通いはじめた群青〔グンジョウ〕大学から歩いて10分の場所にある。
 今日は同じ学科の人から誘われて“飲み会”に参加することになったので、1つ先の駅にある会場まで交通費節約のために徒歩で行ったんだ。
 だから当然帰りも、定期の使える群青駅まで徒歩。普通に道を歩くよりも、この公園を通った方が駅まで近いんだ。


 大きな木のおかげで街中よりも空気が濃い公園内に入って。それまでは、早足で歩いて行ってしまう幼馴染、寒川 涼介〔カンガワ リョウスケ〕の背を無言で追いかけるしかできなかったけど、心の中で拳を握って大きく息を吸った。
「りょ、涼……涼!!」
「…何だよ」
 呼ばれてやっとスピードを落とした涼は、相変わらずの鋭い視線でおれを見上げる。やっと隣までやってこれたおれは、さっきからずっと言いたかったことを口にする。
「ホントに…一緒に行かなくてよかったのか?」
「俺たちはただの人数合わせだろ? 好みの女もいないのに二次会まで参加する必要がどこにあるんだよ」
「けど、女の子たちは来て欲しそうだったじゃないか……」
 言いながら、すごく残念そうな表情でずっと涼を見てた女の子たちを思い出した。それだけで胸の奥が締め付けられて自分まで悲しくなってくるのに、涼は、黒いショート丈ジャケットから覗くVネックTシャツの白い裾を伸ばしながら、ため息を吐く。
「興味もないのに行って下手に期待させたらどうするんだ」
「でも……」
「でももストもない!! 俺は行きたいと思わなかったからここにいる、それだけだ」
 急にピタリと止まって人差し指を立てた右手を突き付けられたおれは、
「そ、そうか…」
と、ぎこちなく頷くことしかできなかった。
「『初合コンで落ち込んでるお前を放っておけるわけないだろ』ってハッキリ言ってやればいいのに。かんかんったら素直じゃないんだから!」
「なっ…!!」
 まるでおばちゃんのように、軽く挙げた左手を手首のところで折り曲げて見せたのは、大学に入ってから友だちになった柳楽 歩〔ヤギラ アユム〕だ。
 一瞬目を見開いた涼は、すぐに眉間に皺を寄せると歩が着ているツイードのベストの胸辺りを掴む。
「柳楽!! 気持ち悪い真似するな! その上何だ! “かんかん”ってのは!!」
「え? だって寒川だろ? だから…かんかん?」
「ヤ メ ロ!!」
 ニコニコと笑いながら涼の手を服から外した歩は、今度は女の子みたいに自分の右手を頬に添える。
「え〜〜〜? もうインプットしちまったもん。今更変えられなぁ〜〜い」
「……その頭、1度爆発させてやろうか!?」
「キャ〜〜! イヤ〜〜〜〜ン!!」
 おれの周囲で追いかけっこをはじめた2人をオロオロと見ながら、おれは今日の出来事を思い出していた。


 今日は4月22日。おれ…大神 将磨〔オオガミ ショウマ〕は、朝一から大学で授業を受けていた。
 授業が本格的に始まってやっと1週間経つという頃。まだまだどんな授業なのかの説明だけのものが多いのだが、気を張ってるからか1コマ終わるだけで何か疲れてしまう。
 そんな2コマ目の授業が終わって、やっと昼だと大きく息をしたときだった。
 同じ文化人類学を取っていた人から、
「よかったら来ねぇ? 急に3人も来れなくなっちまってさー」
と誘われて、初めて“合コン”というものに参加することになったんだ。
 女の子と話すのなんて中学校以来のおれは、緊張と不安で午後の授業はもうまるっきり頭に入って来なかった。


 入った店は黒を基調としたシックな雰囲気のお店。和柄の暖簾のようなもので仕切られた壁の中に男女10名が顔を合わせて座った。

 もしかして、おれにも…“彼女”ができるかもしれない。

 そんな風に、自分も期待してたんだ……直前までは。
 中学高校と所属していたバレー部に全力を注いでたせいもあって、恋愛とは全く縁なく過ごしてきた。クラスの男子がタイプの女の子の話とか、自分の彼女の話とかしてるのを聞いて憧れてはいても、そっち方向に力を入れる暇はなかったし……。
 けど、おれの方を見るなり女の子の表情が驚きに染まって……怯えたように顔を逸らされた。

 あぁ、この反応。高校のときから変わらない。


 12月生まれってこともあってか、中2までのおれの定位置は列の1番前だった。整列するときには必ず手は腰に。前にならえなんてしたことはなかった。
 少しずつ身長は伸びていっても、周囲には追いつくことなく過ごした14年。
小さいことでいじめられることもしばしばで……おれはいつも涼の後ろに隠れてた。

―― チビで弱くて頼りない ――

 それがおれだった。

 変化しはじめたのは中3の春。

 バレー部で足の裏を刺激してきたのがよかったのかはわからないけど、おれの身長はぐんぐんと伸びていった。成長痛にも悩まされながら伸びに伸びたおれは、卒業するころには列の1番後ろに並ぶようになっていた。
 もちろん、変わったのは背の高さだけじゃない。同時に声も低く…怖くなり、あまりよくなかった視力のせいもあって目つきも悪くなって……。
 高校入学で環境が変わったとたん、おれのイメージは今までと正反対の

―― 怖くて近寄りがたい巨人 ――

…になっていた。
 見た目だけでそう言われたってこっちは困ることばかりだ。

 だって、中身は何1つ変わってないんだから。


 最初のイメージが肝心ってよく言うけど…ホントにそうだ。
 2mを3cmほど超えたおれの体つきは、椅子に座っていても他の男よりひと回りは大きい。コンタクトをするようにはなったけど、眉間に刻まれた皺はそんなに簡単にはなくならなくて。
 更に自己紹介も緊張して上手に話せなかったから、それが余計怖いと思わせたらしい。

 おれを前にすると身構える女の子たちを見てたら、もう……何も話しかけることなんてできなかった。

 味があるのかないのかわからない料理を口に放り込みながら、おれは黙ってその時間が過ぎるのを待ってたんだ。


「おーしょー?」
「え?」
 覗き込まれて気づいた。いつの間にか下を向いて1人で考え込んでたらしく、心配そうな歩の茶色っぽい瞳がおれを見てた。

 あ、“おーしょー”っていうのはおれのことだ。大神将磨の“大”と“将”で“おーしょー”。
 外国語の初日の授業で隣に座ったときに人懐っこい笑顔で話しかけられた…と思ったら、自己紹介したすぐ後にはもう、そう呼ばれてた。

 かなり沈んでたんだろう。ニッと励ますような笑顔を向けた歩は、おれの背中をバチッと叩く。
「んな落ち込む必要ねぇって。ああいうとこに来る女の子って見た目で判断しがちだから仕方ねぇよ。オレはおーしょーがほんとは優しくていい奴だって知ってっから。いつかきっと、その中身から外見まで全部好きになってくれる子がいるって!」
「…ありがとう、歩」
 おれは、口の端を上げながらお礼を言った。


『怜也なんか…怜也なんか……だぁぁぁいっきらいだぁぁぁぁぁ―――――!!!!』


「な、何!?」
 突然女の人の叫び声が聞こえてきてびっくりしたおれはキョロキョロとあたりを見回す。けれども見える範囲(といっても夜だからそんなに広範囲じゃないけど)にはそれらしい人は見当たらなかった。
「さぁ? きっと失恋でもしたんじゃね?」
 顔を見合わせながら、おれたちは帰り道でもある声のした方へ再び歩き出した。
「恥じらいってものはないのか…?」
「そう言うこと気にしてらんないときだってあるわけだよ、かんかん」
「だからかんかんって呼ぶな!!!」
 また追いかけっこをはじめそうな2人の後を追っていると、川沿いの歩道に人影が見えた。ベンチに座っている人と…少し離れて川が見える位置に立っている人がいるのがわかる。
 10m以上離れてるから何を話してるのかわからなかったけど、通り過ぎる直前。

「『やっぱチビはだめだ』って何よっ!!!! もって生まれたこの身長だけはどうしようもないじゃない!!」

 この言葉だけがおれの耳に届いた。
 一体その子に何があって、どうしてそう言うのかはわからなかった。けど、おれは心の中で思わず頷いていた。

 身長は…自分じゃどうすることもできないよな。

 彼女とおれは正反対だけど、結構身長で悩んでる人っているんだな…とちょっと親近感を覚えた。
「あれ…?」
 通り過ぎた瞬間、歩が振り返って首を傾げる。その様子に涼が面白そうな笑みを浮かべて視線をやる。
「何だ、知ってる女か?」
「ん――…そうかなと思ったけど似てるだけの別人かもしんねぇ」
「ふーん」
 興味のない返事を返す涼に、歩はすぐに話題を変えた。


 群青駅に着いても…その車内でも話は絶えることなく。他愛のないことばっかり言い合いながら、おれたちは家に帰ったんだ。

- continue -

2013-11-23

屑深星夜 2010.9.19完成