“大小”恋物語 4

4.“大きな”恋のはじまり ver.小


「みっちゃん、さえちゃん、おはよ!」
 長い長い駅の階段を速足で降りて、その先のホームで待っていた親友たちの横顔に声をかけた。
「はよっ、由衣子」
「おはようございます〜」
 微笑みながら迎えてくれる2人は、今日もカッコよくてキレイだ。


 ここは、O市の中牟手〔ナカムテ〕駅。みっちゃんとさえちゃんはこの駅のある中牟手町の出身だから、ここまで歩きやバスで来てるんだ。
 あたしはというと…同じO市内とはいえ、三尾〔ミオ〕町っていうちょーっと田舎に住んでるから、自転車で三尾駅まで行くでしょ? そこから電車に揺られること15分でやっと中牟手駅にたどり着く。
 三尾町は元々、独立した自治体だったんだけどね。丁度2年前、あたしが高校卒業する年の1月にO市と合併したんだ。おかげで願書書いてるときに何度住所間違えたことか!
 O市はというと、三尾町だけじゃなくて他にも2の自治体と合併したおかげで、いつの間にやら県内1の面積を誇るとこになってるの。
 あ、でもでも、合併したからって住んでる人にとって大きく変わったとこはあんまりなくって。相変わらずあたしの住んでる三尾町は田んぼや畑の多い田舎なまんまだし。みっちゃんたちが住んでる中牟手町はビルや商店が立ち並ぶ、N市に負けるとも劣らない都市。なんともアンバランスなところなんだ。


 いつもの電車に乗りこんだあたしたちは、入ったのとは反対側のドア付近に3人で固まって立った。
 まだまだラッシュの時間ってこともあったけど、この電車2人掛けの椅子しかないんだよね。1人どうしても立たなきゃいけなくなっちゃうから、どうしてもってとき以外はいっつも立ってるんだ。特別快速だから、大学のある藤間駅までは20分くらいで着いちゃうしね。
「すっかり元の由衣子に戻ったな〜」
 上から下まであたしの恰好を見ながらさえちゃんが言う。
 その言葉通り、今日のあたしの服装は紺のジーンズにチェック柄の襟付きチュニック。お化粧もファンデを軽く塗ってチークとリップをつけただけ…の簡単なもの。
 元々、あんまりおしゃれに興味がなかったあたしは、別に服は着られればいいってだけの人種だったんだよね。高校のとき、そんなあたしを連れ出して服を選んでくれてたのはこの2人で。
 背が低くて童顔なあたしでも似合うのは、カジュアルやガーリーなの! …と散々勧められたおかげで、いつのまにか自分の好みもそんな感じになってたんだ。

 ま、今はこういう服しか持ってないから…っていうのもあるんだけど。

 だって、怜也……ううん。“あの男”の好みの服なんて、もう見たくもなかったんだもん! だから別れた日から1番近いゴミの日に全部捨ててやったわよ!!!!

 おかげでスッキリして、こうやって笑い飛ばせるようになったんだけど。
 もちろんあの日、存分にあたしの愚痴に付き合ってくれた2人のおかげでもある。ってことで、その気持をこめて2人に向かって頭を下げる。
「その節はお世話になりました」
「ああいうときは泣くのが1番だって!」
 ワシャワシャと嬉しそうな顔であたしの茶色い頭を掻きまわすさえちゃん。みっちゃんはその様子をニコニコ微笑みながら見て、
「その方がゆっこらしくて好きよ〜」
…って言ってくれた。
 それが嬉しくて、あたしは照れ隠しのためにうるさそうにクシャクシャになった髪の毛を元に戻しながら、
「ありがと」
と小さな声で伝えたんだ。
「あ、そうそう。これ、ゴールデンウィークのお土産です〜」
 思い出したようにみっちゃんがクラフトテープで編まれた籠バッグの中から小さな包みを取り出して、あたしとさえちゃんに手渡してくれる。
「サンキュー!」
「ありがと、みっちゃん」
 手のひら大のそれ開けると、中にはとんぼ玉で出来た携帯ストラップが入ってたの。あたしのは青色で、さえちゃんのはピンク色…。同系色の紐でお花の形に編まれたところも…またかわいくって。
 さすがみっちゃん。あたしたちの好みがわかってる!
 あ、よく見たらみっちゃんのバッグに緑色の同じのがつけてある。色違いでお揃いって、なんか嬉しいな〜。
「どこいったんだよ」
 そう聞くさえちゃんは、既にストラップがどっさりついた携帯に、さっそくもらったのをとりつけている最中。
「M湖です〜」
「あ、それ、おじさんたちの趣味だろ」
 パッと顔を上げたさえちゃんに、みっちゃんは目を細める。
「えぇ。1日中釣りしてましたよ〜」
 その言葉に、目が開いてるのかわからないくらい細い、みっちゃんのお父さんの顔が思い浮かんだ。


 みっちゃんのお父さんは…さえちゃんと丁度同じくらいの背の高さ。なんだけど、それより小さいイメージがあるのは性格の違いかなぁ? すっごくおっとりしてて、いつでもニコニコしてるおじさんは、顔は似てないけどみっちゃんそっくりなんだよね。
 みっちゃんの容姿はお母さんのを受け継いでて、会うとびっくりするんだけど…ホント今でも綺麗な“お姉さん”って感じ。娘と同じ体格だから、服も2人で着まわせるんだって。フワフワフリルが似合う40代って…すごいよね!
 反対におじさんの容姿にそっくりなのが弟の泰貴〔タイキ〕君。釣好きのお父さんが名前の音に込めた願いのおかげか、彼もしっかりその血を受け継いで。
今では休みの度に一緒に釣りしに行ってるんだって。
 あ、でも、泰貴君、中身はおばさん似だから、もう、チャッキチャッキのしっかり者!! まだ中学1年生なんだけどね、どこかボーっとしてるお父さんをいっつも引っ張ってるらしい。


 きっと、あの優しげな顔をニマニマさせながら魚釣りしてたんだろうな〜…と想像しつつ。あたしは正直に肩をすくめる。
「釣りかぁ〜…何がそんなに面白いか、あたしにはわからないなぁ」
「そうね〜。でも、その間、母とわたしは好きなだけ観光と買い物を楽しみましたから〜」
「おぉ! 『このカードで好きにやりなさい』って!?」
 目を閉じておじさんの真似をしながらカードを差し出すジェスチャーをするさえちゃんに、みっちゃんはクスリと微笑む。
「あらあら、さえちゃん上手ね〜」
「おじさんの真似だけは自信あるぞ」
「そんなとこで自信持っても!」
 あたしたち、3人で顔を見合せながらクスクス笑い合った。電車の中だったから声は抑えるように努めたんだけどね。
 ひとしきり笑った後、みっちゃんが笑顔のままであたしたちを交互に見る。
「2人はバイトでしたよね〜。お疲れさまでした」
「「いえいえ」」
 さえちゃんと一緒に軽く会釈し返したあと、あたしは思いっきりため息を吐く。
「ゴールデンウィークで人が減ってるはずなのに、すっごい混んだんだよね〜…」
「遠出したくないやつが集まるんだよ」
「やっぱそっかなあ」
 あたしは、さえちゃんの言葉に顔をしかめた。


 あたしがバイトしてるところは、数年前、地元三尾町に出来た大型スーパーマーケット。家から近いからって言う理由でそこの食品レジでバイトし始めたのは大学入学直後だから…もう1年になるんだなぁ。
 レジの仕事自体はそんなに難しくはない。手早くスキャンしていって、バーコードがついていない商品は手元のボタンを押す。
 今のレジって優れもので、お金を入れればコンピュータが入れた金額を認識するでしょ。そして、きっちり差額をおつりとして出してくれるんだよね〜。だから、めったにお金の渡し間違いっていうのもないからその点はありがたいんだ。
 でもでも、困るのは…お客さんへの対応だよね。
 レジって食品コーナーの顔みたいなものでしょ? 売り場自体を全部把握してるわけじゃないのに、商品の場所は聞かれるでしょ。値段を聞かれることもしばしばで、返品、苦情対応もレジの仕事…みたいになってる。
 その辺は社員さんや、パート歴の長い人が請け負ってくれるから、あたしが困ることはめったにはないんだけど。

 何にしても不思議なのは、長期休みでもお客が減るってことがないんだよね。
むしろ増えてる気がする…。
 海外旅行や帰省などなど、地元からいなくなる人もたくさんいるはずなのに! それと同じくらいの人がどうしてあんな田舎の三尾町に集まってくるのか、っていっつも疑問なんだ。
 その上、晴れた日より雨の日のが混むし。

 やっぱり手軽に出かけたつもりになれて、1日天候も気にせずに過ごせるっていうのがいいのかなぁ?

 働いてる方としては、どこか別のとこ行ってくれって感じなんだけどね!!


「でも、3人でDVD鑑賞会できてよかったね!」
「そうだな! あれがなかったらゴールデンウィーク、乗りきれなかった」
 バイト漬けだったあたしたちはうんうんと頷きつつ手を取った。

 実は、ゴールデンウィーク直前の2日の夜。あたしたちは中牟手駅から歩いて10分のさえちゃんの家に集まったんだ。
 みっちゃんは旅行、あたしとさえちゃんはバイトって決まってたからね。
3人で集まって遊べるのがその日くらいしかなかったんだ。
 だから大学終わった後にレンタルビデオ屋さんに寄って、DVD借りて、その足でさえちゃんちへ。みんなでワイワイ夕飯を作って、それを食べながらさえちゃんオススメの映画を見たんだよね。

「あのお話は感動したわ〜」
「うんうん! ラストシーンは涙無しでは見られなかったし。やっぱ純愛っていいよな〜!!」
「さえちゃんって恋愛もの、ホント好きだよね」
「わたしたちの中で1番乙女よね〜」
 思い出して興奮したのか、天井を見つめてポーッとするさえちゃんの横で、あたしはみっちゃんと顔を見合わせて笑った。

『次は、藤間〔フジマ〕…藤間です。お降りの方はドアから手を離してお待ち下さい』

 あ、もう藤間? 話してると時間が過ぎるの、早いなぁ〜。

 車内アナウンスに肩から掛けてた黒い手提げバックを抱え直して、左手にあった出口の扉を仰ぎ見る。
 そこにある路線図の描かれた壁って言ったらわかるかな? その「こちら側の扉が開きます」ってところが光ってるのを確認しながら、あたしは電車が止まるのを待ってたんだ。

 ガクンッ!!

「キャア!!」
 突然かかった急ブレーキに、進行方向に背を向けてたあたしの身体は後ろに引っ張られる。
 思わず上げた小さな叫び声に、なんとか踏み止まろうと1歩2歩と足踏みするんだけど身体の流れは止まらなくって。

 あ、ダメっ!

 倒れてどこかにぶつかるのを覚悟したあたしは、訪れるだろう衝撃に備えてギュッと目を閉じた。

 確かに、何かには当たった気がする。……でも、思ってた程の痛みは感じなくて。

「…だ、大丈夫ですか?」
 そのことを自分の頭が不思議に思いはじめる前に、低い低い声が上から降ってきたの。
 パッと目を開けると、目の前には眉間に皺の寄った男の人が、心配そうにあたしを見てた。

 …って!! あたし、今、抱きかかえられてる!?
 
「わ!! す、すみません!!」
 その事実に驚いて急いで立ちあがったあたしは、身体を起こしたその人に改めて目をやった瞬間、驚きで動けなくなっちゃったの。
 だ、だって、電車の天井にぶつかるんじゃないかってほどの位置に頭があって! あたしからだと…ホント、首がこれ以上曲がらないってほど見上げなくっちゃ目も見えない。
 テレビとかで見て知ってたけど、実際にこれほど大きい人には会ったことがなかったから、助けてもらったことも忘れてその姿をじーっと見つめ続けてた。…と言っても、我に返るまではほんの数秒だったんだけど。

 プシュ――――…

「由衣子、大丈夫か?」
「ゆっこ、いくわよ〜」
 みっちゃんとさえちゃんに肩を叩かれてそっちを見ると、いつの間にかドアが開いてた。
 急いで降りなきゃいけないのはわかってる。ドアが開いてる時間はあと少しだけ。
 でも、助けてもらったのに何も言わずに去ることなんかできなくて。
「ありがとうございました! おかげで怪我しなくてすみました」
 真っ直ぐに助けてくれた男の人を見てそれだけ告げると、あたしは先に降りていった親友たちの背中を駆け足で追った。

 ルルルルルルル…

「運転手、気をつけろよな〜」
 発車を知らせるベルを聞きながら、運転席の方向を向いて大きくため息を吐くのはさえちゃんだ。
「大丈夫だった? ゆっこ」
「うん」
 心配顔であたしの肩を抱くみっちゃんにうなずきながら、あたしたちは改札へと歩き出す。
「よかったわね〜、助けてもらえて」
「あのでっかい兄ちゃん、目つきは悪いけどいいやつだったな。……もしかして、これがきっかけで恋が芽生えたり?」
 ニヤッと面白そうにこっちを覗き込んでくるのにハハッと笑い返したあたしは、ブンブンと手を振る。
「しないしない! もう、さえちゃん、夢見すぎだって!」
「通学電車の中で生まれる恋…なんて、女子の憧れのシチュエーションじゃないか!」
「あらあら、じゃあ、さーちゃんが助けてもらえたらよかったわね〜」
「私じゃ絵にならないだろぉ?」
「逆に絵になっちゃいそうだけどなぁ!」
「そんなわけないだろ!」

 ……そんな話をしながら、あたしたちは大学へ歩いて行ったんだ。


 このときのことは、びっくりはしたけどあたしの中では全然特別なことじゃなかった。
 けど、それを特別に思う人もいるんだ…ってことを知るのは、丁度2ヶ月後のことだった。

- continue -

2013-11-23

屑深星夜 2010.9.30完成