7月7日。天上に住む恋人たちが、年に一度の逢瀬を楽しむ日。
そんなロマンチックな今日、おれは、三尾町にある大型ショッピングセンターの自転車置き場にいた。
時計の針はもうすぐ5時10分になるかというところ。刻々と近づくその瞬間に、おれはもう、口から心臓が飛び出るんじゃないかと思うくらいドキドキしていた。
理由はもちろん、小竹さんに…こ、こ…ここ、こ、告白、するため…。
一昨日、歩が教えてくれた小竹さんのバイト先は、彼女の地元、三尾町にできたショッピングセンター。ここの食品レジで働いてるんだ。
歩は三尾駅の近くに住んでるんだけど、よくここまで買い物に来るから知ってたんだって。
5時少し前に別の人とレジを交代するのを確認してここまで来たんだけど…。なかなか姿を見せない彼女にちょっとだけホッとしつつも、不安は募るもので。
「ね、ねぇ…ほんとに別のとこから出ちゃったりしてないよね?」
「絶対ない」
呆れ半分、怒り半分のため息をついた涼にガツンと言われてビクついたおれの肩を抱くのは、対照的にニコニコと面白そうに笑ったままの歩だ。
「おーしょー、さっきから何度も言ってるけどな、こういうとこは管理がしっかりしてっから、ちゃんと従業員入口から出なきゃダメなんだよ」
だから大丈夫、と目で語る姿におれはぎこちなく頷いた。
バイトを終えた小竹さんは、必ず従業員入口に近いこの自転車置き場を通る…と教えてくれたのは歩だ。それを信じてないわけじゃないけど、破裂しそうな心臓のせいで今もできるなら逃げ出したいと思ってるおれの頭にはどうしても悪い考えが浮かんでしまう。おかげで、ここに来てまだ10分だというのに、もう既に同じやり取りを5回も繰り返してたりする……。
いいかげん涼がキレかけるのもわかってるんだけど、それでも不安なものは不安なんだ。
秒針が進めば進むほど、さっき無理やり納得させたはずの心はいつの間にかまた悪い考えで一杯にの状態に戻ってる。
それでも姿を現さない小竹さんに、おれがもう1度不安を口にしようとしたその時。
「うふふふふっ! さーちゃん、今日は楽しみにしていて下さいね〜」
「おっ前…楽しんでないか!? いつもよりその笑顔が黒く感じる…ぞ……っ!!?」
背後から聞こえて来た声に振り向くと、薄水色のカッターシャツに紺色のベストを着た涼よりも背の高い男と、ヒラヒラのレースのついた女の子らしい淡いピンクのワンピースを着たカップルがおれたちを見て目を見開いた。
「「あ」」
それとほぼ同時に声を上げた涼と歩を見ると、目の前の2人と全く同じ顔をしていて…。おれには見覚えがなかったけど、どうやらこの人たちを知ってるみたいだった。
「…知ってる人?」
「「ブハッ…!!」」
「はぁ〜……」
おれの疑問の声に噴き出したのは、歩と相手側の男性の方。深い深いため息をついたのは涼だ。
「朝、よく同じ電車に乗っているのですけど、ご存知ありませんか〜?」
そう言いながら少し茶色っぽい瞳でおれを見上げてきたのは、いつの間にか微笑みを取り戻していた女性で…。
「??」
そこまで言われても思い当たらないおれが首を傾げていると、
「みっちゃん、さえちゃん、ごめん!! ちょっと遅くなった!」
ドクンッ
真後ろから聞こえた声に心臓が跳ね上がった。
だ、だだ…だ、だ、だって!! もう何度も何度も頭の中で再生し続けた、あの時の声と同じだったから!!!!
―― ありがとうございました! おかげで怪我しなくてすみました。
緩くウェーブした明るい髪。驚いてはいても、それでも真っ直ぐおれを見つめてくれた瞳。ニコリ微笑んだ優しい顔。
小竹…ゆ、ゆ、ゆ…ゆゆ、由衣子さんだ!!!
「……? 何か話し中だった?」
「あぁ、ほら。この人たち、よく同じ電車に乗ってるだろ?」
おれたちをちらと横目で見つつ、友だちだったらしい先程の2人の方へと歩いていった彼女に男の方がニッと笑いかけた。
小竹さんの存在とその言葉で、“そういえば彼女と一緒に電車に乗っている人たちがいたな”…と、気づくことができたんだ。
おれが小竹さんが好きなことを知っている涼や歩だけじゃない。彼女の友人である2人もおれのことに気づいていたということは…おれが小竹さんをずっと見ていたことがバレていた可能性が高い。
本当なら恥かしくて逃げ出すか、小竹さんしか目に入っていない自分の失礼さに頭を下げるかしなきゃいけないところ。だけど、7分丈のGパンに茶色のインナー、プリントの入ったロングTシャツを合わせたちょっとスポーティな服装の彼女を目の前にしてガッチガチになっていたおれには、じっと小竹さんを見つめ続けることしかできなかった。
男 ―― というか、小竹さんの呼び方からすると女の人らしい ―― にそう言われた彼女はというと、おれたち3人の姿を確認し、小首を傾げる。
「?? そうだっけ?」
グサァッ!!!
…うぅ…っ!
そ、そりゃ、おれが見つめてたのは小竹さんの背中ばかりだもんな。気づかれないようにしてたんだからその反応で間違ってないはずなのに……特大の杭が刺さったみたいに胸が痛むのは、やっぱり彼女のことが好きだからなんだろう。
最初は、見ているだけで幸せだった。でも、一生背景でいる自分を想像すれば…やっぱり嫌で。
……けど、その感情は想像の中でしかなかったんだなぁ。こ、こうやって実感すると……悲しすぎて涙が滲んでくる……。
さっきまで紅潮していた頬は冷め、目に涙を溜めて大きな身体に似合わずガックリと肩を落とすおれをしばらく見上げていた小竹さんは、ハッとすると同時にポンと手を叩いて口を開く。
「あ! もしかして…前に電車で助けてくれた人ですか……?」
!!!!!!!!!!!!!!
お…覚えててくれたっ!!?
語尾のあたりは恐る恐るって感じだったけど、もうそんなの関係ない。少しでも彼女の記憶に残ってたという事実は胸に開いた巨大な穴を一瞬にして埋め戻し、再び早鐘を鳴らし始めたそこのせいで声すら出せなくなったおれは、とにかく思いっきり頷いた。
すると、真っ直ぐにおれの方に身体を向けた小竹さんは、
「あの時はありがとうございました」
って頭を下げてくれたんだ!!
も、もう…おれ、それだけで舞い上がっちゃって……泣きそうな目で凝視したまま動けなかった。
「今日はお友だちと遊びに来たんですか? ここ、映画館もありますもんね」
ニコリと微笑みながらせっかく話しかけてくれても、その笑顔に見惚れて何も言えないでいたら、ドンッとわき腹の当たりに涼の肘が炸裂して思わず顔をしかめる。何するんだ、と右隣の幼馴染に非難の瞳を向ければ、
『 言 え !! 』
声なき声でそう伝えられ、おれの心臓が一層大きく跳ね上がった。
何を? …なんて聞かなくても、わかってる。
でも、改めて意識しただけでガクガク手足が震えだし、全身の血が顔に集まったんじゃないかってくらい頬っぺたを中心に熱くて熱くてたまらなくなった。
何を話すでもなく、目の前でこんな状態になってる人がいたら誰でも驚くだろう。
小竹さんはおれに一歩近づくと、
「あ、あのー……」
と、怪訝な顔で覗き込んできた。
―― このままじゃ一生、背景だぞ? それでもいいのか?
ふと、一昨日に言われた涼の言葉が思い浮かぶ。
絶対に嫌だ。それをついさっき実感したところだから、胸を張って言える。
そうならないためなら、おれはできるはずだ。
心の中で何度も何度も唱えながら、遥か下にある彼女の瞳を真っ直ぐ見据えて口を開く。
「す…す……す…す……」
「…す?」
「好きです!!! お、おおお、お、おれと、つ、付き合って下さいっ!!」
小竹さんは、瞳が零れ落ちるんじゃないかと思えるほど大きく目を見開き微動だにしなくなった。
一方、告げたことで緊張のピークを越えたおれの体内は、ドクドクと今まで以上にすごい音を立てはじめる。顔や心臓に集まってた血が、今、全身をすごい速さで巡っているんじゃないか…って思うくらい、カッと全身から発熱してる。
きっと、頭の先から足の先まで…全部赤くなってる。
頭の隅でそんな自分の姿を想像しつつも、目だけは決して彼女から離さなかった。
- continue -
2013-11-23
屑深星夜 2011.2.12完成