「好きです!!! お、おおお、お、おれと、つ、付き合って下さいっ!!」
突然告げられた言葉に驚いたあたしは、目を見開くしかなかった。
真正面には、見上げるほど大きな男の人。頬だけじゃなく耳まで全部真っ赤にしたその人は、瞬きを忘れたように少し涙で潤んだ鋭い瞳でじっとあたしを見続けてたの。
今日は土曜日。朝から8時間のバイトを終えて、やーっとお楽しみのDVD鑑賞会だ!! と思って、さえちゃんとみっちゃんが待ってるはずの店舗入り口へ行ってみたら、2人は見たことのない男の人たち3人と一緒にいて……。
なんか……気が付いたら告白されてたんだよ、ね。
いや、最初は全然見覚えがなかったんだけど、そのうちの1人はすっごく背が高くて! 天上でも見上げるくらいの首の角度にふっと思い出したのは…何ヵ月か前に電車の急ブレーキで倒れそうになったところを助けてくれた男の人のこと。
顔も思い出せないくらいはっきりしてない記憶なのに、なぜか見上げたその首の感覚は覚えてたみたいで…。
人間の記憶ってどうやって保管されてるのか知らないけど、何がきっかけで思い出すかわからないものだね〜。もう、その脳の持ち主であるあたしの方がびっくりだったわ。
初恋がついこの間のあたしだもん。誰かに告白されるなんて、人生初の経験!!
うれしいって気持もあった…はず。
他にも、何であたしのことを好きになってくれたのかとか、どこがいいのか…とか。後で考えれば色々聞きたいことがあったんだ。
でも。
―― やっぱチビはだめだ。
あたしの頭の中には、思い出したくもない“あいつ”の声がガンガン響いて……。
「いやっ!!!」
気がついたら相手の顔から思いっきり目を逸らしてたんだ。
思わず口を吐いた言葉にハッとして視線を戻せば、さっきまでとは真反対。
顔面蒼白になったその人がガクリ地面に膝をつくところだった。
「…そ……そりゃ、ストーカー紛いのことしてたおれなんかに告白されても嫌です……よね…」
半分放心状態で力なくそう呟いた彼は、意を決したようにあたしを見ると…。
「す、すす…す、すみませんでした!!!!」
ガバァッとその大きな身体を折って額を地面にくっつけた。
……え…?
えええええええ!? ちょ、ちょっと待って!!! 土下座!? 土下座された!?
む、むしろ咄嗟のこととはいえ傷つけるようなことを言ったのはあたしの方なのに!? 何であたしの方が土下座されてるのっ!!!!!?
すぐそこで起こっている事実にあたしが目を白黒させてたら。
「…ぶはっ!!! ははははははははははは!!!!!」
新緑色のギンガムチェックのシャツに、カーキ色の半ズボンを履いた方の男の人がお腹を抱えて笑いだした。
「ははっはははは! い、いきなり土下座って…っ!」
「うふふふ…面白い方ですね〜」
「え、ええぇ?」
まだパニック状態のあたしは、つられるように笑いだした2人を交互に見ることしかできなかった。
原因となってる当人は、そんな3人の声を聞いても顔を上げる様子はない。
普通、自分が笑われてたらチラッとでもそれを確認しそうなものなのに……。ピクリとも動かず、ずーっと土下座し続けるこの人って案外すごいのかもしれない。
「……おい、将磨。顔上げろ!」
黒いシャツに黒いジーンズ、黒い帽子を合わせてクールに決めている人が、‘将磨’と呼んだその人の右腕をグイっと引っ張った。
「で、でも…き、嫌われるほどのことしてたんだからちゃんと、あ、謝らない…と……」
オドオドした表情でその人を見ながらもまだ頭を下げようとする将磨さん。それに額を押さえた彼は、大きくため息を吐きながら肩を落とす。
「馬鹿か。この女、同じ電車に乗ってることすら知らなかったんだぞ? お前のストーカー行為に気づいてるわけないだろうが」
「え?」
目を点にして動きを止めた彼は、数秒考えた後で答えを求めるようにあたしを見た。
ストーカーって言葉に驚きがなかったわけじゃないよ。でも、それに反応する余裕を今のあたしは持ち合わせてなかったんだ。
それにお友だちが言ったように、同じ電車に乗ってることすら気づいてなかったのは紛れもない事実だし……あの言葉は“あいつ”に反応して出ちゃっただけで、この人には何の非もないもの。だからあたしはとりあえず、何も悪くないんだよという意味を込めて1つ頷いた。
それを確認してやっと身体に入ってた力を緩めた将磨さんは、
「あ、あれ…?」
と呟きながら視線を彷徨わせ始める。
多分、ぐちゃぐちゃになってるんだろう自分の頭の中を整理してるんだろう。焦って訳がわからなくなっているときって現状を把握するのに時間がかかるもんね。
でも、これでこの騒ぎも終息するかな、とあたし自身も落ちつき始めたそのとき。
「あぁ〜。でも、わたしたちは気づいていましたけど〜」
「!! ご、ごごご、ごめんなさい!!!」」
クスクス笑い続けていたみっちゃんにズバリそう言われて、彼は再び頭を下げてしまったの。
「は、は…ははははははっ!! も、もう、これ以上笑わせんなって!!!!」
それを見て、さえちゃんは一段と声を大きくして笑い続け。パーカーを着た男の人の方は……お腹押さえてしゃがみこみ、バシバシと自分の膝を叩きまくり。
えっと、あのー……みなさんお忘れかもしれないですが、一応、ここ、公共の場ですからね?
視界からシャットアウトさせたくってもね?
自転車置き場に来る人はもちろん。ショッピングセンターに来てるお客さん。カートを集めに来た従業員の人に、あたしと同じく仕事を終えた従業員の人…駐車場の整理をしてるおじさんとか。
あたしたちを変な目で見てるの、バッチリ映ってますから!!!
「こっの…阿呆!! 早く立て!! こっちが恥かしいだろうが!!!」
この状況に我慢ならなくなったんだよね。そう言って怒鳴りつけたお友だちの顔はほんのり赤くなってる。
「ご、ごめん…涼……」
やっと周囲の様子を理解した将磨さんも真っ赤になりながら立ち上がり、自分より背の低い(でも態度は大きい)彼に背中を丸めながら謝ったんだ。
「はぁ……冗談抜きで、笑い死にするとこだった!」
「勝手に死んでおけ」
どことなく顔色が悪い気もするんだけど、やけにスッキリした様子の笑い続けていた方の男の人は、(この中では)常識人らしい彼にそう言い捨てられ、急に自分の肩を抱いてしなを作る。
「ひ、酷い!! かんかんったら、アタシのこと愛してないのねっ!!」
「んなもん、最初からないわ!! それに、かんかんでもないっ!!」
声を荒げて噛みつく‘かんかん’さんは、声も変えてるけどどう見ても男にしか見えないお友だちをギッと睨んだ。
「んもー…かんかんはかんかんでしょぉ?」
全く怯むことなくクルクルと立てた右手の人差し指を回していた彼は…
「て・れ・や・さんなんだからぁ!!」
ツンッ
と、その指先でかんかんさんの左胸を突っついたの!
もう、そこからハートが飛び出すんじゃないかってほどの可愛らしいそのしぐさ!!(実際はまるっきり男性同士のやり取りだから気持ち悪い以外の何でもないんだけど)
でも、やられた方はと言うと、青筋浮き出るほど怒りのボルテージが上がっちゃったみたいで……。
「誰がだ!!!! 柳楽ぁっ!!!」
「キャ――! おーしょー、助けてぇー!」
将磨さんを真ん中にして、鬼ごっこを始めちゃったんだな。
あたしはそれを呆然と。さえちゃんは、せっかく落ちついてたのにまた大爆笑。みっちゃんはクスクスと小さな笑い声を零しながら、事態が収拾するまでその場で見ていることしかできなかった。
「あー…それにしても、と」
しばらくして、将磨さんの陰に隠れてやり過ごしたお友だちさんは、彼を見上げてニイッと笑うの。
「普段大人しいおーしょーにあんな大胆なとこがあったなんてな〜!」
「……あ、歩……恥かしいからそれ以上言わないで……」
「あ、ごめんごめん」
言われた方は真っ赤な顔で背中を丸め、もう、消えてしまいたいってほど小さく小さくなってた。とは言っても、立ってるだけで誰もが見上げるくらい大きいから目立つことには変わりがないんだけど。でも、そんな様子を見たおかげで、お友だちさんが言ってた“普段大人しい”っていうのがちょっとだけ納得できた。
言った本人 ―― 歩さんは、全然悪びれた様子もなく目を細めると、クルリとあたしたちの方を向いて口を開く。
「んじゃ、改めまして。オレは柳楽 歩。んで、こっちがおーしょーで、こっちがかんか…」
「か・ん・が・わ(寒川)涼介だ!!」
さっきまでの様子も含めて寒川さんは、よっぽどかんかんと呼ばれるのが嫌なんだろう。語尾に被るように名前を叫ぶと、キッと鋭い瞳で隣に立つ柳楽さんを睨んだ。
それにニッと笑って返すだけの柳楽さんは……全然懲りてないみたい。
「なぁ、おーしょーって…?」
こいつのことだよな、とでも言うように、さえちゃんが将磨さんを見ながら聞いてくれたことはあたしも聞きたかったことだった。
寒川さんが‘かんかん’ってことは、‘おーしょー’はもう1人の…寒川さんの言う‘将磨’さんのことだということはわかるんだけど。何がどうしてそんな風に呼ばれるのかは全く分からなかったんだもん。だからその答えが知りたくて柳楽さんの方をジッと見てたら、あぁ、と寒川さんが頷いた。
「こいつの名前は大神 将磨だ」
「大きい、将軍の将で“大将”じゃん。だから“おーしょー”! 将棋みたいでなんかかっこよくね?」
「図体がでかいだけのこいつには似合わん大層なあだ名だな」
呆れたように肩を竦めた寒川さんを右手で指差した柳楽さんは、大げさに声を上げる。
「あぁぁー! かんかんさり気にひでーこと言ってる!! 聞いた、おーしょー!!」
「だから…かんかんって呼ぶなっ!!!!」
「おーしょー!! かんかんが虐めるぅー!! オレのあだ名は愛情表現なのにぃ〜!」
これ、絶対嘘泣きだ。
子どもだってわかりそうなくらい、両方の目元に手を添えたバレバレな姿で将磨さんに泣きつく光景は…もう、下手なお芝居を見てるみたいで。
クスッ
気がついたら、笑ってたの。
「あ、今、笑った!」
「え」
見られた、と知って顔を引き締めたときにはもう遅く。さっきまで恥かしさで小さくなってたはずの将磨さんの視線が、バッチリあたしを捕えてた。
いつの間に見てたの!? って言いたかったけど、よくよく考えればこの身長差だもんね。彼にとってはもしかしたら、下を向いているほどあたしがよく見えちゃうのかもしれない。
「よっしゃ、笑顔ゲット! おーしょー、ちゃんと見てたか?」
柳楽さんにそう聞かれた大神さんは…憧れのものでも見るようにうれしそうに頷く。
あぁぁ…もうっ! 何このむずがゆいような不思議な感覚!!
別になんてことない普通の笑顔だよ? それを見ただけでこんな風に見下ろされるなんて、なんか、あたしの方が恥かしくなってくる…っ!!!
「小竹 由衣子さんだよね?」
「え…?」
いきなり柳楽さんに名前を呼ばれ、あたしは思わず身体を固くした。だって、あたしの記憶の中ではついさっき会ったばっかりだよ? その間に名前を言った覚えも、さえちゃんみっちゃんに呼ばれた覚えもない。
それなのに何で知ってるの? …と、少し身構えていたら。
「オレ、同じ中学だったんだよね。学年は違うけどさ」
人のいい笑みでそう告げられて、別の意味で驚いてしまったの。
でも、それなら知っててもおかしくないかな…と思ったあたしは肩の力を抜いた。
だって、あたしが通ってた中学は小学校が2つくっつく、そんなに大きくないとこだったから。小学校のころから接してる人なら、学年違っててもほぼ覚えてたし。中学で初めて会った人だって全員とは言えないけど、名前を知ってる人はたくさんいたもんね。
あたしの記憶の中に“柳楽 歩”という人はいなかったけど、別に一方的に知ってる人だって何人もいるから、あたしはその言葉を信じたんだ。
「お友だちの名前は?」
「私は菊屋 冴だ」
「綾部 美知子と言います〜」
「よろしく〜!!」
聞かれても嫌な顔ひとつせず。むしろ笑顔で自己紹介した2人に、柳楽さんは右手を差し出しそれぞれとしっかり握手した。
「…で、と。さっきの『嫌』は何だったのか聞いていー?」
ビクッ、と身体が大きく震えた。
だって! 今まで全然関係ないこと話してたのに、いきなりそこに触れてくるなんて思いもしないでしょ!?
ぎこちなく柳楽さんを見れば、感情の読めない笑い顔であたしを見てるだけだった。
『元彼に振られたときの言葉を思い出していました』
…なーんて、そんなこと、ハッキリ言えるわけない。ううん、むしろ言いたくない。思い出したくもないことなんだもん!
うぅぅー……言わなきゃだめかなぁ?
上目遣いで周囲を見回せば、みっちゃんもさえちゃんも寒川さんもあたしを見てて、答えを待ってるみたい。その上、大神さんなんか、眉間に皺は寄ってるけど必死な瞳で!! 神の審判でも待つかのように微かに震えながらあたしを見下ろしてたんだ。
はぁ…。
言うしかないと観念したあたしは1つため息をつくと、最後の足掻きで何重にも何重にもオブラートにくるんだようなあやふやな答えを口から送り出した。
「ええと…急に、嫌なこと思い出してしまって……」
「あ、じゃあ、おーしょーのことが嫌ってわけじゃないんだ! おぉぉー! よかったな、おーしょー!!」
言ったとほぼ同時くらいに柳楽さんは、大神さんの背をバシンと叩いた。叩かれて痛いはずなのにもかかわらず、彼はそれはもううれしそうに顔をほころばせ……。
―――― やっぱチビはだめだ。
ふと、そこに冷たい声と表情が重なった。
「や…っ」
ゾクリと身体が震え、僅かに声を上げたあたしは見えた幻から視線を逸らす。
「や? あ…れ? やっぱり違うの?」
小さな声だったはずなのに、発した言葉を的確に捕えた柳楽さんは不思議そうに首を傾げた。
何で急に“あいつ”と“あの言葉”が出て来るのか。自分でもよくわからないまま取ってしまった行動に視線を戻せば……大神さんは萎んだ風船のようにヘナリと身体を丸め、表情までも暗く沈ませてしまっていた。
「あ…あぁ、いえ…違わないです!」
慌てて首を振って見せたら再び喜びの表情に早変わり。もう…周囲には花でも咲きそうなくらいの幸せオーラが見えちゃいそう。
それに、複雑だけどもちょっとホッとしてたら、あたしの答えに何度か頷いてた柳楽さんが……。
「そっかそっか。じゃあさ、おーしょーと付き合って…」
付き合って…?
聞いた瞬間、全身が石のように固まってしまった。そして、耳の奥の方でまた“あいつ”の声が何度も何度も響きはじめて……。
「…やってとは言わないから! お友だちになってやってくんねー?」
頭の中からそれを掻き消そうとまた喉が勝手に叫び声出す前に、続きの言葉が耳に届いた。
「………え…?」
付き合う、じゃなくて、友だちに…?
身体から力が抜け、フワリとあたしに想いを告げてくれた人の方へ視線を向ければ、彼は(眉間に皺は寄ってるけど)子犬のような濡れた瞳をあたしに向けてただただじっと待ってたの。そんな姿は、主人の言葉を一途に待つ大型犬を思い起こさせて、あるはずないのに耳と尻尾の幻が見えちゃった……。
……あぁ、もう!! そんな風にされて断れる犬好きがどこにいるのよっ!!!
「……わかりました」
「あ、ありがとうございますっ!!!!!!!!」
大きなため息と一緒に告げた言葉に返ってきたのは……思わず耳を塞ぎたくなるほど大きなお礼の声と、千切れんばかりに尻尾を振っている大きな犬の笑顔だった。
- continue -
2013-11-23
屑深星夜 2011.3.1完成