“大小”恋物語 9

9.ご主人様と ver.小


 ……こ、困った……。あたしに、どうしろって言うのよ?

 ちょっと潤んだ黒目がちな瞳に見下ろされ、あたしは顔をしかめる。
 クリーム色のブーツカットパンツに、白のTシャツ。その上にフード付きの赤いチェックシャツを羽織った姿は、紛れもなく人間の男の子のはずなのにね。じっとあたしの様子を窺ったまま動こうとしない彼の頭には、ありもしない獣の耳が見え。背後にはきっと、力なく垂れ下がった尻尾がある、と思っちゃう自分が変に思えてくるよ……。

 うぅぅー……あぁ、もう!! そんな顔しないでよ!
 誰かこの目の前の大型犬、何とかしてっ!!!!


 信じられないような告白から1週間。しょうまくんとあたしは、約束通り友だちをやってる。
 あ、何で名前で呼んでるかって言うとね。彼らが1つ年下だってことがわかったからなの。
 別にあたしは苗字にさん付けでも構わなかったんだけど、名前の方がいいって、あの目と幻の耳と尻尾が言うんだもん……。逆らえるわけないでしょ?

 こう見えてあたし、犬が大好きなんだよね!
 今も家には、あたしが拾ってきた犬が2匹いるの。どっちも小学生のときからの付き合いだから、もう、いい年で…そろそろ心配なんだよね。
 あ、もちろん最期まで面倒みるって、家族にはちゃんと宣言してあるからね。
 1度飼い始めたなら、その責任は全うしなきゃ! それが、ペットを飼う人間が守るべき、最低限のルールでしょ。
 犬好きだから(って言うのが適当だと思うけど)特に種類にこだわってるわけじゃない。コロコロと走り回る姿に、撫でたときの温もりと毛の感触、感情丸出しになる耳と尻尾……全部が可愛いんだもん。
 現に、うちにいるのは見た目柴犬に似たそれよりふた回りくらい大きな雑種に、ちょっとだけ狼の血の混じった茶色の毛並みの雑種だもん。

 あ、でも…憧れはあるんだよね。
 真っ黒い毛並みのラブラドールレトリバーと、炎の揺れる暖炉の前でまったりしたいな〜……なーんて?

 ……まぁ、そのおかげで、この目の前にいる黒髪の“大型犬”を無下にはできない自分がいるんだけどね。


 今、あたしたちは、あたしのバイト先の大型ショッピングセンターから歩いてちょっと離れた丸池〔マルイケ〕公園にいるの。その名の通り丸い池が中央にある公園でね。池がメインだからか遊具や広場はないんだけど、代わりに大きな桜の木がたくさん植わってて、花の時期には地元の人が集まる花見スポットになってるんだ。

 あの告白の後。
『お友だちになったからには一緒に遊びにいかない?』
って、あゆむくんに言われて……あたしが口を開く前に、もう今日のことが決まってたのよね。
 ……主に、言いだしっぺのあゆむくんとさえちゃんのせいなんだけど……。
 元々この日は、話題作の映画の公開初日でね。みっちゃんとさえちゃんと3人でに行こうって約束してたんだ。だから、それにのっかる形で、しょうまくんとりょうすけくんが急きょ参加することになったの。(あゆむくんは何か大事な用事があったみたいで、ダメだったんだ。発案者なのにいないって……どうなんだろう? ねぇ?)

 映画は楽しかったよ? 有名な俳優さんと女優さんがたくさん出てて、それだけでキャー!! ってなれるし、コメディシーンもあって大声出して笑っちゃったし。それでいてアクション満載でスカッとできて、「面白かった!」って言える作品だったと思う。
 でも、それに手放しで浸れない理由が“2つ”あるのよね……。

 1つはもちろん、じっとあたしを見下ろしてくる、この“大型犬”。
 もう1つは、その手の上に乗せられた“クッキー”。

 …………実はあたし、甘いものが大の苦手なのよっ!!!!!!!!

 小さいころは大好きだったみたい。でも、大好きだった弊害というか……なんというか……。
 あまりにも甘いものが好きなあたしを面白いって思ったんだろうね。お母さんの目を盗んだお姉ちゃんとお兄ちゃんが、好きなだけ甘いお菓子を食べさせたみたいなのよね。
 そのころからどれだけ食い意地張ってたんだって言いたくもなるけど、ホントあるだけ食べたあたしは、気持ちが悪くなって、食べたもの全部リバース。
 以来あたしは、甘いものがダメな子になっちゃいました……ってわけなの。
 あ、料理に使われる程度なら問題ないんだけどね、甘いもの見るとどうしても気持ちが悪くなるんだよぉ〜。
 でも、しょうまくん。どうやらお菓子好きみたいなんだよね。
 週明けた9日の月曜日に、手作りだって言って、今目の前にあるのと同じような…ちょっと焦げ色のついたシンプルなクッキーを焼いて来てくれたんだ。
 あたしそのとき、正直に『甘いものがダメ』って言ったの。さえちゃんもみっちゃんにも言われて、すっごくしょんぼりしてたけど、あたしにくれるのだけは諦めてくれたから安心してたのに……。


「だから……あたし、甘いのダメだって……」
「こ、こ、これ、甘くないクッキーなんです!! 小竹さんに食べてもらえるように試行錯誤して作って来たので……1枚だけでもいいので、食べてください!!!」
「う……」
 頭まで下げられて差し出されても、その甘そうな見た目だけで気持ち悪くなるあたしは、口元に手を当てる。
 だって、クッキーは“甘いもの”って概念ができてるんだもん。“甘くない”って言われても、自分の身体はそうは思ってくれないみたいで。
「将磨の菓子作りの腕は補償する」
「前のもすっごいおいしかったぞ!」
「ええ、本当に〜」
 でも、そんなあたしの逃げ道を断つように、りょうすけくん、さえちゃん、みっちゃんに見つめられたあたしは、ため息を吐きながら肩を落としたの。
「……わかったわよ。食べてみればいいんでしょ?」
 ちょっと嫌な感じの唾が広がりだした口をもごもごさせながら、あたしは恐る恐るそのクッキーを手に取った。

 見ると甘いものだって認識するからいけないんだ。“甘くない”の言葉を信じるなら、目を閉じて口に入れちゃえば……。

 そう考えたあたしはギュッと目を瞑ると、ポンっと口の中にそれを放りこんだ。

- continue -

2013-11-23

屑深星夜 2011.3.28完成