「おにいちゃん、だぁれ?」
「……おまえこそ、誰だよ?」
なにも考えてないような笑顔にあせって、思わずベタな反応しちゃったぞ…?
おれ、いつもみたいにミライやウィチェたちと遊んでたんだ。
今日はサッカーだったから、ついうれしくって…調子にのって変なとこにボールを飛ばしちゃったのが悪かった。飛んでった方向は村の境界線の森の方。おれの背の高さもある草むらの中だったんだ。
おれが飛ばしたんだから、もちろん自分でボールを取りに行ったよ。
そこで、みたこともないこいつに出会ったんだ。
「ここ、どぉこ?」
おれの言葉に一瞬首を傾げただけで、そう聞いてくるチビは、歩き始めてちょっとってとこで、おれと頭1つ分くらい背が違う女の子だった。
「どこって…おまえ、人間だろ?」
「にんげん?」
おいおい…それすらわからない年なのか?
……困った。人間におれたちのことは話せないし、村から出ることは許されてないだろ…? こんなチビ、1人じゃ……家に帰れないだろ?
なんでこんなに悩んでるかって言うと、実はおれ、人間じゃないから。
見た目は人間に見えるさ。ただ、人間より走るの速いし、満月の日とか、宙返りするとオオカミに変身しちまうだけ。ま、つまり…オオカミ男だ。
おれが住む村は、オオカミ男だけじゃない。ミイラ男に魔女、吸血鬼にゴースト、透明人間、ゾンビ、スケルトン…人魚なんかもいる、人間が言う「おばけ」の村なんだ。
そんな村があるってばれたら、人間はぜったいおれたちを退治しに来る。
そう言って、母さんたちはおれたちを人間の住む場所に近づかせないんだ。
そりゃ、わかるよ? 人間と争う気なんかないっていくらおれたちが言ったって、人間側はそうやって思ってくれない。だからこうやってひっそりと人間から隠れるように暮らしてるんだ。
「ルウー? どーしたのー?」
「げっ…ミライ、来るんじゃねぇ!」
「えっ?」
ガサリと草むらをかき分けて出てきた姿を見て、目の前にあったチビの青い瞳がまん丸になる。
「遅かった…」
「ま、まさか……この子、人間?」
ため息をついて額を押さえたおれを見て、全身包帯だらけのミライは、ぎこちない動きでチビを指さした。
「……間違いなく、人間だろうな」
「うそ…ど、どーするんだよ?」
そう思うなら、まず姿隠せ…って言いたかったけど、まだミライを見つめたまんま動かないチビの様子で、さすがに、いまさら隠れさせたって意味ないだろうなって思った。
「おい、チビ? 大丈夫だぞ。ミライは怖くないぞ〜」
怖くって固まってるんじゃないかと思って、そう声をかけると、チビの顔がくしゃけた。
「おにいちゃん、おけが! イタイイタイ!!」
「えっ?」
パタパタと足音を立ててミライに駆け寄ったと思ったら、ぎゅって足に抱きついてわんわん泣き出しやがった。あまりのうるささに思わず耳を塞いだけど、これで人間が村に迷いこんだってことがことがバレたらどうなるかわからない。おれは焦ってミライからチビを引き剥がし、抱きしめて背中をポンポンって叩いてやった。
「ミライのはケガじゃない! これは服!! だから泣きやめ!」
「……およう…ふく?」
「そ、そう!! これ、ぼくのお気に入りの服なんだ!」
ひきつった笑いでなんとかそういうミライを見て、チビはやっと泣き止んだ。
「……ミライ、おれ、こいつを町に連れてくよ」
「えっ!?」
ひょいっとチビを抱き上げておれがそう言うと、目を見開いて動きを止める。
「だって、1人で帰すわけにはいかないだろ?」
肩は…すくめられなかったから、首をちょっと傾げてみせると、視線だけせわしなく動き出した。
「そ、そりゃ…そうだけど……バレたらどうするんだよ?」
「バレないようになんとかしといてくれ。……後で、どんなとこだったか教えてやるから」
おれは、ミライが人間の世界に興味があることを知っていて、そう言った。
おれもそうだけど、この村に住む子どもで、人間の住む世界に興味を持たないやつはいない。でも、大人たちに禁じられてるし、なにより……人間の世界に出て行けるような姿のやつが少ないんだ。
おれはその点では恵まれてるよな。走ったり、変身しなきゃ、人間そっくりなんだから。
「う……わかったよぉ」
知りたかったことがわかるってことで、ミライはしぶしぶ頷いた。
閉じられたこの村で暮らして、ずっとずっと気になっていた人間が住む場所。チビを抱いたまま一歩一歩森の中を歩いていたら、どんどんと胸のドキドキが激しくなって、息も荒くなってた。
「おにいちゃん? おかぜ? だいじょぶ?」
ぺたぺたとおれの額を手のひらで叩いて、首を傾げるチビを見てたら、ふっと吹きだしちまった。おかげで緊張もほぐれ、お礼の意味もこめてチビの頭をぐりぐり撫ぜてやった。
「チビ。おまえ、名前は?」
「スノウ!」
「スノウ? …そっか、スノウか。安心してろよ。おれがおまえを家に連れてってやるからな」
自然にわいてくる笑顔を向けると、とっても無邪気な笑顔が返って来た。
そんなことをしてるうちに、森を出たみたいだった。
こんなに近いものだったんだ……。
その事実に少し驚く。まぁ、スノウが歩いて来れるくらいだから、近くて当たり前といえば当たり前なんだろうけど。
目の前には土じゃない黒いような道が続いてて、おれたちが住んでる粗末な木の家じゃない……どこか冷たい建物がいっぱい建ってた。道にはなんか箱みたいなものが、すごいスピードで走っていくし……パラパラと歩いている人間たちは、にこりともしないで歩いてる。
今まで見たことがない世界が見れて、もちろんうれしかったさ。でも、どこかよそ者を受け付けないその冷たさに、がっかりしたのも事実だった。
「ルー?」
「?」
最初、なんて言ったのか気づかなかった。スノウの澄んだ青色の目を見ると、にぱっと笑ってこう言うんだ。
「ルウ、げんき!」
おれのがっかりした気持ちがわかったかのようないいタイミング。おまけに、ミライが呼んだおれの名前まで覚えてる。
「元気だよ。大丈夫」
安心させるように微笑むと、やっと満足したように目を細めておれの首にぎゅっとつかまった。
温かみの少ない、自分ひとりでそこにいるような人間の町。これじゃ、おれたちが受け入れられるわけない、ってなんとなくわかった。
でもさ、おれ……いつか、人間と一緒に暮らせる日が来る気もするんだ。スノウみたいな人間がいるんだから。
いつか、もう一度、おまえに会いに行くよ。
その時も、笑顔で迎えてくれるよな? スノウ。
- end -
2013-11-23
『黒の書』のキリ番リクエストで「絵本の様なおばけの世界をテーマにした小説」を元に書いたものです。
とはいえ、主役の年齢が高い(…といっても、小学校高学年くらい?)と絵本の様には見えず。
主役の年齢を下げて書き直したものが、次にある「ちゅうがえり」です。
「スノーホワイト」はこれを元に、プロットを立て直したものになります。
屑深星夜 2005.8.13完成