「通して下さい」
アキは、目の前に仁王立ちになって立つ3人の少年たちを、その茶色の瞳で見つめていた。
ここは、王立魔法学校の寮にある書庫だ。男女共用棟の3階にある図書館内のひと部屋で、縦横5メートルほどの大きさ。しかし、周囲が積み上げられた段ボールや床からそびえ立つ本の山に囲まれており、本来よりも数段狭く感じる。
夕食を1階下の食堂で食べ終えたアキは、部屋で読む本を借りようと図書室へやって来た。本を探して人気のないところへやって来たところで、今、目の前にいる同級生たちに捕まり、書庫へと押し込められたのだった。
「ほ〜? よくそんな口がきけるねぇ。“平民”のアキ君」
言いながら四角い眼鏡を指で押し上げたのは、ひょろりと細長いイメージの身体つきに緑色の髪が鮮やかな少年。彼の“平民”という言葉に、残りの2人がニヤニヤと笑っている。
「部屋に戻りたいのですが…」
「お前の部屋はここで十分だろ! もう貴族でもねぇのに、寮に来たら1人部屋かよ!! おかしいっすよね? カメラさん」
深い青色の髪を頭の上の方で結んだ少年が、自分の2倍は横幅のある人物 ―― カメラを見ると、彼は腕を組んで徐に頷く。
「おう。あの家を勘当されたお前に何の価値があるのか。校長の考えがわからんな」
短めく切りそろえられた金髪は、元々が剛毛なのかまるで金色のウニのようにピンと立っている。
アキは真ん中にいるカメラに向かって、もう1度告げる。
「通して下さい」
「うるせえっ!!!」
ドンッ
カメラの左手にいた青髪の少年 ―― フォーカスに右肩を力強く押され、ドサリと床に倒れるアキ。着ていた濃紺のシャツが溜まりに溜まったほこりで白く汚れた。
「ははは! ほこりまみれ、似合ってるよ」
ゆっくりと身体を起こしたアキは、声を上げて笑い出した緑髪の男 ―― マクロを冷たく見つめた。普段からニコニコとし、温かく柔らかな雰囲気を醸し出す彼からは想像できないその空気に、思わず3人は目を見張る。が、すぐに正気を取り戻し、一瞬でも怯んでしまったことに苛立ったフォーカスが舌打ちする。
「お前、なんだよその目は!!!」
「やれ!!」
ボスであるカメラの号令で、左右にいた2人がまだ立ちあがる前だったアキに近寄り、その身体を思いっきり蹴り上げた。
ドカッ
咄嗟に腹の前を手で覆いガードするも、その衝撃に顔をしかめるアキ。マクロたちは相手が苦しむ顔をもっともっと見ようと、何度も何度も足を繰り返す。
書庫には人を傷つける鈍い音と…カメラたちの不気味な笑い声がこだまする。
アキは、出来る限り身体を小さくしてその攻撃に耐えるしかなかった。
「こんなとこで誰が何してるのかと思えば……またあんたたち?」
「!?」
突然背後から聞こえた声に3人が振り返ると、入口にいた人物が肩を竦める。
「そんなんだから成績も上がらないんじゃないの?」
ため息と共に呆れた声を出すのは、赤い瞳が印象的な“少女”だった。
「シ、シラサギ!!」
銀色の髪を刈り上げたその姿は少年そのもの。なぜか右手に持った蜜柑をポンポンと投げ上げながら目を細める。
「人間として最低なことしてるあんたたちみたいなやつらは、王立魔法学校の恥だ」
パシリと音を立てて蜜柑を掴んではっきり告げたその声は、低く…静かな怒りが込められていた。それに少し気圧されたフォーカスだったが、グッと拳を握りしめ1歩彼女に近づく。
「な、なんだと!? 貧民のくせして!!」
しかし、シラサギは微動だにせず、ゆっくりと3人を見渡すとこう言うのだ。
「その貧民より頭が悪い貴族さん?」
「!!!!」
シラサギは、普段は大人しく装ってはいるが、入学以来学年トップを譲ることなく進級してきた。一方、カメラたちはよくても中の下程度。紛れもない事実を告げられ目を怒らせて息巻くも、バンッと書庫の戸を叩いたシラサギに先を越され、何も言うことができなかった。
「この学校に入れば身分なんて関係ない。なのにいつまでもそれにこだわって家の富に甘んじて……。そういう腑抜けが多いから、卒業生トップテンの中に貴族が半分もいないんじゃないの? 平民の3倍も4倍も貴族が入学してるはずなのにさ」
嫌みも込めて彼女が言った通り。貴族の大多数は、ネームバリューの高いこの王立魔法学校に、金に物を言わせて入学してくる。ゆえに、きちんと試験を受けてやっと入学を果たす者はその半数にも満たないのが実状だ。
よって、成績上位者は自らの実力で入った者たちが大半を占め…卒業後、国の重職に就くことを約束されたトップテンの中に含まれる貴族は半数以下。いかに貴族がその地位に甘んじているかがよくわかるだろう。
それを知らないカメラたちではない。
「……いくぞ!」
唇を噛んでシラサギを睨みつけるだけのフォーカスとマクロにそう言ったカメラは、苦虫を噛み潰したような顔で歩き出した。
「は、はい!」
「くそっ!!!」
シラサギは、部屋の中へ入って彼らに道を譲る。が、後を追ったフォーカスにすれ違い様、背を押され、前のめりに倒れこみそうになる。
お前もほこりまみれになりやがれ!
それを期待してニヤリと笑うフォーカスだったが、さっきまで床に伏せていたはずのアキに抱き止められてしまい、舌打ちを残して去るしかなかった。
「シラサギさん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫。ありがと」
支えてくれていたアキの手から離れたシラサギは、ほこりで汚れた彼の服を左手ではたいてやりながら聞く。
「アキこそ…ケガしてないか?」
「大丈夫ですよ」
自分でも髪や顔を払いながら微笑むアキにホッとしつつ、シラサギは右手に持ったままだった蜜柑を見せる。
「屋上で今夜のデザート食べようと思ってたんだけど……アキも来る?」
「はい」
2人は小さな書庫を後にして、この共用棟の屋上へと向かったのだった。
- continue -
2013-11-23
「縛りSSったー」を使用したシリーズです。
---
ryu__raは「カメラ」「汚れ」「蜜柑」に関わる、「一次創作」のSSを8ツイート以内で書きなさい。
---
10.8の診断より。
8ツイート=1120文字ですが、この前半部分だけで既に2335文字。
次の後半部分でラストのお話となります。
屑深星夜 2010.10.23完成