そよ風の気持ちがいい初夏。王立魔法学校3年の生徒たちは、学び舎から少し離れた湖にやって来ていた。
目的は、水を使った魔法実習。生活に密着したものから、芸術や戦闘に至るまで。校内で扱うのは難しい水に関する魔法を実践するための1日実習だ。
午前の戦闘魔法実践を終えたシラサギは、どこかで昼食を食べようと景色のよい場所を探していた。
「どーこーがーいーいーかーなー?」
「どこでもいいだろう、早くしろ」
肩に止まっているカラスの言葉に怒りもしないということは、どうやら戦闘実習で勝ちを得たのだろう。始終笑みを浮かべてキョロキョロとしていると、遠くから己を呼ぶ声が聞こえてきた。
「し、シラサギさぁぁーん!!」
「あれ? アキ、どうしたんだ?」
アキと呼ばれた赤い髪の少年は、大きく肩を揺らしながらも人のいい笑みをシラサギに向ける。
「あのっ、い、一緒にお昼食べませんか? あっちにいい場所みつけたんです」
「ボクが邪魔してもいいの?」
「大丈夫です! ミーと2人だけですから」
「げっ」
“ミーと2人”という言葉に嫌な顔を隠さなかったのはカラスだった。
「げ?」
小首を傾げるアキに、シラサギは慌ててカラスの顔を手で覆い隠す。
「や、なんでもない! ありがたくお邪魔しよっかな〜」
「そうですかっ!! じゃあついて来て下さい!」
ニコニコと先を歩きだしたアキを追いながら、2人は小声で会話を続ける。
おい、ディアン。余計なこと言うんじゃない!
余計なこととは何だ。あの女がいると聞けば本音が出るのは当たり前だろう。
ミーちゃんいい子じゃん。どこが気に入らないんだよ?
全部だな。
……ミーちゃん可哀想……
何か言ったか?
いや、言ってない言ってない!
「つきましたよ!!」
言われて視線を周囲に戻すと、穏やかな湖面に向うの山が鏡のように映った風景が目に入った。
「おおお! キレイだな!!」
「景色を楽しみながらお弁当を食べましょう」
アキが腰を下ろそうとすると、その足元からスルリと這い出た生き物がいた。
「ちょっと、わたしを踏みつぶさないでよ、アキ!」
「わわっ…ご、ごめんね、ミー」
「もう、気をつけてよねっ」
美しい声でそう言ってプイとそっぽを向いたのは、クリーム色の毛並みのバリニーズという種の猫だった。顔と手足…そして尻尾だけはミルクチョコレートのような茶色をしている。
「…相変わらず煩い奴だな」
耳障り、とでも言わんばかりのカラスの不機嫌な声に、ピクリと耳を動かした彼女は、その空色の瞳をチラリと向ける。
「あぁ〜ら? そこにいるのはカラスじゃなくて? まさか、わたしに会いに来たの?」
「使い魔が主と共にいるのは当たり前だろう?」
呼び出されている間、使い魔は主と共にいるものなのは本当である。彼の言ったことは模範解答だったが、彼女が求めていたの答えはそれではなかった。ゆえに、カチンときたバリニーズは声を荒げてしまう。
「いないことだってあるじゃないの!」
「主に呼び出されていないときだけだ」
「さっきわたしはアキと離れてましたっ!!!」
「主の命なら仕方がない」
「主、主って……っ!!!!!」
目を合わせようともせず始終そっけない態度を取るカラスに、彼女の身体がプルプルと震え、尻尾がピンと伸びきった。そこに慌てて割って入ったのはシラサギだ。
「み、ミーちゃん! ご飯食べようご飯!!」
ひょいと彼女を抱え上げ、膝の上に乗せると肩をすくめる。
「こいつ、鈍くてごめんな〜」
シラサギの小さな声に、バリニーズが頬を染めたのをカラスは全く見てはいなかった。
そんな険悪な雰囲気を理解していないのだろうか。先に弁当を広げたアキが茶色の瞳を笑ませる。
「ほら、ミー、食べよう?」
「…ってアキ!? お前その弁当なに!?」
「え?」
思わず立ち上がるほどのシラサギの驚きようは最もで。
「キャラメルだけど?」
アキの言葉通り、半透明の薄い紙で包まれたキャラメルが…15センチ四方の弁当箱にギッシリ詰まっていた。
「いくらキャラメルが好きだからって……弁当箱いっぱいに詰めてくるのはどうかと思うな、ボク……」
「そうですか? じゃあ、こちらの方がいいでしょうか?」
「え?」
よいしょ、と膝の上に抱えたのは…同じ作りの15センチ四方の弁当箱が2段ほど。どうやら、全部で3段の重箱弁当だったようだ。
1段目はキャラメルが美しく並べられている。2段目には見たこともないような煌びやかなおかずが入り、3段目には様々な形をしたおにぎりが詰まっていた。
「そ……そんな1人じゃ食べきれない量を持ってくるんじゃなぁぁ〜いっ!!」
「シラサギさんにも美味しいものを食べて欲しかったので、うちのシェフに頼んだんですけど……」
照れたようにみつ編みにした長い己の髪を弄るアキに、シラサギは大きくため息をついた。
「その気持ちはうれしいよ? けど、その感覚にはついていけない…」
アキはこの国で五指に入る貴族の子息だ。とても素直で真っ直ぐに育ったため、他の鼻持ちならない貴族たちと同じとは思えない雰囲気がある。しかし、持って生まれた生活環境が育てた金銭感覚だけは…他と変わりがなかった。
「ご、ごめんね?」
「謝らなくていいよ。……でも、これだけは言っていい?」
肩を落としたシラサギに、アキはコクリと頷く。
それを確認した彼女は、
「もったいな―――――――――いっ!!」
大きな大きな声を湖いっぱいに響かせたのだった。
- continue -
2013-11-23
「縛りSSったー」を使用したシリーズです。
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ryu__raは「湖」「秋」「キャラメル」に関わる、「一次創作」のSSを9ツイート以内で書きなさい。
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9ツイート=1260文字で挑戦しましたが、こちらには文字数縛りなしのものをUPしております。
屑深星夜 2010.6.14完成