白鷺物語 4

4.魔法実習の翌日2


 広い広い部屋を支配する静寂の中、大きなベッドの中央に眠る少年が1人。彼 ―― アキの表情は決して安らかなものではなく、それは高熱だけがもたらしたものではないようだった。


 雨が降る。シトシトと静かに…けれども、止めどなく雨が降り続いていた。
 そこには、凝った意匠の彫り物が施された家具に、煌びやかな装飾のついた衣装。山となっている玩具の数々、整然と本が並ぶ巨大な本棚…など。“豪華絢爛”と呼ぶに相応しい物たちが所狭しと並んでいたが、雨ざらしになっているせいなのか…それとも、最初から色がなかったのか。それらは全てモノクロで、鮮やかさの欠片もないその様子は落ちてくる雨粒以上に冷たく感じられた。
 そんな物で溢れる広い空間の中央で、膝を抱える赤毛の少年がいた。
 白い寝間着のズボンを握りしめる彼の手は小刻みに震え、茶色い瞳は空に向けられていたが、何も映してはいなかった。
『ミー…? どこに行ったの?』
 力なく発せられた声は、誰に届くこともなく雨の音に掻き消された。
『…兄様…父様……母様……』
 答える者がいないとわかっていても、口を吐く言葉。物に囲まれるだけで誰にも“自分”を見てもらえないという寂しさが、小さなころからアキの心を占領し続け……ずっとずっと冷たい雨を降らせていたのだった。

『…ねぇ、誰か……僕を…僕を見て……』


「…を…て……」
「アキ! 大丈夫か!?」
 ベッドの中央で小さく丸まって眠る同い年の少年があまりにも苦しげで、思わず声をかけたのは、銀色の短髪が眩しい“少女”、シラサギだった。
「……え…? シラサギ、さん……?」
「ちょっと! せっかく寝てたのに起こしちゃだめじゃない!」
「ご、ごめん、ミーちゃん。なんか苦しそうだったからつい」
 アキの枕元から睨みつけるバリニーズに彼女が素直に謝ると、その肩にいたカラスがボソリと呟く。
「悪夢にうなされていては、休めるものも休めないだろうに」
「……な・に・か・言ったかしら? カラス?」
 もっと言ってやりたいことはあったようだが、ギロリと己を見つめる青い瞳に軽いため息をついた彼はそれ以上口を開かなかった。
「ミー…? もしかして、連れて来てくれたの?」
 眠りにつく前にはいなかった人物が自分の部屋にいるという状況が、やっと今把握できたアキは、横になったまま使い魔に視線を向けると、彼女は未だ上気した頬に顔を摺り寄せ、その頬をペロリと舐めた。
「だって…アキに早く元気になって欲しかったんだもの」
「ありがとう」
 ニコリと微笑む彼に、シラサギが改めて声をかける。
「調子はどう?」
「眠ったら少し良くなったみたいです」
 その言葉と表情に安心したシラサギは、少し言いにくそうに口を開く。
「えっと、今日は止せって言っといたけど……トルテのやつ、見舞いに来たがってたよ?」
「あぁ……そうですか。ありがとうございます」
 苦笑した彼は、再び笑顔に戻ると目で会釈した。
「うん」
 頷くシラサギの頬笑み。
 それがあまりに眩しくて。それでいて目を離すことができなくて。じーっと見つめていたアキは、己の心に湧きだす思いのまま一層笑みを深めた。
「シラサギさん……ありがとうございます」
「わ、わかったから! 何度も言わなくていいって!」
 照れて頬を赤く染める彼女を優しく見つめ続けるアキの心の中には、いつの間にか太陽の光が差し込んでいた。

 梅雨のように降り続いた雨につかの間訪れた晴れ間であった。

- continue -

2013-11-23

縛りSSったー」を使用したシリーズです。

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ryu__raは「静寂」「五月晴れ」「トルテ」に関わる、「一次創作」のSSを7ツイート以内で書きなさい。
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7ツイート=980文字でも挑戦しましたが、こちらでは文字数縛りなしのものをUP。


屑深星夜 2010.7.12完成