シラサギが見舞いに行った次の日のこと。
昼を知らせる鐘がなった校内のある一角。庭に立つ東屋の下に弁当を囲むシラサギとアキがいた。
「昨日はありがとうございました」
「元気になってよかった」
頭を下げた己に対して向けられた明るい表情にアキの頬が自然と緩み、スルリと本音が滑りだす。
「シラサギさんのおかげです」
「ボクは何もしてないよ、お見舞いに行っただけだし」
「えぇ、それでも……」
あなたが来てくれたから元気になれたんです、と言おうとした彼を邪魔したのは、低いけれども張りのある男性の叫び声だった。
「あぁぁ――――っ!! 小僧、こんなところにいたのか!!」
息を切らせて東屋に駆けこんできたのは、黒いスーツに身を包んだ27、8の男。細い銀フレームのメガネの奥に光る紫色の瞳を持つ、桜桃色の髪の毛を後ろになでつけた彼をアキはよく知っていた。
「! タート!?」
「俺が血眼になって捜してるってのに、お前は優雅に昼食とは…さすがいい御身分だな」
「昼休みにご飯食べるのに身分は関係なくない?」
思わず突っ込んだシラサギだったが、ジロリと鋭い視線を向けられて口を噤んだ。
「あなたがどうして魔法学校に…?」
ここにはいるはずのない相手にアキがその理由を尋ねると、胸を張ったタートは得意げに…そして早口で喋りはじめる。
「お嬢様がどうしてもお前に会いたいっておっしゃるんでな。学校側には許可は取ってあるから心配しなくてもいいぞ。全くなぜお嬢様は、婚約者だからといってこんな小僧のためにここまでお心を砕かれるのか…俺には理解出来ん! 今日の家庭教師を全て断ってまでこんな小僧に会いに来る必要は少しもないのだが……。あぁ、旦那様も旦那さまだ。まだ齢5つのお嬢様に何の相談もなく“将来の伴侶だ”とひょろっちい子供を連れて来て!! 奥様もニコニコされているだけで何も言わないなんて、おかしいだろう!? お嬢様の夫となるべき者は、この俺のようにお嬢様の意図を汲むことができお嬢様のために生きることができる者…そして、何にも優れ秀でた者でなければならないのに……っ!!!」
「あ、あのっ!」
本人がいる前で何をペラペラとしゃべっているんだ、と焦ったシラサギが声を上げた。彼女がここで止めなければ、男の喋りは止まることなく永遠に続いたかもしれない。
しかし、シラサギが気にするほどアキはダメージを受けていないようで、感情の読めない笑顔を浮かべたまま何も言わなかった。
一方タートはというと…口を開いた状態のままシラサギに視線を向けた。
「あの…トルテは今どこに?」
「あぁ、お嬢様は校長室でお待ちだ。今連れてくる」
そうして、来たときと同じように走って消えていく男の後ろ姿を見ながら、シラサギはため息を吐かずにはいられなかった。
「さ、お嬢様」
しばらくして。タートに手を引かれてやってきたのは、120センチほどの背丈の可愛らしい少女だった。
アキはしゃがんで目線を合わせると、髪と同じ色の薄ピンク色のワンピースを着た右手をとって微笑んだ。
「こんにちは、トルテ」
「こんにちは。身体…?」
軽く会釈してはっきりと喋るその声に、トルテの背後に控える男が被るように言う。
「お身体はもう大丈夫ですか? とおっしゃっておられます」
少女のたったの一言でよく言いたいこと全てがわかるな、とアキが驚いていたのは2年前の出会いから…ひと月経つまで。その間は、いちいちタートの顔を見てトルテの言葉の補完を聞いていたのだが、慣れというものなのか…今ではトルテから視線を離さず会話できるようになっていた。
「あぁ、もうすっかり元気になったよ。心配してくれてありがとう」
「そう」
「そうですか、それならよかったです。とおっしゃっておられます」
「また…?」
「またお会いしに来てもよろしいですか? とおっしゃっておられます」
そこで少し困った表情に変わったアキは、軽く首を傾けてトルテに言う。
「トルテの勉強の邪魔をしない時間に、今度は僕が会いに行きます。だから…学校へ来るのはこれっきりにしていただけますか?」
「迷惑?」
「ご迷惑でしたか? 体調を崩されたと聞いていてもたってもいられず…。とおっしゃっておられます」
「お気持ちはとてもうれしいです。でも、この学校は原則、生徒以外入れないことになっていますので……」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい、これから気をつけます。とおっしゃっておられます」
深く深くお辞儀をした彼女のお団子頭を撫でながら、
「うん。…わざわざありがとう」
アキはどこか悲しそうな笑みを浮かべた。
「お嬢様、満足されましたか?」
それにトルテはコクリと頷く。
「それでは帰りましょう」
優しい笑顔ではあったが、音が鳴るのではないかと思うほど激しくアキから主人を引きはがしたタートは、ギロリとその紫色の瞳で睨みつける。
「アキ様、私ども一同、お早いお越しをお待ちしております」
言葉だけは丁寧だったが明らかに敵対心むき出しの彼に、アキはただただ笑顔を崩さず。
「今日のお礼も兼ねて、近々お邪魔させていただきます」
丁寧にお辞儀をして見送ったのだった。
2人に残された昼休みは、もうあと僅かしかなかった。
- continue -
2013-11-23
「縛りSSったー」を使用したシリーズです。
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ryu__raは「血」「秋」「こんにちは」に関わる、「一次創作」のSSを7ツイート以内で書きなさい。
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7ツイート=980文字でしたが、文字数縛りは諦めました!
結局、スペース含んで21058文字! 書きたいことは書けて満足です。
屑深星夜 2010.7.13完成