授業を終えたシラサギは寮には戻らず、すぐ近くにある自由公園へとやってきた。
国で1番大きいこの公園には、木々に囲まれ小さな森のような場所もあれば、誰でも遊べる芝生の広場もある。また、中央には巨大な噴水があり、それが造り上げる水の芸術作品の上には建国者の像が威風堂々と立ち、周囲を見下ろしていた。
そんな噴水の側には毎日市が建ち、朝から晩まで結構な賑わいを見せている。シラサギはその中の1つの店で立ち止まると、真っ赤なリンゴを指差した。
「これ下さい」
「はい、100インカムね。よく磨いて食べると美味しいよっ」
店主の女に銀色の硬貨を1枚渡すと、健康的な笑みと共に品物を手渡された。
「ありがと」
礼を言った彼女は、左手にその赤い実を持ちながら近くのベンチに座り込んだ。そして、先ほどの女性に言われたようにリンゴの表面をクリーム色した制服でゴシゴシと擦り始めた。全体を磨き終えて輝きを増したそれに満足の笑みを浮かべたシラサギは、その味とシャリとした食感を確かめようと大きな口を開ける。
「シラサギ」
ピタリ。
名を呼ばれたシラサギは動きを止めた。惜しいことに、リンゴはあと数センチというところで口まで届かず。名残惜しそうに口元に持ってきていた右手を下ろしながら、そばに立っていた声の主 ―― トルテとその側近タートを見た。
チラと…手の中のリンゴを見やるも何事もなかったように立ち上がったシラサギは、少女の正面に移動して視線を合わせる。そんな彼女に、トルテはペコリとお辞儀する。
「ごめんなさい」
「待ち合わせに遅れてごめんなさい、とおっしゃっておられます」
「ボクもさっき来たところだから気にしないでいいよ」
肩をすくめてそう告げたシラサギは、真っ直ぐにトルテを見る。
「…で、どうしたの?」
「……」
責めているわけでもないし、怒っているわけでもない。ただ普通に見つめられているだけなのに、その赤い瞳から顔を背けたトルテはなかなか口を開くことができなかった。
このままでいても仕方がないと考えたシラサギは再びベンチに座ると、自分の隣をポンと叩いて示しトルテを呼ぶ。少女はそれに素直に従って、自分の足がつくくらい浅くそこに腰を下ろした。
きっと言いたいことはあるのだろう。この公園にシラサギを呼び出したのは他でもないトルテだ。しかし、それからしばらく待っても彼女の視線は地面を這うばかりで喋り出す様子はない。
「食べる?」
持っていたリンゴを差し出しても、フルフルと首を横に振るだけ。彼女の小さな口から音が出てくることはなかった。
「お嬢様。私が代わりに申し上げましょうか」
見かねて口を出したタートに、トルテは迷った末に頷く。それをきちんと確認した後、主人の1歩後ろで控えていた彼は、シラサギの視界に入る位置まで移動すると淡々と話し出した。
「つい先日、アキ様がお嬢様と婚約解消する旨を伝えに来たのです。あちらのご両親は了解済みのようで、彼は家を出たと聞いております」
「え…えぇぇっ!?」
予想していなかった言葉にシラサギは目を見開いた。
トルテのこと。きっとアキに関することだとは思っていたが、まさか“婚約解消”とは。
そのことに驚くばかりの彼女を気にすることなくタートは話を続ける。
「旦那様が理由を聞いても何も言わず、ただ頭を下げるばかりだったそうでして。婚約解消自体は家長同士が了解しておりますから今さらどうしようもありません。しかし、お嬢様はどうしてもその理由をお知りになりたいとおっしゃって…」
そこで言葉を切ると、自分の主人に顔を向けてふぅ…と短く息を吐く。その顔は、“なぜアキのような小僧のためにお嬢さまは心を砕くのか”と言っているように見えた。
話を聞き進めるうちに少しずつ己を取り戻していたシラサギは、彼の内側の言葉が聞こえたような気がしてクスリと笑い、いつの間にか自分をじっと見つめていたトルテに向き直ると肩をすくめる。
「ボク、今、婚約解消のこと知ったくらいだから…理由知らないよ。でも…1こだけ心当たりはあるかも。ボクの想像だけど…それでもいい?」
コクリと頷いたトルテを見て微笑んだシラサギは、大きく息を吸った後、口を開いた。
「トルテはアキのこと好き?」
「はい」
「お父さんお母さんよりも?」
前者には何の迷いもなく肯定したトルテだったが、後者は少し悩んだ様子を見せる。しかし、それでも深く頷いた。
その様子に感心したシラサギは、暮れはじめた空を見上げながら苦笑する。
「アキはね、そのトルテの気持ちが信じられなかったみたいだよ」
「?」
首を傾げて自分を見る少女の視線を感じながら続ける。
「ボクが初めてトルテに会わせてもらったとき、すっごい好かれてるねってアキに言ったんだ。そしたら『婚約者が何なのか本当にわかっているんでしょうか』って悲しそうに言ってさ…」
そのときのことを思い出しているのだろう。シラサギの顔もどことなく悲しげに映り、トルテはきっとアキも同じような表情だったのだろうと思い浮かべていた。
「そのせいなのかはわかんないけど、会いに行くの、できるだけ減らしてたみたいだし」
アキが熱を出して倒れたときにトルテを見舞いに連れて行かなかったのは、彼がそうしているのを知っていたからでもあった。
空よりも真っ赤な瞳をトルテに向けたシラサギは、
「きっとトルテが本当に自分のことを“好き”ってわかってたら……もしかしたら、婚約解消って事態にはならなかったかもってボクは思うな。……ね、トルテ。トルテはちゃんと自分の気持ち、アキに伝えられてた?」
と言うと、ポンと手に持っていたリンゴを彼女に投げた。咄嗟にそれをキャッチしたトルテは驚きの表情でそれを見ていた。
「失礼なことを言うんじゃない!」
直前の言葉に声を荒げたのはタートの方だった。
いくら主人が思いを寄せるアキのことが気に入らないとしても、一途に思う主の姿は、言葉以上に彼女の思いを告げていた。それを1番側で見て来て知っている彼は、紫色の目を怒らせてシラサギに食って掛かる。
「何も言わずともお嬢さまの瞳はアキ様から離れはしなかった。全身から溢れ出す空気はいつでも春めいて! お嬢様はその愛らしいお姿のまま、アキ様に……」
「……タートっ!!」
突然、大きな声が彼を呼んだ。
聞き覚えのある子ども特有の高い声。しかし、叫ぶようなそのトーンは未だかつて聞いたことのないもので…。声の聞こえた下方を見ると、ベンチから立ち上がって髪と同じ桃色の瞳を彼に向けた主人が後ろに下がるようにスッと左手で合図した。
「はっ!!」
居住まいを正し、トルテに最敬礼したタートは口を噤み主人の半歩後ろへ移動する。それを見届けた少女はベンチに座るシラサギの前に立つと、ゆっくりゆっくり話し始めた。
「わたし…わたし、言ってない、です」
「…そっか。じゃ、今からでも伝えてみたら? そして、アキに聞けばいいよ。どうして婚約解消したのかって。ボクに聞くよりハッキリすると思うよ?」
「そうします」
強く頷く彼女にシラサギはニコリと笑みを向ける。それに硬いけれどもちゃんと笑顔と分かる表情を返したトルテは、斜め後ろに視線をやって声をかける。
「タート、行きます」
「はっ、お嬢様!」
タートは、真っ直ぐに自分の足で歩き出した主の背中を、複雑な表情で追ったのだった。
- continue -
2013-11-23
「縛りSSったー」を使用したシリーズです。
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ryu__raは「インカム」「待ち合わせ」「リンゴ」に関わる、「一次創作」のSSを9ツイート以内で書きなさい。
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8.19の診断を使って書いたものです。
9ツイート=1260文字でしたが、文字数縛りは気にせずに書いたものになります。
屑深星夜 2010.8.23完成