ドアは壊れ、泣きじゃくっている下半身裸のオレと床に散乱したロープ等。あまり大きい話にしたくはなかったが、見逃してやるには場所が悪かった。
上司である洋二を含め、一部のスタッフにあったことを告げれば、皆に衝撃が走る。良くも悪くもイメージが大切な職業ではある。今まで遊び歩いていたオレが何を今さら……と言う者はいるかもしれないが、大仰なことにして欲しくないのが本音で。
オレの気持ちを代弁してくれた一史のおかげで、早々にその場を後にして自宅へと戻ってきた。
一史も…一緒に。
甲斐甲斐しくオレの手当てするカーシーを半ば強引に追い出して、大きなテレビがあるリビングのL字型ソファーに、互いの顔が見えるように座った。
真っ直ぐに見つめられる瞳は記憶に残っていた凶暴なものではなく。一史らしい落ち着いた静かなものだった。
両頬を氷水で冷やしながら、またその視界に入れたことをひっそりと喜ぶオレにゆっくりと口を開く。
「いつから笑えなくなったんだ…?」
「気づいたのは…今日の撮影のとき」
「……そうか」
正直に伝えれば一史はピッタリと貝のように口を閉じ、ジッとオレを見たまま微動だにしなくなった。
見られていることは嬉しいが…苦しくもあった。
憎悪に染め上げられた目なら、そんな風に思うことはなかったんだろう。けれども、欠片もそれを感じさせないから。一史に対して否のあるオレには、そんな瞳に見つめられるのはとても辛かった。
今、言わなければ。
考えたとたんに身体が動く。
「すまない! オレはお前に酷いことをした…」
立ちあがって深く頭を下げたオレの耳に、ベシャリと氷袋が床に落ちた音が届く。そのすぐ後にソファーの僅かな軋みが聞こえてくる。
「何でお前が先に謝るんだ」
「悪いのはオレだ。お前の幸せを壊した」
「……お前を傷つけたのは俺の方だろ」
苦しげな声に目を見張ったオレは、恐る恐る顔を上げる。高い位置から見下ろすその顔は、今までに見たことがないくらい弱々しかった。
そこでやっと一史の言葉が示すことに気づく。あの日、無理矢理身体を開かされたときのことだ。
「俺も……今日のやつと何も変わらない。犯罪者だ」
「違うっ!!!」
反射的に叫んでいた。
最初は辛かった。何の助けもない、乾ききったそこへの挿入は痛みを伴うばかり。また、取り返しのつかない間違いに対する“後悔”で、悲鳴を上げる胸の内。
はじめて泣くほど…だった。
しかし、一史のことが好きだと自覚したオレの身体は正直で。
射抜かれる強い視線に、乱暴な手指。打ちつけられる腰に、耳に吹き込まれる冷たい言葉。
全てが体感を煽り…いつしか快感しか感じられなくなっていたんだ。
「お前もわかってるだろうっ!? あの日、オレは感じてた! お前に抱かれて喜んでたんだ!!」
「それはお前が慣れてるから…」
「違う!!!」
「今日だってそうだろ?」
必死に頭を振っても、一史の目は力ないまま。信じられない、と伝えてくるそのままに聞いてきた。
「お前見てなかったのか…?」
オレを助けに来たとき、開かされたオレの足の間は…萎えていた。
「オレは、これっぽっちも感じてなかった。あいつに触られても気持ち悪くてたまらなかった」
そこまで言ってやっと目の色が変わる。
オレの様子を窺ったまま動かない一史に近づいて、その右手を取る。手の甲に左手を添え、大きなそれに頬を寄せた。
「……どうしてくれるんだ? お前しかだめになったぞ」
心地の良い体温を感じながら見上げれば、僅かに一史の肩が震えるのがわかった。
「お前が洋二を好きでも構わない。それでも、オレはお前が…好きだ」
言葉を挟まれないよう、すぐに続ける。
「はじめて会ったあの日からそうだったんだろう。だからお前を自分のものにしたかった。それで、我がままを言って……お前を傷つけた」
そこで一史の手を離し、近づいただけ後ずさる。
「許してくれなくてもいい。オレはそれだけのことをお前にしたんだからな」
…お前を手に入れられなくても構わない。それは、当然、オレに与えられるべき報いなんだ。
でも……。
「でも……お前を好きでいてもいいか? お前を…見ていてもいいか? オレは、お前が幸せになるところが見たいんだ」
それだけは、許して欲しい。
……お前が好きなんだ。自覚したときにはもう、破れるしかなかった恋だけど。まだ、当分思い切ることはできなさそうだから。
一史が、洋二を想うように。お前が幸せなら、それでいいと言い聞かせるから。
もうしばらく、好きでいさせてくれ。
……オレは気づいていなかったが、問いかけるように告げたとき自然と微笑んでいたらしい。
「……笑った……」
「え? んぅ…っ」
長い腕に引き寄せられた、と思ったら荒々しく唇を塞がれた。茫然としているうちに舌を差し込まれ、上顎を舐められる。
「ふぅ…んっ」
角度を変えるたびに吐息が漏れるが、それすらも吸い取るような唇に息も絶え絶え。頭が白く霞みはじめたころオレの膝から力が抜けたせいで、やっと唇が離れた。
脇の下に回された手に支えられてそれ以上崩れることはなかったが、胸に抱き寄せられたままの状態で恍惚に浸っていたオレは、一史の声を頭上で聞いた。
「あの日からずっとお前のことばかり考えさせられた。洋二さんが好きなはずなのに、思い出すのはお前の乱れた姿ばかり……。一生許さない、そう言った相手に何でそんな風になるのか、自分でもわからなかった」
苦笑した音が聞こえて顔を上げれば、茶色い瞳とぶつかる。
「今日の仕事では、絶対お前のことなんか見るものかと思っていた。だが、撮影中まで避けるのは無理だった」
するりと下に移動した両の手が尻を包み込む。
「お前を見た瞬間……勃った」
「……っ」
片方の唇だけ上げて笑うそれは、壮絶な色気を感じさせ。腰を押しつけられたせいで感じる熱い塊にも、ゾクリと震えが走った。
「お前こそ、どうしてくれるんだ…? 絵瑠」
耳元で名前を呼ばれて、首が跳ね上がる。それだけで腰が揺れてしまい、恥かしさに視線をずらせば。
「俺は…お前が好きらしいぞ?」
顎を捕えられ真っ直ぐに伝えられた言葉に、オレはまた涙していた。
「…ら、らしいって何だよっ!」
「洋二さんのときとあまりに違いすぎて、これが本当に“好き”なのかわからない。……見ているだけでよかった。あの人が幸せなら満足だった」
普段仏頂面のくせに、顔は始終笑みを浮かべていて。
「でも、今は……俺がお前を笑わせてやりたい。幸せにしてやりたいんだ」
……もう、十分幸せだ。
そう言いたくなるくらい溢れだす感情のせいで、頬はびしょ濡れ。
それなのに一史は、一層、柔らかに微笑んで…。
「これが、愛してる…と言うのかもしれないな」
その姿が見えなくなるくらいオレを泣かせるんだ。
あぁ、もう。何てやつだ。
あれだけ何もなかったはずのオレの心は……もう、お前でいっぱいで。いっぱい過ぎて、涙として溢れ出すくらい、お前が好きなんだ。
やっぱり人間界には求めていた“何か”があった。
……人間になってよかった。お前に会えて…本当によかったっ!!
「か、ずしっ!!!」
自分から首に手を回し、唇を寄せる。精一杯背伸びをしても届かない身長差がもどかしいが、降りて来た甘いそれに目を閉じる。さっきよりゆっくりと。それでもオレをしっかり酔わせる舌が、口腔内余すところなく動き回る。
いつの間にか上着の裾から忍び込んだ指が肌を滑り、既に硬く立ち上がっていた胸の突起を掠めた。
「んぁっ」
思わず離れた唇を名残惜しそうに舐めていた一史の唇が笑みを作る。
「もっと…お前を泣かせてもいいか?」
「…ひっ…あっ……」
見ただけで下半身に熱が集まるような妖艶なそれに、背筋に走る快感。もちろん、コロコロと指先で転がされている小さな突起への刺激も、オレを乱す。
「痛いことはしない。もうだめだと言って泣きだすまで可愛がってやる」
耳に吹き込まれた言葉の意味は、もうオレにはわからなくて。ただただ彼の首に縋りついて、今以上の快楽を求めることしかできなかった。
1度目はリビングのソファーで。その後、寝室に場所を変えて、そこで……もう、何度一史のものを飲み込まされただろう。
食まされてるものの大きさは感じても、開きっぱなしのそこは麻痺していて痛みなどまるでなく。ただただ、そこから生まれる言いようのない快感に溺れていた。
「やっ、も、だめぇっ! だめ、だ、からぁ!!!!」
宣言通りボロボロに泣かされながら、訪れない絶頂に身を捩る。原因は、オレの根元をせき止めている一史の手。あまりのもどかしさが、重ねたその手に爪を立てさせる。
そんなものに意も解さない一史は、潤んだ瞳でオレを見下ろしている。もちろん……音が鳴るほど激しく腰を使ったまま、だ。
「…っ、お前の涙は…綺麗だな……」
吐息と共に呟いたその唇に零れる涙を吸い取られ、そのまま下りた舌で喉仏を舐められる。
「ひあぁっ!!」
ビクリ、と跳ねた首を執拗に攻められて頭を振る。
「かず、しぃ…かずし、も…やぁ!! おね、おねがっ、いぃー…」
「そういうときは…何て、言うんだ…っ?」
中のいい所にもしっかり当てながら、楽しげに言う姿に耳が熱くなる。
言えるか! あんな言葉!!
…と言いたいところだが、今の状態ではそれは無理。その上、これまでも限界まで追い込まれ……結局言わされている始末。さっさと観念したほうが楽になれるを知っていても、僅かに残る羞恥心が素直にさせない。
「ゃあっ…イきたっ! イき、た……」
「…違うだろ?」
「あぁう!」
敢えて別の言葉を選んだ仕置きだと言わんばかりに開いた手が乳首を捻り上げる。その上、腰の動きを止められて、また新しい涙が溢れてくる。
「ん、うぅ……や、やぁぁん、止まっちゃ…やだぁ……」
勝手に動く腰も捕えられ、収縮を繰り返す後ろで一史のをキュッと締めても何もしてくれない。
「絵瑠…?」
快感の滲んだ甘い声に促されたら、もう理性なんかどこかへ吹き飛んで。
「か、ずしの…熱い、の……奥のイイとこにかけて…ぇ…」
「…いい子だ」
縋るように見上げて告げれば、言葉と同時に奥まで差し込まれる。
「ひゃっ、あ、あぁっ…ん、そこ、いっ…!」
「わかって、る…っ、ここだろ?」
ズン、と更に深く抉られた場所は、オレの1番弱い所。
「ふああぁ!! あっ…かず、し……一史ぃ!!」
あまりの気持ち良さに仰け反る胸に茶色い頭を抱き寄せれば、突起を甘噛みされ。一段と強く中の塊を締め付けた。
「…っ……出すぞ……」
「あぁっ! あ、あ、ああぁ――――――…っ!!!!」
熱い熱い迸りをたっぷりと奥に注がれて、やっと戒めを解かれたオレは、白い体液で己の腹を汚したのだった。
- continue -
2014-02-10
オレ様どこいった状態ですね…(笑)
屑深星夜 2011.5.14完成