オレは…今、自宅のベッドの端に腰かけながら困ってる。
何でかって? そんなの、目の前にいる男のせいに決まってるだろう?
男 ―― 一史は、オレに向かってカメラを構えてるんだ。
「ほらっ」
「ほらって!」
「笑えよ」
一史らしいとはいえ、ぶっきらぼうにそう言われて笑えるオレじゃない。
百歩譲って、仕事ならなんとかする。
けどな? 今は…ここのところ目一杯の仕事を終えて、やっと自宅に帰ってきたというのに。労いの言葉すらなくここに連れて来られ、カメラを向けられたんだぞ? ……笑う気にもならないのは当たり前だろう?
「そんなので笑えるわけないだろうが!!」
怒鳴り付けて立ち上がれば、やっとカメラから顔を上げた一史と目が合った。
「お前はプロだろう?」
バカにしたような響きの言葉に、カチンときた。
「カメラマンこそ、被写体の表情を引き出す雰囲気作りが大切じゃないのか!?」
だから負けじと言い返してやったさ!
……くそっ。目が合っただけでドキッとしたオレが馬鹿みたいじゃないか!
「…雰囲気ね……」
何か言い返してくるかと思いきや。そう呟いた一史は、顎に手を当てて考え込んでしまったんだ…。
気持ちが通じ合った後。一史はオレの部屋に引っ越してきた。というか、オレが引っ越させた。
だって、一史はオレのものになったんだし…オレも一史のものになったんだぞ? 離れてる方が不自然じゃないか。
一史の部屋に上がり込んでいたときもそうだったが、普段、一史が家の中でカメラを握っているところを見たのは、愛美花にせがまれたあのとき1度だけだ。一緒に暮らすようになっても、手入れのためにカメラに触りはしても撮ることなんてなかったのに…。突然こんなことをするのは、多分、今日の午前中の仕事が原因だろう。
定番になった女性雑誌用の撮影で、もちろんカメラマンは洋二。オレは別にいつもと変わらないつもりで動いてだんだが、カメラに向かって笑んだときに言われたんだ。
「すごくいい顔で笑うようになったね」
…って。
それ聞いたとたんに、今までオレと目を合わせないようにしていてくれた一史が突然こっちを見た。その視線は久しぶりに針みたいに鋭くて。ゾクリと背筋を這い上がってきた震えは、恐怖からだったのか…感じてしまったからだったのか…。違いまではっきりわからなかったが、その後の撮影が押してしまったのは一史のせいだというのだけは間違いなかった。
さっき向けられた視線も同じ鋭さだったから……それしかないと思うのだが。しかし、何故笑うことを強いられるのかまでは想像もできず。オレがじっと一史の動きを待っていたら……。
「絵瑠…笑って、くれないか?」
いきなり甘い空気を帯びた表情と声に、顔だけでなく別のところまで熱くなってしまった。
「……作っても笑わないじゃないか」
ふい、と視線をずらした一史は一瞬にして仏頂面に戻り、変わり身の早さに拳を握りしめる。
「お、前……自分がどういう顔したかわかってないだろう!?」
責めるオレの言葉に、いつもなら短くても何かしら返ってくるのに、彼は視線を外したまま口を開かない。
そんなに、オレの笑顔を写真に撮りたいのか…?
これまでオレを撮ることに興味なさそうだったのに、何故今日になってなのか。それが知りたくて僅か息を吐いたオレは、できるだけ落ち着いた声音で聞く。
「…なんでそんなに笑顔を撮りたいんだ?」
一史はちらりとこちらを見たが、すぐにまた視線を外して動こうとしない。だからオレから近づいて、床に膝をついている一史の前にしゃがみこむ。と、観念したようにため息を吐いてやっと口を開いた。
「洋二さんの前では笑っただろう…? それも、上辺だけじゃない。ちゃんと、心から……」
そして、ほんのり耳まで色づいた顔で続けるんだ。
「………俺が最初に撮りたかった」
消え入りそうなほど小さい声が教えてくれた答えに、オレの心の方が震えてしまった。
だって! いつも偉そうな一史が、だぞ? 洋二にオレの心からの笑みを先に撮られたというだけで、こんなに可愛いところを見せてくれるなんて…っ!!
「一史……っ!!」
無理矢理こっちを向かせて唇を合わせる。
最初は口を引き結んで、触れるだけしか許してくれなかった一史も、ぺろりと唇を舐めてやったら反対にその舌を捕らえられ…。すぐに水音が響くような深いものに変わっていった。
カメラを手にしたまま、すがり付くオレを片手で抱えた一史は、ベッドに移動する。まずオレをマットに座らせた後、カメラをベッドヘッドに近い場所に置き、やっと両手でオレの身体を抱き締めてくれた。
「絵瑠…」
耳元で囁きながら、着ていたノースリーブのパーカーの背に手の平が侵入してくる。あっさりとそれを捲り上げ、首から抜いてしまった一史は、頬、顎、首と唇を滑らせて、存在を主張しはじめていた小さな尖りを音を立てて吸った。
「…ぁ…ん…」
広げた舌で全体を刺激され、明らかに甘い色の混じった声が唇から零れていく。
「かず、しぃ…」
「…絵瑠…俺が好きか?」
「ゃんっ! すっ…き……好きぃっ!!」
聞かれると同時に歯を立てられ、背筋がしなる。
もうオレに…一史の言葉に逆らえる理性は欠片程もなくなって。言われるがまま何度も「好き」と繰り返した。それにはぁっと快感の滲む息を吐いた一史はオレをベッドに横たえ、胸の飾りに手指の刺激を残したまま唇を更に下へと滑らせ……。
「ぃんっ…あっ、そこだめ…っ」
ハーフパンツの中で既にパンパンになっているオレを、布ごと食んだ。直接的でない刺激はすごくもどかしいのに、腰の奥から広がる甘い感覚に、思考も身体もどんどん溶かされていってしまう。
一史はパンツをずり下ろしてオレ自身を空気に晒すと、吐息の混ざった低い声で聞いてくる。
「お前は俺だけのものだな…?」
それだけの刺激で先端から透明な先走りを溢れさせるオレは、早くもっと強い快感を味わいたいと頷く。
「う、んっ! ぅん、あぁっ」
ご褒美とばかりに張り出した部分にちゅ、とキスされてのけ反った。
「じゃあ、お前の全部……俺が最初に撮っても…いいな?」
「…えっ…?」
撮って……?
言われた言葉に一瞬だけ思考が快感の底から浮かび上がってきた、が。
「ひぁあっ!」
乳首を捻り上げられると同時に中心を擦られたら……。
「……いいな?」
「ふぁっ、ん、ぅんっ……うんっ!!」
とにかく頷くことしかできなかった。
そうして撮られた写真は、一史のコルクボードに飾られることはなかったが、相変わらず写真雑誌ばかりの本棚に1冊のアルバムが増えたのを……オレだけは知っている。
- continue -
2014-02-10
伏線回収のために…。
本当は本編に入れたかったのですが、本編にはどうしても入れることができず。
かといって、思わせぶりに書いたシーンを省くのも嫌だったので、番外編にしてみました。
屑深星夜 2011.5.28完成