テントが消えてから、1週間が経った。
冷たい手指に乱されたあの日、元の調子に戻ったと思われた幸平の身体は、再び起き上がれなくなるほどの状態にまで陥っていた。そのせいで心配した両親によって病院に入院させられた幸平は、熱で朦朧とした意識の中、浅い眠りについていた。
テントなんか、いなくなってせいせいした!
彼はそう思っていた。しかし一方で、何故会いに来ないのかという苛立ちも確実に胸の中に存在していて。
戸惑いを感じながら過ごすこと5日目。テントと出会って以来、激減していた不幸が幸平の身を次々と襲いはじめた。
母親の入れた熱いお茶が零れて手の甲に軽い火傷を負い。鍵をかけて家に置いてあった自転車が盗まれ。仕方なく電車で登校すれば、切符を買うために出した財布から小銭をぶちまけ。もちろん、電車はお約束のように止まり、学校に遅刻することとなった。
やっとたどり着いた学校でも、貰ったはずの延滞証明をどこかに落としたようで職員室で説教され。教室に入って持ってきたはずの鞄をどこかに置き忘れたことに気づき、それを幼馴染の藍美に馬鹿笑いされ。
……幸い、校章と名前が入っていたため、電車内に取り残されていた鞄は無事に幸平の手元に戻ってきた。
が、その後も、廊下で滑って尻餅をつく。階段に躓き顔面を強打しそうになる。中庭掃除中、誤って落下してきた黒板消しの直撃を受ける。
久々にこれでもかというほどの不幸な目にあった幸平であった。
けれども、それだけで終わることはなく、6日目には再び体調が悪化。両親を心配させたくない一心で、風邪だと誤魔化して学校を休んだが、寝ているだけでよくなるはずもなく。結局その日の夜には両親の知るところとなり、今の状態に至るのだった。
熱のせいもあって浅い息を繰り返す幸平は、白く霞んだ頭の中で不思議な夢を見ていた。
淡いうす桃色に覆われた空の下。ランドセルを背負った“自分”は、黒い学生服に身を包んだ少年の腕を抱き締めながらグズグズと泣いていた。
それに困ったようなため息を吐いた彼は、向かい合うと空いた方の手を頭に乗せる。
「…だから、離れたって大丈夫だって言ってるだろ」
「でも…っ」
不安でたまらなくて。何よりも離れることか寂しくて。
涙の溜まった目で見つめると、顔は霞んでわからない少年の印象的な瞳が小さな“自分”を捕らえた。
「“約束”したろ」
青みかがったその色と静かな言葉。
目の前で、学生服の黒が周囲に散って白に変わり。散ったはずの色はいつの間にか集まって…漆黒の翼が広がっている。
…いつの間にか、少年は“テント”になっていた。
彼は、冷たい手指で“自分”の顎を捕えると、その唇に触れるだけのキスを落とす。驚きと嬉しさでそれを受け入れた“自分”の頬は赤く染まり、男の顔もまた、同じように色づいていた。
「どんなときも、お前は俺が守る」
「…うん」
「だからお前は…俺と…――――んだぞ?」
それは身体中が喜びに震えるほどの言葉だったらしい。先程まで泣いていたのも忘れて満面に笑みを浮かべた“自分”は、
「うんっ!」
しっかりと頷きながら白いスーツの胸に飛び込んだ。
その瞬間。
視界が赤いもので染まりはじめる。はっとして身体を離せば、テントの頭や顔…いつの間にかボロボロになっていた服から覗く手足にできた深い傷から、真っ赤な血が溢れ出していたのだ。
「…テ、ント……?」
急に力を失った彼の身体が地面に崩れ落ちる。最初は呆然とそれを見ることしかできなかったが、きっちりと閉じられた瞳はピクリとも動かず。その場に膝をついて手を伸ばした土気色の頬からは、生を感じさせないひんやりとした冷たさが伝わってくるばかりだった。
「あぁ――――――………っっっ!!!!!!」
身を裂かれるような痛みに“自分”顔を覆えば、手が覚えていた冷たさを感じ、それが目の前の出来事は嘘ではないのだと伝えていた。
「う、そだ……嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だぁぁっ!!!」
信じたくなくて叫んでも返ってくる言葉はなく。ボロボロと溢れだした涙に歪んだ視界は、彼の姿を霞ませていった。
「テント…テン、ト……テント…テントぉ……テ、ントぉ………っ」
“自分”が何度呼んでも、もう2度と、あの瞳が自分を映すことはない。それが、悲しくて、苦しくて、寂しくて………怖くて。
ズキズキと痛む胸を押さえながら、幸平は、鼓動の消えた胸に縋りついていた。
病室に小さな花束を持って現れたのは、幸平のクラスメイトでもある藍美と円だった。
浅い呼吸を繰り返しながらも静かに眠る彼を見た幼馴染の顔は複雑で。彼女は腰に手を当てると、ふぅ、と息を吐いた。
「もうっ、良くなったり悪くなったり忙しいやつ」
心配だ、と素直に言えない藍美に、円はクスリと微笑んだ。
「……ん、と……」
ボソリと眠っていたはずの人物から聞こえた声に視線を動かす。
一瞬、目が覚めたのかとも思えたが、幸平の瞳はピッタリと閉じられたままであった。しかし、その目尻から透明な涙がつぅっと流れ落ちた瞬間。幸平の表情は苦しそうに歪み、薄い布団の中の右手が僅かに動いた。
「……て…ん……と……」
今度ははっきりと聞こえた寝言に、藍美の目が見開かれる。だが、幸平の方を向いたままの円にはその表情は見えていなかった。
「誰の名前だろう?」
「さ、さぁ…」
首を傾げる彼女の声は明らかに何かを誤魔化すようなものだったのだが、今の彼にそれを気にする余裕はなく。
「……どんな形であれ、幸平を泣かせるなんて…許せないな」
低く呟いた言葉は、すぐ隣に立つ藍美の耳にすら届かなかった。
「え、何? 円ちゃん」
「ううん、何でもないよ」
いつも通りの優しい笑顔を浮かべて首を振る円。それを見て自分の“嘘”が気づかれていないとわかった彼女はそっと胸を撫で下ろす。
「早く…元気になってね」
円は、細い指で幸平の流れ落ちる涙を掬いながら、そう言った。
2人が病室から出て行った後も、幸平のうわ言は続いていた。
「…て、ん……と……てん…とぉ………」
重い腕を無意識に動かし、布団から抜けだした右手を空中に伸ばす。
パシッ
ふいに現れた男の左手が、熱いそれを掴んだ。
「……くそっ……」
悔しそうに舌打ちしたが、涙で濡れた幸平を見下ろすテントの表情は、眉が下がっていてとても情けないものだった。
彼は、自分からは絶対に謝ったりなんかするものか、と思っていた。
“約束”を破って、己を拒む幸平が悪いのだ。1度大変な目に合って思い知ればいい、と心に言い聞かせたテントは、自分からは絶対に折れないと決めていた。
けれども、こうやって再び病に倒れた姿を見れば胸は痛み。意識のない状態で名を呼ばれることは、彼の心に嬉しさだけでなく辛さも感じさせていた。
“約束”した。
それなのに、自分自身が幸平を苦しめていては意味がない。だから……思わず、伸ばされた手を取ってしまったのだ。
「………おれは、ここにいる。だから…泣くな……」
幸平の手を両手で握り締めながら告げる。すると、閉じられていたはずの黒い瞳が薄く開き……ふわり、微笑んだ。
「…テント……」
彼は、もう一方の手も探していた人物へと伸ばす。それがテントの右手に握り込まれると、幸平は、唇をほんの少し突き出して見せる。男の顔は、吸い寄せられるようにそこへと落ちていった。
何度も何度も音を立ててキスを落とし、うっすらと開かれたその下唇を軽く食む。
「ん…」
嬉しそうに鼻を鳴らす幸平は、自から覗かせたピンク色の舌でテントの唇をつついた。
意識がなければ、こんなに素直で可愛いのに。苦笑をもらしながら口を開いてそれを迎え入れた彼は、舌先をキュッと吸ってやった。
「…んんっ…」
ピクリと震える肩に手を伸ばし、首筋に指を這わせながら角度を変えてキスを続ける。また、空いている方の手で布団を剥がしながら、首裏に回される手に促されるようにベッドの上に乗る。
己の身体のよりひと回りは小さい幸平の身体を下に敷く間も、口腔内を侵す手は緩めない。
「……んぁっ…あぁっ」
下腹部に当たるひと際熱を持ったそれに優しく触れれば、官能に染まった甘い声が唇の間から漏れた。それは、テントの身体にも火を灯し……少し乱暴に寝間着のズボンに手を入れると、硬くなりはじめていた幸平自身を直接握り込ませた。
「あぁんっ」
「わかってんのか? 俺は…お前だからこうしたいんだ」
「あ、あっ…んんっ!」
耳に届いた言葉にも、与えられる刺激にも敏感に反応して零れる声。テントはその愛らしい唇を再び己のそれで塞いだ。
飲みきれない唾液が幸平の唇の端から零れ落ちる頃。
「……ぁ……」
ようやくキスをやめたテントは、濡れたそこに指を這わせながら言う。
「可愛い声を思う存分聞きたいけどな……」
ここは病院だ。己の存在は他の人間に見えることはないが、幸平は違う。
目に見えるし、声も聞こえる。
彼が変に思われてはいけないし…何より、他の誰にも快感に染まる幸平を晒したくはなかったのだ。
「……今日は、これでも抱いてろ」
幸平の首の下から抜き出した大きめの白い枕を口元が隠れるように彼の上に乗せる。
「噛んでもいいから声出すなよ」
ボーっと酔いしれた頭でそれを聞いていた幸平は、素直に頷くと男にしては細い腕でギュッとそれを抱きしめた。それを確認したテントは、腰の下に手を入れて彼の下半身を覆っていたズボンを引き抜いた。
「…っ」
恥かしいのだろう。思わず身体の中心を隠そうとする彼の膝を、冷たい手が容赦なく割り開く。
露わになった幸平の欲望は既に先走りで濡れており、腹につきそうなほど反り返っていた。
「後でしっかり可愛がってやる」
ニヤリと笑いながら舌で唇を舐めるテントの姿が、幸平の官能を煽る。その証拠に、そこからとろり、と新たな蜜が溢れ出した。
後で、といった言葉は本当のようで、テントは主張し続ける中心には触れずに右足を掴み上げると親指を口に含んだ。
「!」
驚いて逃げようとする引く足をがっちりと捕らえ、音をたててしゃぶり、指の間に舌を這わせる。
「んっ、んう…っ」
その度に反応を示すことから、幸平にとってはそこも性感帯のひとつなのだと理解した。
舌を滑らせて足の裏を刺激すれば、目を閉じてその感覚に耐えようとするので、1度顔を離してテントは幸平の動きを待った。
すると、彼は思惑通りに恐る恐る目を開ける。テントは、しっかりとその瞳が自分を映していることを確認した上で、見せつけるように足の甲に唇を寄せた。
「……っ!?」
まるで女王に中世を誓う騎士のように。しかし、それよりももっと淫らに…興奮した表情の男を見て。幸平の頭は熱のせいだけでなく沸騰しそうだった。
顔の半分は見えなかったが、耳まで真っ赤になる彼が可愛くてたまらなかった。
もっともっと、乱れる幸平が見たい。いじめて、泣かせて……自分から求めて欲しい。
そんな思いがテントを次の行動に移させた。
「―――っ」
そのまま唇を滑らせて、脛から膝へ。チュッとわざと大きな音を立てて吸い付きながら、膝裏に添えた手で大きく足を開かせた。
「…んぅっ……」
柔らかくて白い内腿の、他よりも弱いだろう肌に手を触れれば、それだけで曲げられた足の先が伸びる。テントが、その自分では見えないだろう付け根部分に、唇を寄せて力強く吸えば、
「んっ!!」
ビクリと筋肉が震えた。
くっきりとついた赤い印に彼が満足そうに微笑んだのを知ってか知らずか。枕を抱えた幸平は未だに与えられないものに、思わずモジモジと腰を揺らす。
何を求めているのかわかってはいたが、小刻みに震える欲望の証を敢えて避けたテントは、左足の腿に食いついた。
「…っん、んー……ぅん、ん、んっ……」
敏感な肌に軽く歯を立て、舐め、吸い付いて痕をつける。
何度かそれを繰り返していたそのとき。ついに耐え切れなくなった幸平が、開きっぱなしになっていた足でテントの顔を挟み込んだ。
目の前には、今にも爆発しそうなほど熟れた果実。
声を出すなと言った手前、強請る声が聞けないのは残念ではあったが、その行動だけでテントは満足していた。
「……わかったわかった。約束通り可愛がってやるから離せ」
言いながら息を吹きかければ、とぷんと白い涙を流す。
幸平は情欲に濡れた瞳でテントを見つめながら、ゆっくりゆっくり腿を開いていく。その様子は…まるで己に対して心をも開いてくれるようで。
待ち切れずに添えた両手で強引に割り開かせると、口腔内にそれを飲み込んだ。
「……ん――…っ!!」
幸平が背をしならせながら上げたくぐもった声は、ようやく与えられた刺激に喜んでいるように聞こえた。
ちゅぷ、ちゅば、としゃぶりながら見上げる先には、強すぎる刺激に耐える姿。快感に潤んだその瞳が、テントを更に煽った。
根元を戒めながらすぼめた口で上下にしごけば、枕を抱えたまま首を揺らし。裏すじを舐め上げ、先端を舌先でつつけば、もっとと言うように腰が浮く。パンパンに膨らんだ袋も優しく揉みこんでやれば、溢れ出した蜜がとろとろと根元まで流れ落ちて指を塗らした。
「……ひっ…ん、…ぃっ……んんっ……」
気持ちがよすぎてついに涙を流しはじめた彼を見て、戒めた手も先端部分を加えた口も、同時に動かして追い詰めてやれば、口の中で容積を増したモノが大きく震えた。
出口を導くように吸い上げながら、戒めを解く。
「―――――――――っ!!!!!」
喉の奥に放たれる熱いもの。ちゅぽ、と音を立ててそこから口を離したテントは、その全てを飲み下す。
幸平は……枕を抱えたまま意識を飛ばしていた。
- continue -
2013-11-23
色々とわかってくる3話目…。
屑深星夜 2011.4.25完成