おれが目を覚ましたとき、何ごともなかったように病室内にテントがいた。いつの間に戻ってきてたんだ、とは思ったけれどあの日のような怒りはもうどこにもなくて。おれも、何でもない顔して受け入れた。
身体が楽になってることを考えると、きっとあいつが何かしたんだろう。でも、そのことは全く覚えていなかったんだ。
起きたときの、満たされたような気持ち。
何がそうさせたのかが気になったけど、いくら聞いても知ってるはずのテントは教えてくれなかった。
医者も驚くほどの回復ぶりを見せたおれは、一応、検査も兼ねて1週間は入院させられたけど、また無事に家に戻ってきていた。
つい2週間前までは、あれだけテントに触れられるのが嫌だったはずなのに、むしろ今は、触れられていない方が不安で。姿が見えないと、すぐにキョロキョロと探してしまうほど、そばにいないことが怖くなった。
病気を治すためだからな!
そう言いつつも……おれは、いつの間にか、自分に触れるテントの手を待つようになってたんだ。
「……へい、幸平!」
「…え?」
呼ばれたのに気がついて顔を向けたら、いつの間にか隣の席に座ってた円が肩を竦めて言うんだ。
「ホームルームとっくに終わったけど…帰らないの?」
「へ?」
周りを見れば、いつの間にか教室にいるのはおれと円の2人だけ。ホームルームが終わって、みんな部活に行ったり帰宅してしまったみたいだ。
「最近よくボーっとしてるけど、調子悪い?」
「そんなことないけど……」
少し心配そうな顔に見つめられておれは首を振る。
退院してから、もう2週間が経つ。
あれ以来、テントに身体を触れさせることを拒んでないってのもあるんだろう。おれの体調が崩れることはなかった。
この調子なら、あと1週間もすれば完全に病気は治るだろう…って聞いて嬉しい半面、なんか落ちつかない。
「そっか。ここのところ顔色もいいし、肌もツヤツヤだもんね。元気そうで安心した」
おれが否定したのを見てパッと表情を明るくした円は、そう言ってニコリと微笑んだ。
あー……円が男にももてるのは知ってたけど、今やっと納得できた気がする。だって、男に興味ないはずのおれでも可愛いって思えるんだから。
おれがそんなこと思ってるなんて知らない円は、その笑顔のままジッとこっちを見つめて口を開く。
「……好きな人でもできた?」
「はぁぁっ!?」
「だって、ボーっとしてるときの幸平ってすっごく色っぽいんだもん」
飛び出した単語に声を上げれば、上げさせた方は動じた様子もなく首を傾げてみせた。
おれがボーっとしてる時間が増えたのは、のんびりできる時間ができたからだ。
テントがそばにいると、病気だけじゃない。前みたいに大きな不幸に襲われることがなくなったんだ。滑ったり転んだりっていう小さいのは相変わらずだけどね。
今まではその対応に消えていた時間が宙に浮いたおかげで、こんな平和な時を過ごせるなんて…ちょっぴり幸せだ。
ただ、そうやってゆとりの時間を満喫してると、何でか必ずテントのことを考えてる自分がいる。
勉強の邪魔になるからって言って学校にはついて来ないんだけど。勝手に頭の中に現れるんだから……意味がないよな。
けど、そのときの顔が色っぽいってのはありえないと思う、うん。
「…てんと…」
「!?」
円の口から出たその名前を聞いて驚いた。
だって、あいつはおれの“守護天使”で、おれ以外には見えない。それなのに何で知ってるんだ、と見開いた目で見続けてたら、円の方がその答えを教えてくれた。
「病院にお見舞いに行ったとき、てんと、って呼んでたよ? 呼びながら、泣いてた」
本当は、覚えてないって言って誤魔化そうと思ってた。笑っていたはずの円の顔はいつの間にか真面目なものに変わっていて、そんなことできる雰囲気じゃなかったんだ。
けど、覚えていないのは本当だったから何も言えずに黙ってたら、心配そうに聞いてくる。
「……辛い恋、じゃない?」
「こ、恋なんて! あいつはそういうんじゃないって!!」
おれは円に伝わるように思いっきり否定した。
だって、出会いからしておかしい。調子の悪いおれのまえにいきなり現れて「そのままだと死ぬぞ」だぞ?
それで、助かるためにはあいつのものになんなきゃいけないって言われて。嫌だったけど死にたくなくて“約束”した。
ただそれだけの関係なんだ。絶っ対に恋してなんかない!!!!
「そういうのじゃなかったら…なぁに?」
う……っ。
静かにそう問われて、おれは口を噤んだ。
さっきまで考えてたことが本当だとしても、言えるわけがない。でも、今の円の前で誤魔化すこともできなくて。
「……おれを助けてくれる、やつだよ」
小さな声でそう言った。
「うん」
「最初は…嫌いだった」
何度も言うようだけど、おれは女の子が好きだ。けど、あいつは“天使”とはいえ完全に男で。
そんなやつのものになるなんて嫌だったけど……与えられるキスは気持ち良くて。どんどんその感覚に溺れてそうなのが怖くて避けた。
おかげで病気が悪化して大変な目にあったけどな。
「けど……」
けど、今は……別に触られるのも嫌じゃない。あれほど怖がってたのが不思議なくらい、むしろ触ってもらえるのを待ってるくらいで。
姿が見えないと、どうしても探してしまう自分がいる。
「その人がそばにいないと不安?」
まるでおれの心の内を見透かしたように聞かれて、素直に頷いた。
「よくキョロキョロしてるのはそのせいだったんだね」
くすり、と笑われてびっくりした。
「おれ…そんなにキョロキョロしてた?」
「うん。捨てられた子犬みたいな目してね」
……気づいてなかった。確かに、そばにいないのが怖いと思うようになっていたけど、学校には来ないって知ってるのに…それでも探してたなんて。
自分の無意識の行動に呆然としてしまった。
円は、座っていた椅子ごとこっちに近寄ってきて、ポンポンと頭を撫でる。
「てんとさんのこと、好きじゃないの?」
…嫌いじゃない。でも、好きなのかって言われると…よくわからなかった。
女の子は好きだ。ふわふわで可愛くて、守ってあげたくなる。ギュッと抱きしめてその柔らかさを身体中で感じたくなる。
けど、誰か1人を特別に好きになったことなんかない。好かれる機会もなかったし、自分自身好きになる余裕もなかった。
だから、どんな気持ちが“好き”なのか知らないおれには、はっきり頷くことはできなくて。
「……わかんないよ。ただ、そばにいないと…怖いんだ」
視線を落としながら、おれは、嘘偽りない今の自分の気持ちを伝えたんだ。
「……幸平にそんな顔させるなんて、悔しいなぁ…」
ボソッと呟かれた低い声は、何を言ったかまでは聞きとれなかった。
「え?」
もう1度言って欲しいという意味を込めて顔を上げたら…。
チュッ
いつの間にか顔を寄せていた円にキスされてたんだ!!!
「な! な…な、何するんだ!! 円!」
ドンと親友の胸を押して立ち上がったおれは、足元から上って来た悪寒に思わず自分の身体を抱きしめた。その様子を見て満足そうに微笑んだ円が立ち上がる。
「幸平のことがだ〜い好きな僕からのプレゼント」
おまけ、と言わんばかりに投げキスまでよこした彼は、見る人が見れば失神するくらいの可愛さだったと思う。でも、言われたことの方に驚いていたおれは、ただただ凝視することしかできなかった。
「わかったんじゃない? その人と僕の違い」
ふっと少し寂しそうな表情になった円は、とっくに帰り支度の整っていた鞄を持ちながら言ったんだ。
円のキスは…正直、気持ち悪かった。親友と呼べるほどの友達で、嫌いなわけないのに……身体が拒否した。
けど、テントのキスは最初から気持ちがよかった。自分でも不思議なほど自然に受け入れてた。
あぁ……もうっ。円の言う通り、わかっちゃったよ!!
こんな形で気づかされたくなんかなかったけど…。
おれは、あいつのことが“好き”だったんだ。
「幸平が幸せになってくれないと、僕、泣いちゃうからね〜」
茫然と立ち尽くすおれにそう言い残して、円は教室を出て行く。
最後に、また明日、と言って見せた笑顔は……少しだけ泣きそうだった。
家に帰ったおれは…テントの顔が見られなかった。
だ…だ、だ、だだ、だって、恥かしすぎてっ!!!
今朝までと違うのは、想いを自覚したか自覚してないか、たったそれだけなのに。いつものように抱きつかれただけで、もう、心臓が爆発しそうだった。
そんなおれを不思議そうに見はしたけど別に何も言わなかったテントは、おれを部屋に連れ込んだ。
もちろん……ナニ、するためだ。
…し、仕方ないだろっ!? 壁が薄いから、親がいるときにしたら絶対にバレる!
幸い、2人とも仕事で帰るのが遅いんだ。だから、おれが帰ってすぐのこの時間しかないんだよっ!
制服だけはシワになると厄介なので、脱いでハンガーにかける。とはいえ、さすがに自分から全裸になるってのは……無理だった。
中途半端に残す方がいやらしいぜ、と言われたけど、それでも恥かしいものは恥かしい。結局、脱がされるのは変わりないけど、自主的にそうすることはなんか自分の心をさらけ出してるみたいで抵抗があったんだ。
だから、トランクスとシャツを着た状態で、白いスーツに身を包んだままのテントの足の間に座る。と、すぐに背後から伸びてきた手が器用にボタンを外していった。
「ひゃ、あっ…」
ほんのちょっと首筋に唇を寄せられただけなのに、思いもしなかった声が出た。
「……いつもよりビンカンじゃねぇか」
「しっ…知るかっ!! そんなことっ……んんっ」
自分でも思ったことを耳元に吹き込まれて真っ赤になったおれは、さわさわとわき腹を撫でる手を掴んで叫ぶ。テントはそんなおれの顎を掴んでギリギリまで振り向かせると、うるさいとばかりに口を塞いだ。
うぅ……やっぱり気持ちいい。
それだけで頭がボーッとなる心地よさに浸っていたら、捻るように胸の突起を摘まれグイと引っ張られた。
「んぁっ!」
キスが外れるほどのけ反ってしまい、クククと音を立てて笑われる。
「最初っから反応よかったが、ますます感じるようになったな」
「う、あっ…ん、おっ…まえが、しつこくっん……触るから、だ、ろぉっ…ひぅ…っ」
その間も左右にクリクリと動かされ、押し潰され、爪を立てられ。しゃべる声に自然と混じってしまう嬌声は、本当に自分のものなのかと疑いたくなるほど艶めかしかった。
「…ぁああっ!!」
いつの間に下りてたのか。もうとっくに熱を持っていたアレをひやりとした右手に握られ、腰が揺れる。
求めるままに激しくしごいてくれたかと思えば、根元をギュッと握って先端を意地悪く弄られる。カリ部分を指先で刺激して先走りを溢れさせたかと思えば、優しい動きで焦らされる。
イけそうでイけない。
本当にあとちょっと強くしてくれるだけで、この下半身に溜まったモヤモヤを吐き出せるのに。そうしてくれない手に爪を立てても、テントの動きはまるで変わらなかった。
「おら、膝立てろ」
さんざんいじめるだけいじめると、おれをベッドの上にうつ伏せにして腰を高く上げさせた。
尻を突き出して、恥かしい部分を見せるこの恰好が恥かしくないわけじゃない。でも、顔を隠せるのは、“テント”を意識しすぎてる今のおれにはちょっとありがたかった。
……まぁ、退院して以来、毎回この体勢とらされてるから耐性もできてるのかも?
テントは、ローションのボトルを手に持ってその蓋を開けた。
一体、いつ、どこで用意してきたのかわからない。退院して帰ってきたら部屋にあってさ、めちゃくちゃびっくりしたよ。
きっと……入院中、はじめて後ろに指を入れられたとき。あまりの痛さと気持ち悪さにみっともないくらい泣いたから、かな。
こいつなりの気遣いなのかもしれなかった。
「…っ」
とろりとした液体が狭間を伝う冷たさに一瞬身体が緊張する。
それを解すみたいにしばらく指でソコの周囲を撫でていたテントは、つぷり、と指を挿れてきた。
「んっ」
この瞬間はどうしても息をつめてしまう。力が入ったせいで締め付けてしまった指を嫌にリアルに感じて、ピクリとおれ自身が反応するのがわかった。
でも、そこさえ我慢してしまえばぬるぬると指が動くその感覚は、もう、おれの腹の奥から快感を引き出すだけだった。
「……ん、ぁっ、あっ」
抜き差しされるリズムに合わせて勝手に声が零れていく。
「こっちも随分慣れてきたな」
わざと聞こえるように言うテントに言い返してやろうと思ったけど、いきなり増やされた指である部分を押されてしまえば、おれはのけ反ることしかできなかった。
「ひ、あぁ―――……っ!!」
別の手に包まれていた欲望から白いもの溢れだし、シーツに小さなシミをつくる。
感じたことでギュッと締まったそこは、奥へとねじ込まれる長い指に無理やり押し開かれた。
「ふぁ、あぅん、やっ、あ、あぁ、あ…」
感じる場所を的確に攻められて、気持ちよさにおれの腰が動き始めた。
……自分から動くことに、最初は抵抗があった。今でも、普段のおれじゃ絶対にしないし、できないと思う。
けど、こうやって酔わされてしまえばもう快感を追うことしかできなくなってさ。早くイきたいがために、自分から気持ちのいい場所に当たるように動いちゃうようになっちゃってた。
ぐぷっ、ぬぷっ、と開かされたそこから聞こえる音が激しくなり、それに合わせておれのモノを擦る手のスピードも上がる。
「ひゃっ、あっ、ゃあ、もっ……だ、めぁ、あ、…あああん!!」
感電したように全身を震わせた快感は、下半身に集まると勢いよく外に飛び出した。
……少しして、強張っていた身体を心地よい気だるさが襲った。
さっきまでの緊張はどこへ行ってしまったのか。くたりと力が抜けたおれの身体を横にしたテントは、ベッドヘッドに置かれたティッシュペーパーで手を拭く。そして、汗で額に張り付いたおれの髪をその指で梳きはじめた。
優しい感覚に目を閉じたら、瞼の上から軽いキスを落とされる。
ギシッ
急にベッドのスプリングが鳴って目を開ければ、何事もなかったように立ちあがろうとするテントがいた。
……おれは思わず、その腕を掴んでいた。
「…なんだ?」
不思議そうにこっちを見たテントは、まだ快感の滲むおれの顔を見て首を傾げる。
「まだ足りないのか?」
「ち、ちがっ…っ」
らしい笑みを浮かべながら流し目され、せっかく収まりはじめてた心拍数が一気に上がってしまった。
おれは、掴んだ手はそのままにして身体を起こすと正座する。全裸で正座なんてはたからみればおかしくてたまらない光景だと思う。けど、今から自分がしようとしてることを実行に移すためには、ちょっとでも居住まいを正さないと勇気が出なかったんだ。
だって……これから言おうとしてることは、昨日までの自分じゃ絶対に言わないこと。
どんな小さなことであれ、自分を変えることはすごくエネルギーのいることだ。ワクワクする気持ちだけじゃない。不安だって絶対に伴うから、その1歩が踏み出せなくなることもよくあることだと思う。
今おれを動かしているのは、ちょっと前に自覚したこいつへの恋心。
それはおれに、ゆっくりと口を開かせた。
「………お、お前は、いいのかよっ? そこ、パンパンにしてるくせにっ」
テントは、信じられないというほど目を見開くと、真っ赤になってるおれの顔をまじまじと見る。
「病気を治すために許してんだろ?」
それも…ないわけじゃない。
でも、今は、“好きな人”と触れ合いたいから。おれも、こいつを気持ちよくしてやりたいから。
「…それだけなわけない、って言ってなかったっけ?」
今までが逃げてばかりだったから、素直に気持ちを言うのはなんか気恥ずかしくて。前にテント自身が言った言葉を借りてみた。
何度か目をしばたいた後。
「なんか槍でも降りそうな気がしてきたぜ」
「かも…ね」
こいつらしい格好つけた笑いに、おれは肩を竦めてみせた。
「手、貸してくれ」
「え?」
意味もわからずに掴んでいた手とは反対のそれを差し出せば、クスリと笑われる。何で笑われるのかわからずにいたら、
「ありがとよ」
と言ったテントに、それを白いスーツの向こうに隠された膨らみに導かれた。
そこまでされてやっと理解したおれは、指に感じた熱に、顔中から火が噴き出そうだった。
テントはベッドに上がって胡座をかくと、向かい合うようにおれを座らせる。整った顔がバッチリと目に入って、それだけでまたゾワゾワと肌が泡立った。おかげで、くたりとしていたはずのおれのソレがピクリと反応してしまった。
カチャカチャと音をさせて前を寛げると、テントは自分の欲望を外に出した。
恥ずかしすぎて直視できなかったけど、おれのよりも確実に大きいそれはしっかりと天井を向いて立ち上がっていた。
「触ってくれ」
言葉に導かれて、恐る恐る手を伸ばすと熱い塊が触れる。ずしりと重い質量に、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「どうやったらいいかはわかるだろ?」
言われて頷いたおれは、両手を使ってゆるゆるとその固いモノを扱きはじめた。相手の様子を窺いながら、少し力を入れてみたり、先端を摘まんで刺激を与えたりする。
浮かべられた笑みはおれを煽るような色気があって、触ってもいないのに自分の中心はまた元気を取り戻してた。伸ばされたテントの指がそれに触れる。
「ぁぅ…」
中身を絞りとるみたいに下から順に握られ、上下に揺すられる。
同じようにテントのそれを刺激すれば、感じてくれたのか、息を詰めたのがわかった。
それがすごく嬉しくて。相手の動きを真似しながら高め合うことしばらく。
「あ、あぁぁ――っ!!」
「……くっ……」
同時に手指を塗らす、その温かいものを感じられたのが幸せでたまらなくて。この喜びを知ってしまったおれが、これからどうなっていくのか。
自分でも想像できなかった。
- continue -
2013-11-23
エロシーンが入るとどうしても長くなりますね…。
屑深星夜 2011.4.27完成