また、1週間が経った日。
珍しく藍美に「一緒に帰ろう」と誘われ、断る理由のないおれは並んで自転車を走らせながら家に向かっていた。
「ね、久しぶりに公園寄ってかない?」
もうあと少しで家につくところまで来たのにそう言うので、ちょっと不思議に思ったんだ。けど、特に用事があるわけじゃないから頷いて、2人して小さいころによく一緒に遊んだ公園に入り込んだ。
数人の小学生が遊ぶ邪魔にならないように自転車を止めると、先にベンチに座った藍美が、すっかり緑色の葉っぱを茂らせている桜を見上げていた。
「ここ、懐かしいね〜。ちっちゃいころ、毎日っていうほど転げまわって遊んだよね」
「今、同じように遊べって言われても絶対無理だよな」
「あははっ、そうだね」
一瞬前まで笑っていたはずの藍美は、引き締めた表情でじっとおれを見る。
傾きかけた太陽に染まるその顔がすごく真剣で。きっと、これからする何かのためにおれをここに連れて来たんだと思った。
「……ね、幸平。あんた……思い出したの?」
「思い出したって…何を?」
思い当たることが何もなかったので、おれは首を傾げる。と、藍美が声を上げる。
「何をって、天兄〔テンニイ〕のことよ!」
「てん、に…い?」
聞き覚えなんかない。それなのに、呟いたとたん、胸が締め付けられるように痛んだ。
「病院であんたが天斗〔テント〕って言うの聞いて、あたしびっくりしたんだから!」
病院で、ってことは……きっと、円と同じなんだろう。藍美もおれの見舞いにきたときに、おれがテントの名前を口にしたのを聞いてたんだ。
「天…斗……? 天兄?」
その名前を知っているのか。記憶を辿ってみても引っかかるものはなくって。
でも、何か探さなきゃいけないって思いは強くなるばかりで、焦りに脈が速くなる。
ズキッ
おれは、急に痛みはじめた頭に顔をしかめながら聞いた。
「……おれ、忘れてるのか?」
「幸平…?」
「その呼び方…記憶にないのに、知ってるような気がして。でも、何も思い出せなくて……」
酷くなる一方の痛みに両手で頭を抱えると、藍美の震えた声が落ちてくる。
「あんた……思い出したりなんかしてなかった…の?」
ちら、と窺った顔には後悔の2文字が浮かんでた。
幼馴染のこいつが言うんだ。おれは何か大切なことを忘れてるんだろう。
きっとその“天斗”って人が…絡んでる。
なんとなくそれだけはわかって。
「教えてくれ! 一体何があったのか」
見つめるおれに小さくため息を吐いた藍美は、ゆっくりと話はじめた。
藍美とおれは、母親同士が中学の頃からの親友だ。おかげで、小さいころから何かっていうと一緒に遊ばされてた。
どっちも父親が婿養子に入ってるもんだから、家まで近いから余計だろうな。
おれの記憶にはないけど、そんな母親繋がりの幼馴染がもう1人いたらしい。
名前は、栄福 天斗〔エイフク テント〕。おれたちよりも5つ年上の少年だ。
年が離れてることもあって、おれも藍美もよく懐いて。小学校でできた他の友だちと遊びたいだろうに、真っ直ぐ帰ってきてはおれたちの面倒を見てくれてた。
だから、両親よりも彼に懐くほど、おれたちはその人のことが好きだったんだって。
10年前。おれと藍美が小学2年生になった春の日。
同じく中学1年生になった彼は、両親と入学祝いに出かけた先で亡くなった。
交通事故、だった。
大型トラックと正面衝突したせいで、両親は即死。後部座席にいた彼も重傷を負い、搬送先の病院にたどり着く前に息を引き取ったそうだ。
藍美の言葉を聞くたびに、桜色が目の前にちらつく。
黒い学生服に、青みがかった瞳。赤く染まった頬に、優しい唇の感触。
交わした“約束”……。
桜の花びらがはらはら散るように、おれの目から涙が溢れていた。
「幸〜!」
無言で玄関を開けて入ったおれを、両手を拡げて迎える“テント”。ギュッと抱きしめられても何の反応も返さないおれを変に思ったんだろう。
「幸?」
覗き込んできた、その記憶の中と同じ褐色〔カチイロ〕の瞳を真っ直ぐ捕える。
「お前……天兄なのか?」
「…っ」
「天兄なのか!?」
息を飲んだ両肩を掴んで問い詰めれば、彼は観念したように深く息を吐いた。
「……そうだ。おれは、栄福 天斗〔エイフク テント〕だった」
「だった?」
あえて過去系を使う意味がわからずに聞けば、肩を竦められる。
「いくら同じモノであっても身体は死んでんだ。“だった”が正解だろ」
それが当たっていたとしても、“本人”に過去の存在にされたのが悲しくて。せっかく泣き止んで帰って来たっていうのに、また視界が涙で霞でいった。
「なんで…なんで、最初っから教えてくれなかったんだよ!」
「…覚えてねぇなら覚えてねぇでいいと思ったんだ」
ふわりと冷たい腕で抱きしめた彼は、おれの頭を撫でながら言うんだ。
「辛い記憶なんか…ない方がいいだろうが?」
小さいころから不幸に好かれてたおれ。物を喉に詰まらせるは、ベッドから落ちるは。両親も気が気じゃなかったそうだ。
でも、天兄といるときは不思議と怖いことが起きなかった。天兄のことが好きだったのもあるけど、それもあっておれは天兄にベッタリだったんだ。
「おれについてる福が、お前の不幸を消してるのかも」
…なんて、天兄は言ってたっけ。当時のおれには理解できなかったけど、あながち間違いじゃなかったのかもしれない。
不破って苗字のせいで『不幸の幸ちゃん』って呼ばれるようになったときも…。
「おれと結婚すれば、栄福 幸平、で『幸福の幸ちゃん』になるだろ」
男同士で結婚なんてできないって、まだ知らないくらい小さかったからな。大好きだった天兄にそう言われたおれは、いつかそうなることを夢見るくらい……すごく喜んだ。
そんな天兄の中学の入学式。去年までは同じ小学校で一緒だったのに、急に離れることが怖くて、おれはあの公園で泣いていた。
実際、おれが幼稚園に通ってたとき、天兄は小学校に行ってて離れている時間が長かった。でも、とりあえずに無事に過ごせてたんだ。
……天兄はそれを知ってて、離れても大丈夫って言い聞かせてくれてたんだと思う。けれどもおれはどうしても不安で。
満開の桜の下で、“約束”した。
初めてのキスと一緒にくれた、守るって言葉に頷いた。
これからもずっとそばにいてくれるもんだって信じてた。
……その日のうちに、天兄は天国に逝ってしまったんだけど。
大切な人がいなくなったことが辛くて辛くて。おれは自分の記憶を封じてしまった。それはきっと……そのときのおれには必要なことだったんだろう。
「でも、天兄のこと覚えておれなんて、おれじゃないよ」
おれは、涙の流れる目を細めて笑った。
少し身体を離して眩しそうにおれを見ると、ギュッと力強くおれを抱きしめる。
「あの日の“約束”を守ってくれるために、来てくれたの?」
「……あぁ、そうだ」
その腕の中で、広い背中に手を回しながら聞いたおれの言葉に彼はしっかりと頷いた。
死んでしまった後、目が覚めた天兄は、金髪で白い羽根の生えた天使になっていたんだって。天使になると目の色だけは変わらないけど、みんな金髪になっちゃうんだそうだ。
人間が想像してるみたいに、天使にも色々な仕事がある。
よく言う死んだ人のお迎えもその1つ。もちろん恋のキューピットも、大事な仕事だ。
そんな風に神様のお手伝いをしながら生まれ変わる日を待ってるらしい。
天兄にもお仕事が与えられたんだけど、おれとの“約束”をしたその日に死んじゃったものだから、おれのことが気になって気になって仕方がなかった天兄は、仕事も放り出しておれのそばに戻る方法を探したんだって。
でも、死んだ人間が生き返るなんて……ありえないことだろ?
何の手立てもないって他の天使に説得されても、それでも探して探して探し続けて。
ようやく糸口を見つけたのが1年前。
天使の仕事の1つに、これから生まれる新しい命に祝福を送る、というのがあるんだって。
目がぱっちりしてて可愛い、とか…人よりちょっと足が速い、とか…。人それぞれ、生まれつき持ってるちょっとしたこと。
そういうのを送る仕事みたいだ。
17年前。それを担当していた天使の1人が、重大なミスを犯してたんだって。
それは、ある子どもに行きすぎた不幸を与えてしまったこと。
ちょっとの不幸も、それはそれでその子の個性。いいことばっかりじゃなくって…そんな祝福もあるんだそうだ。
でも、それを送りすぎちゃったのが問題で。
そのままじゃきっとすぐにでも命を落とすかもしれないほどだったんだって。
慌てたその人は、その不祥事を隠すために更に罪を犯したんだ。
これから生まれる不幸を背負う子が、その祝福のせいで寿命を縮めることなく生きられるように。不幸を打ち消すほどの強運を、彼が生まれたとき……それを近くで見ていた少年に。
…そう。それが、おれと天兄っだったんだ。
それをきっかけに神様にも交渉できる力を得た天兄は、説得を繰り返した。
このままじゃ寿命を迎える前におれは死ぬことになるわけだし。本当は生まれる前にしか与えられないはずの祝福を、成長してからもう1度送られた天兄自身も、行き過ぎた力を与えられたせいで寿命を短くされたんだって。
神様側の明らかな手違い。だから、おれのためにも自分のためにも生き返る権利があるはずだ。
何度も何度もそう訴えた。けど、神様はどうしても許してくれなかった。
1度亡くなった命は、絶対に復活させられないからだ。
それなら天使のままでいいから戻らせてくれ、と言っても、天使になってしまったら人間だったときの能力は消えてしまっているから意味がない、と言われ。
どうにも動けなくなった天兄が最後に選んだのは……命のやり取りもできる、悪魔の力を借りることだった。
肉体が灰になってしまった以上、英福天斗という人間として戻ることは不可能。けど、その身に人間だったときと同じ能力を戻すことはできる……。
それを聞いた天兄は一も二もなく頷いた。
そして、その対価に、人間として生まれ変わる権利を渡したんだ。
本来天使は、次に人間に生まれ変わるのを待つ間、神様の手伝いをして過ごす。“天使”になった者はみんな、人間として生まれ変わる権利を持ってるんだ。
長い長い自分の生に飽きていたその悪魔は、1度、人間として生きてみたいと思ったみたいで……契約は成立。
人間に生まれ変わる権利 ―― 羽根の白色 ―― を悪魔がもらい。
悪魔の力によって戻った能力 ―― 悪魔の黒色 ―― が天兄の羽根を染めた。
そこまでして天兄が戻ってきてくれた再会の日は、天兄が死んで丁度10年経った日だった。
聞かされた話はかなり現実離れしていて。普通の人はきっと疑うんだろうけど、そんな気持ちが少しもないおれは、ただボロボロと泣きながらそれを聞いていた。
おれの部屋のベッドに腰かける天兄の膝の上に横向きに座りながら、その胸に顔をすり寄せる。
「“約束”通り、お前…俺と…結婚するんだぞ?」
零れ落ちる涙を唇で拭ってくれた彼は、ニヤリとして言うんだ。
「……どんなときも、おれを守ってくれるならね?」
おれは止まらない涙で頬を濡らしながらも、笑って首を傾げる。問うようなその視線に、額と額をコツンと合わせられる。
「戻ってきてやっただろ」
「うん」
見つめられた黒に見えるほど濃い藍色の瞳に、おれが映ってる。それが幸せで幸せでたまらなくて。
「……好きだ……」
「おれも…好きだよ」
おれたちはどちらともなく唇を寄せあった。
「んっ…」
何度も何度も唇を合わせながら、お互いの着ているものを脱がしていく。天兄は手馴れたもので、やっと白いスーツの上着を脱がせたころには、おれはもう何にも纏うものがない状態だった。
気持ちよくてなかなか力も入らなくて、ボタン1つ外すのにも時間がかかった。
「ん! んぁ…」
その間に伸びてきた指先に胸をかすられて、ずれた唇から声が漏れる。吐息も声も自分のものだと言わんばかりにまたしっかりと天兄の唇に覆われ、くちゅ、くちゅ、と甘い音を立てて口腔内を舐められれば、腰の奥がだんだんと痺れていく。
おれがやっとのことで天兄のシャツのボタンを全部外し終わると、唇と一緒に身体を離した天兄が自分で服を脱ぎ去った。
う……わぁぁぁっ!!
最後の砦は許していなくても、もう1ヵ月近くこんな関係を続けてるっていうのに、おれが天兄の裸を見るのはこれが初めて。
引き締まったその身体は、男のおれから見てもあこがれるようなバランスの取れ方で。ほどよい筋肉の乗ったそこから目が離せなくなった。
……そして。
隠そうもしない天兄の欲望は、もうしっかり立ち上がっていて。
目の前が真っ赤になるんじゃないかってほど、全身が熱くなった。
「その顔……煽ってんのかよ」
舌打ちが聞こえたと思ったら、唇にかぶりつかれてた。
「ぅん、ん――っ」
ベッドに押し倒されながら奥の奥まで探られる。乱暴に差し込まれた舌はおれのそれを絡め取ると自分の口の中へと導き、軽く歯を立てたかと思ったら先っぽを吸う。
甘痒い感覚に、とろり、と自分のソレが濡れたのがわかった。
「…ぁんっ!」
すべり落ちてきた唇が次に捕えたのは、おれの左の乳首。舌先で上下に弾かれて固くなるそれを、舌全体で押し潰されて背筋がしなる。
右側のそれも指で撫でられてたかと思えば、突然きゅうっと捻られて、気持ちよさに天兄の金髪頭を抱きしめた。
……胸が弱いおれは、自分でも気づかないうちにピンと立ち上がったそこを天兄擦り付けて、強欲に快感を得ようとしちゃってたんだ。
「も…あぅ、そこばっ…かぁ、んっ……だめぇっ」
「じゃあ、手ぇ離せよ、幸」
天兄はそれ以上言わなかったけど、笑いを含ませたその言葉が、お前がそこをいじめてほしいんだろ、と指摘してるような気がして湯気でも出そうだった。
恥ずかしさにおずおずと腕を緩めたら、そのまま下に動いてきた唇は躊躇いもせずにおれの膨らみを口に含んだ。
「んんっ」
思わず鼻が鳴る。
官能を煽る水音を響かせながら顔を上下に動かされ、喉の奥で先端を締め付けられ。腰を中心にびくんびくんと身体が跳ね、ベッドのスプリングが軋む音が微かに耳に届いた。
「やっ…て、んにっ……も、イ、イっちゃ……ぁ――――っ!!」
もうだめだと自己申告したにもかかわらず。一層奥までくわえこんだ天兄は、おれが放った精液を全て受け止めると音を立てて飲み込んだんだ。
「…ぁ…」
顔を上げた天兄の唇は、濡れて光って…すごく色気があって。イったばかりの敏感な肌がぞくりと粟立った。
すっ、とすぼまったままの後ろに指を伸ばされ、慌ててその手を掴む。
どうした、とでも言うように寄せられた視線にごくりと唾を飲み込んだおれは、
「…お、れも……する…っ」
消え入りそうなほど小さい声で言いながら、天兄のソレに手を触れた。
「無理しなくていいんだぜ?」
口はそう言うくせに、顔は嬉しそうに笑っててさ。それ見ちゃったらもう、無理してでも頑張らなきゃって気にさせられて。おれは、無理じゃない、の意味をこめてブンブンと首を横に振って見せた。
ベッドに寝そべる天兄の身体を跨いで、目の前にそそり立つソレをまじまじと見つめた。天兄は天兄で、今、同じように、おれのを見てるんだろうと思ったら腰の奥が疼いた。
恐る恐る手を伸ばして天兄のを掴んだおれは、おれが1番感じる少し張り出した部分に唇を寄せる。
「…っ…」
息を詰めた気配に感じてくれたことがわかって、すごく嬉しくて。
もっともっと。いつも自分が与えてもらっているくらいの快感を天兄にも味わって欲しい。
おれは、アイスキャンディーを食べるように、ペロペロと全体を舐めはじめた。
「んぁ! んんっ」
急に、また高ぶりはじめてたモノくわえられ、びくっと揺れる尻を掴まれた。そして、いつの間にか手で温めてたらしいローションを狭間に塗りつけられる。
「ふぁぁ…っ」
ゆっくりとそこを押し広げて侵入してくる指に、天兄を舐めていた口から吐息が漏れた。
ぬるぬると動く指は、確実におれのいい所を掠めていく。その上、巧みな舌にも中心を慰められて……。
快感に弱いおれは、天兄のモノに触れながらも動けなくなってしまった。
それでも、ほんの少しでも頑張りたい。そう思って硬い先端だけを口に含んで刺激しながら、両方の手で上下に扱き上げる。と、先っぽから苦い汁が滲みだしてきて、おれは喜びをもってそれを味わった。
「ん、んぅ、うぅんっ……ああぁ!!」
深く抉る指先がぐりっと感じる場所を押した瞬間仰け反ってしまい、ちゅぽんと音を立てて口が離れた。
……もう、こうなるとおれは何にもできなくて。ただただソレを握ったまま、ぬめりを伴って滑る指に腰をうねらせる。
「あ、あう、も…こっちっ、できな…ぁっん」
「いいさ。俺はこっちで気持ちよくさせてもらうから」
矯声を混じらせながら必死に言えば、くすりと笑いながら天兄はずるりと指を抜いたんだ。
「…ゃっ…」
その感覚にすら震えたおれの身体を抱き起こし、体勢を入れ換えられる。仰向けになった腰の下に枕を入れて、少しでもおれが楽なように考えてくれるのは、恥かしいけど嬉しかった。
「力抜いてろ」
大きく開かされた足の間に膝立ちになった天兄が、その高ぶりをおれの後ろにあてがった。
指よりもはるかに太いソレに思わず息を詰めそうになったけど、言われたように力を抜こうと深呼吸を繰り返した。
吸って吐いて、吸って吐いて……
…おれが、何度目かに息を吐き出した瞬間。
「っ…あ、あぁあ……ぁん!」
ズンという衝撃と共に侵入してきた塊に、卑猥な悲鳴が上がってしまった。
お腹の奥に感じる強烈な圧迫感は、当たり前だけど今まで経験したことなんかなかった。でも、天兄に長い間慣らされてきたそこは、ほんの少し痛みを感じさせただけで、難なく全てを受け入れてちゃったんだ。
「大丈夫…か?」
「う、ん…っ」
心配そうに聞いてきた天兄は、おれが頷くのを確認してようやくゆっくりと動きはじめた。
ゆるゆるとソレが出たり入ったりする度に、鳩尾辺りからゾワゾワと何かが広がっていく。最初気持ち悪いような不思議な感じだったんだけど、次第に甘い息が零れるようになった。
「ひ、あっ」
腰を掴んで軽く揺さぶられると、勝手に声が出た。それでおれが感じていることがわかった天兄は、少しずつスピードを早めながら、色々な角度で突き入れてくる。
「ひゃぁん!」
奥の奥。指じゃ触られたことがないくらい深い場所に硬い先端が触れ、一段と大きな矯声が上がった。
「ここか」
「…え? あ、あ、あ、あ、ん、んんっ」
宝物でも探し当てたかのようにニヤリと笑った天兄は、そこに当たるようにみっしりはめこんだまま小刻みに腰を揺すって中を苛める。おまけにぬるぬるになったアレを、動きに合わせて擦られて。
少し後には、もう……何が何だかわからない状態になってた。
「ひぃぅ、んんっ! やっ、てん、にっ…ぃあ、あ、あ」
突き上げられる度に悲鳴を上げながら、縋りついているその人の名前を呼ぶ。
と、耳元に吐息と一緒に吹き込まれる。
「……天斗、だ。幸」
「ゃぁ…っ」
記憶を取り戻して以来、恥ずかしくてどうしても呼べなくなった名前。言うように促されても、やっぱり羞恥が勝ってしまって、おれはいやいやと首を振る。
でも、天兄は許してくれなかった。
「天斗だ」
もう1度はっきり告げると、両方の乳首を捻りあげた。
「ひぅっ」
飲み込んだものを食むように収縮させながら、背をしならせるおれ。すごく感じる、けどそれだけじゃイくことはできない。
もっと強い刺激が欲しくて腰を揺らすけど、天兄の助けがなければ気持ちいいところには当たらない。それがもどかしくてたまらなくて。目に溜まった涙を零しながら、おれは…白旗を上げるしかなかった。
「……てん、と………」
きゅ、と無意識に締め付けたそこで、穿たれたものが大きく膨れた。
「…もっと、呼んでくれ」
欲望に掠れた声でそう言われたら…もう、恥かしさもどこかに飛んで行ってしまった。
「あ、て…天斗っ…て、んんっ……んぁ、て、天っとぉ、ぁあぁっ!」
呼ぶ度に速度を増していく天兄の動きに、パンパンと肉のぶつかる音がいやらしく響き渡る。
中を突き破られるんじゃないかってほど激しく。がくがくと力の入らない身体を揺さぶられると、もう頭の中は真っ白で。
「も、だめっ…あ、あん、あっ、ゃあんっ…だっ、だめぇぇぇ!!」
あられもない声を出して、天兄の背中に爪を立てる。ギュッと閉じた瞼の裏がチカチカしはじめたとき。
「 ―――― 」
耳元で囁かれた愛の言葉に大きく腰が跳ね上がった。
「…―――――――っ!!!!」
身体の中で震えた後、体内に熱い迸りを感じる。感じる部分にかかったそれもまたおれの身体を痺れさせて。
今までで1番の快感に身を任せながら、愛しい人の身体をギュッと抱き締めた。
あれから1年。また、桜の季節がやってきた。
おれは“守護天使”のおかげで大きな不幸に見舞われることなく、無事に大学に合格。ついこの間から、ひとり暮らしをはじめたんだ。
ひとりと言っても、おれには“ひとり”じゃないんだけどね。
「幸〜、遅刻するぞ〜」
ゆさゆさと身体を揺さぶられて目を覚ませば、時計の針はもう8時半をとっくに回ってた。いくら大学に近い場所に部屋を借りたからって、自転車で10分はかかるから…本当にヤバい時間だ。
「!!! な、何でもっと早く起こしてくれなかったんだよ!」
勢いよくベッドから飛び起きたおれは、相変わらず白いスーツに身を包んだ男に文句を言いながら、大急ぎで服を着替える。
「目覚ましかけなかったのはお前だろ?」
「かけさせてくれなかったのは天兄だろ!」
昨夜、ベッド脇に置いた時計に手を伸ばしたおれを捕まえて、それどころじゃなくさせたのは間違いなく天兄で。
キッと睨み付ければ、ニコリと笑顔が返ってくる。
「天兄?」
「うっ……て、てて、天斗だろっ!?」
「よろしい」
「よろしい、じゃなぁい!!」
急いでいるにも関わらず、“天斗”と呼ぶことを強いる天兄 ―― もとい、天斗は、怒るおれを気にすることなく満足そうに頷いてる。
いまだに慣れないおれもおれだけど、なにもこんな1分1秒を争うときに言わせなくてもいいだろ!!
「あーもうっ! 急がないと!!!」
時計の長針は9を指していて。リミットまで15分切って焦ったおれは、乱雑に荷物を持つとバタバタと玄関に向か……おうとして滑った。
ドスンッ
「あーあー……お前は元からそそっかしいんだから、焦ると損だぞ」
尻餅をついて顔をしかめていたおれを、言いながら立たせた天斗は、コツンと額を合わせてくる。
「落ちついて行ってこい。見ててやるから」
「…うん」
褐色〔カチイロ〕の瞳に映る自分は幸せそうに微笑んでいた。
すっかり焦りのなくなったおれは、玄関に行って靴を履く。
ドアノブに手をかける前に振り向けば、そこにはおれと同じように幸せそうに笑う天斗がいて。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
ちゅ、と触れるだけのキスを交わして、おれは部屋を後にした
- end -
2013-11-23
本編はこれにて終了です。
続きからは番外編2話〜。
屑深星夜 2011.4.28完成