「ただいま〜」
「おう、お帰り」
大学から帰宅し、ガチャリと音を立てて玄関に入れば、白いスーツに身を包んだ天斗が微笑みと共に迎えてくれた。
「今日は遅かったじゃねぇか。どっか寄ってたのか?」
そ知らぬ顔して聞いてきたことに、おれは頬を膨らませる。
普通なら、こういう会話するのは当たり前かもしれない。でも、おれたち…というか、天斗にそれは当てはまらないんだ。
だって、彼はおれを守るためにわざわざ天界から戻ってきてくれた“守護天使”なんだから。
天使って言うだけあって、天斗が見える人間はおれだけ。
おれの邪魔にはなりたくないって、アパートを出たおれの前にはめったに現れない。けど、おれが不幸体質のせいで危ない目に合わないように、影から見守ってくれてはずなのに…。
「……見てて知ってるくせにっ」
靴をちょっと乱暴に脱ぎながら言えば、天斗はニヤリと笑って見せる。
「新婚家庭なら、普通こういう会話するもんだろ?」
「!? し、新婚って…!」
「結婚の約束もしてて、ひとつ屋根の下で暮らしてるんだから、似たようなもんじゃねぇか?」
た、確かに…約束したし、ふたりで(周囲から見ればひとり)暮らしはじめて1ヵ月半だけどっ。新婚なんて言われると、すごい恥ずかしいだろっ!!
………でも、正直言えば……嬉しい気持ちもある。
おかげで、否定する気のないおれは照れ隠しに口を開く。
「…じゃ、じゃあ、天斗の方が奥さんだからな!」
「何でだよ」
「家でおれの帰りを待ってるのは天斗だろ?」
だから、天斗の方が、とこじつけてみる。ただ、“奥さん”って言葉を口にしただけで顔が熱くなってしまって、面白そうにおれを見る天斗は肩を竦める。
「最近は“主夫”ってのもあるから、一概にそうとも言えねぇけどな」
「い、いいの! 天斗が奥さん!」
その瞳に見られてるのが耐えられなくて、プイとそっぽを向けば。
「はいはい。じゃ、おれが奥さんな」
そう言ってクスリと笑った天斗は、玄関から上がってすぐのところで立ち止まっていたおれに、
「おかえりなさい、あなた」
という言葉と共に、チュッと音のするキスをしたんだ。
う、わ……っ!
おかえりのキスは、この部屋で暮らしはじめていつもしてること。それなのに、一瞬にして顔全体が火を噴くようになってしまったのは、絶対“あなた”と呼ばれたからだ。
たった1回でこうだろ?
……きっと天斗は、おれの反応を面白がってこの“新婚ごっこ”を続ける気がする。もし、もう1度言われたら、今度は絶対耐えられなさそう!
「や、やっぱりおれが奥さんでいい!」
そうすれば名前か“お前”って呼ばれるだろうから、いつもと変わらないしっ。元からおれが奥さんポジションなわけだし!
…と考えて言い放ったおれは、大股でリビングに歩いて行き、中央に置いてあったローテーブルに肩からかけていたカバンと、手に持っていた紙製の箱を置く。
「なんだよここまでやっといて」
「だって…あ、“あなた”なんて…っ」
後ろから追いかけてきておれの肩をガッチリ掴んだ天斗は、おれの耳元に唇を寄せてくる。
そして……
「お返しのキスはしてくださらないの? あ・な・た」
……甘く囁かれたその声に、下半身の力が抜けた。
「おっと」
床に膝がつく前に、軽くおれの身体を支えた天斗の顔は、憎らしいくらい楽しそうに笑ってて。
「幸〜?」
ポーッとしたまま動けないでいたおれの顔を覗き込んだテントは、催促するように自分の口を指で示す。その仕草にすら体温が上昇するのを止められないおれは……。
「……た、ただいま…っ」
消え入りそうなほど小さな声でそう言って、唇を寄せた。
「…んっ、ん……」
そんなおれの首元をしっかり押さえて、挨拶じゃないくらい深いキスを返してくる彼に縋りつく。
迎え入れた冷たい舌に自分のそれを絡め取られ、歯を立てられ、吸われればそこから全身に甘痒いような痺れが広がり。
「……っ…はぁっ…」
歯列をなぞった舌が上顎を執拗に撫でてから離れて行くころには、おれの頭の中は霧がかかったようになっていた。
「…さーてと。では、1日外で頑張って来た旦那様にしっかり“ご奉仕”いたしますか」
「え……?」
ひょいと、おれの力の入らない身体を持ち上げて、小さな子どもを抱っこするように縦に抱く。おれの思考が動き出す前に寝室に連れて行かれ、ボスっと音を立てて下ろされた。
スプリングを軋ませながら乗り上げた天斗は、機嫌よさそうな笑顔を浮かべたままスーツの上着を脱ぎ捨てる。
「って……今から!?」
「今から」
やっと状況を把握してまた羞恥に頬を染めたおれの問いに、間髪いれずに答えられ……。
「そ、それって、“奉仕”じゃなくて天斗がヤりたくなっただけじゃ…?」
言いながらシャツのボタンを1つ1つ外しながら近づいてくる彼から逃げるように後ずされば。
「…そうとも言う」
見ただけで身体が熱くなるような笑みを見せ、掴んだ手を引っ張っておれの身体をすっぽりと抱きしめた。
おれの背をベッドに押しつけながら、額から順に下りて来る触れるだけのキスは、さっき貪った唇を通り過ぎ、首筋から胸元へ下りて来る。僅かの間だっていうのに、着ていた2枚重ねのカットソーは既に脱がされて、立ち上がった小さな尖りが露わになっていた。
「やぁっ、そこ…っ」
唾液で濡らすように周囲を舐められただけで声が出る。
「や、じゃねぇだろ?」
「んっ…ん!」
濡れたそこにふぅっと息を吹きかけられ、もどかしい刺激に思わず胸を反らせる。
けど、どれだけ待っても乳首に直接刺激が与えられることはなく。そこを弄られることがどれだけ気持ちがいいか知ってるおれは、緩慢なそれに耐えられなくなった。
だから。
「や、じゃなくて何て言うんだ?」
「そ、こ…いいっ…きもち、っん」
促されるままに、気持ちいいと。そこが感じるんだと口にした。
「素直でよろしい。そんな旦那様にはご褒美をあげなくちゃな」
右側は舌先で押しつぶすように。左側は親指と人差し指で摘んで引っ張られ。
「ひぃうっ」
待ちかねた快感にギュッと天斗の金髪頭をそこに抱き寄せていた。
弾くように舐められ、指先で押し込まれ。先端に爪を立てたかと思えば、優しく吸われ。
散々そこをいじめられたおれは、いつの間にか脱がされて天斗の前で大きく足を開いていた。
「あーあー…胸だけでこっちもぐちゃぐちゃにするなんて」
優しく掴まれたそこはぬるりとしていて、もう自分が零した先走りで濡れているのがわかった。そこを緩く擦り上げながら移動し、おれの顔を真上から見下ろした天斗は、見せつけるように唇の肩端を上げる。
「相変わらず淫乱ですね、あ・な・た」
「…っ!!」
ビクンッ、と天斗の手の中のモノが大きく震えた。
「……お前、こう言うプレイにも弱かったんだな」
零れる笑いと共に面白そうに言われて、自分がイってしまったことに気が付いた。弱い胸への愛撫で高ぶっていたけど、“あなた”と呼ばれただけで達してしまうなんて!!
恥かしくてたまらないおれは、身体を捻じって枕に顔を押し付けた。
自然とうつ伏せになったおれに覆いかぶさって来た天斗は、耳元で囁く。
「あなた、可愛い」
「…ぁっ…!!」
全身に電気が走ったみたいに震え、さっき吐きだした下腹部の辺りにまた熱が集まりはじめる。
天斗と身体を重ねるようになって……色々恥かしいことはさせられてきた。けど、唐突にはじまった“新婚ごっこ”でこんな風になるなんて思いもしてなかったおれ。
経験したことのない己の反応に、もう、どうしていいかわからなくなったおれの目からは、ポロポロと勝手に涙が溢れはじめた。
「もっ、や……幸って呼んでっ」
すすり泣きを聞いてだろう。少し身体を離した天斗は、おれを反転させて仰向けにすると横からひょいと覗きこんでくる。
「そんなに“あなた”が嫌かよ」
多分…本心は、嬉しいんだ。でも、そう呼ばれてしまうと自分が自分じゃないみたいにおかしくなる。だから、ちょっと怖くて…嫌で……。
何て答えるべきかわからずに泣きながら顔をしかめれば、溢れる涙を唇で吸い取られる。
「やっぱり奥さんのが向いてるのかね? 幸」
鼻先が触れ合うほどの距離で名前を呼ばれて、おれは天斗の首に縋りついた。
ぬちゅ、ぬちゃ、とおれの後ろから濡れた音が響いてくる。
天斗の長くて冷たい指を3本入れられて広げられたそこは、収縮を繰り返して与えられる快感を貪っている。
開いている手は内腿に添えられたまま。中心は触られていないのに、またしっかりと立ち上がって透明な涙を流していた。
「やあぁっ、てん、とっ…もう、入れて…っ、入れてぇ!」
手を伸ばして蕾をほぐすそれを掴めば、ズルリと抜きさった天斗がおれの足を抱える。
「おねだりが上手くなったな、幸」
そして、熱い塊を蠢くそこにあてがって、一気に奥まで突き立てた。
「あぁぁあっ!」
衝撃に仰け反ったおれの腰をしっかりと掴んだ彼は、そこを小刻みに揺らす。
その度に、いい所に当たって声が勝手に飛び出していく。
「あ、あ、あ、あ…っ」
「いいか?」
「ぅ、ん! きもちっ…ぁあん!」
あえぎ声を止められないおれを見て、天斗は目を細める。
「お前、ほんっとはめたまんまのが好きだよな」
「す…きぃ…すき…っぁ、あ、あぁぁっ!」
だんだんと腰の動きが大きくなり、中をズルズルと擦られる。さっきまでの弱い刺激もよかったけど、また別の快感が溢れだして一段と大きな声が出る。
「そう言うお前が…俺も好きだぞ」
彼らしい笑みと共に告げられて、キュッと食んだものを締め付けた。それに息をつめた天斗はさらに激しく腰を打ち付ける。同時に大きくなるベッドの軋みが聴覚を煽って、ゾクゾクと全身が粟立った。
「……っ……イくぞ……っ」
「! ぁ、あぁぁ―――――っ!!!」
ほとんど同時に絶頂を極めたおれたちは、息の上がったお互いの身体を抱きしめあったまま、しばらくベッドの上で過ごした。
帰って早々にベッドに連れ込まれ、激しい運動をしちゃったおれは……今、腰が立たなくって。服を着るのも億劫でシーツに包まっていた。
すっかり元のスーツ姿に戻った天斗がおれの頭を撫でながら聞いてくる。
「で、洋菓子屋で寄り道して、何買ったんだよ」
そこでテーブルの上に置いた箱の存在を思い出した。
「…見ていいよ」
動けないおれがそう言うと、隣の部屋から取って来た箱を持ってベッドの端に腰かける。おれは、目を細めながら、テープをはがして箱を開ける天斗の様子を見守る。
軽い音を立てて開いた口から中を覗きこんだ彼は目を見開いて固まってしまった。
「“天斗、誕生日おめでとう”」
だから、おれは言ってやった。視線の先にあるだろう、チョコレートのプレートに書かれたメッセージを。
「ホントはホールで買いたかったけど、天斗もおれも甘いもの好きじゃないから1個だけな」
おれからは見えてないけど、箱の中にはショートケーキが1ピース分入ってるだけだ。その上に無理矢理頼んで、誕生日用のメッセージを入れたプレートを乗せてもらった。
5月13日 ―― 今日は、天斗の誕生日なんだ。去年再会したときは、おれ自身が大変だったし…まだ天斗のこと思い出してなかったからできなかったけど、今年は絶対お祝いしてやろうと思ってた。
「誕生日なんて…俺はもう年はとらねぇぞ?」
「知ってるよ。でもおれにとっては天斗は生きてるもん」
視線をケーキから外さず、小さな声で呟く彼にそう言って、おれは身体を起こす。
「それに、見た目、おれに合わせて変えてくれるんだろ?」
ちらり、と藍色に近い瞳がこっちを向いたと思えば、微かに頷く。
今まで見たことないような天斗の反応に内心目を見開きつつ。
「24歳、おめでとう」
ニコリと微笑んで見せれば、彼の頬が朱色に染まった…ように見えた。すぐに背中を向けられてはっきりとはわからなかったけどね。
「…ありがとよ…」
少しして、微かに耳に届いたお礼の言葉は……どことなく震えていたような気がした。
- continue -
2013-11-23
「ポケクリ」にて、全体作品閲覧数5万超えのお礼に書いた作品。
屑深星夜 2011.6.16完成