天の幸せ 番外編2

天の幸せ 番外編2「いつもの帰り道」


 夏休みからはじめたカフェでのバイトを終えたオレが家路に着いたのは、6時をまわったころ。

 バイト先の店 ―― 『喫茶ほのか』は商店街を抜けたところに広がる、住宅街の外れにある。
 正確なところは知らないけど結構古い建物みたいで、おとぎ話に出てくるお城の小さい版みたいに可愛い木造建築だ。室内も外のテイストと合わせてはあるんだけど、ちょっと大正時代にタイムスリップしたような……そんな和風な雰囲気もあるあったかい空間になってる。


 おれが『ほのか』を知ったのはひょんなことから。……って言っても、大学へ通学してる最中に自転車のタイヤがパンクしただけなんどな。
 かなり減ったとはいえ、おれの不幸体質は存在してるみたいで、時々あるんだ。買い物してたらおれのキャベツにだけ虫がついてたり、買った服に最初から穴が開いてたり、郵便物が間違って入ってたり……ね。でも、昔と比べたら危険は減ってるし、むしろその不幸があってよかったかもって思えることもあったりする。

 このときもそうだ。

 ちょうど店の前でパンクして、こりゃ授業に遅刻するな…って諦めてたらさ。店先の掃除にマスターが出てきて、自分の自転車貸してくれたんだ! それも、帰ってくるまでに修理に出してといてくれるって言って………こんないい人に出会ったのはじめてだったよ。
 で、その日の帰りにお礼も兼ねて店にお邪魔したんだけど……なんだろ? 家にいるときみたいな居心地の良さになかなか店を出る気にならなかったんだよな。
 コーヒー1杯で1時間以上粘って、名残惜しくもようやく会計しようとレジに行ったとき、壁にバイト募集の貼り紙があるのを見つけたんだ。
 ピンと来たってこういうこと言うんだなぁ〜。そう実感できるくらい、これだっ! って思ったおれは、その場でバイトさせて下さいってお願いして今に至るわけなんだけど……。生まれ持っての不幸体質のおかげで(ただのドジだって言うやつもいるけど)色々失敗するんだけど、それでも雇い続けてくれるマスターにはホント感謝だ!


 『ほのか』から自転車に乗って商店街に差し掛かる。
 空は真っ暗だけど、夏だったらまだまだ夕方っていう時間だ。さすがに人通りが多いから、おれは自転車を降りてから商店街のアーチをくぐった。

 ここを通るようになったのは4月 ―― 引っ越して来てからだから、もう9ヶ月になるのか。

 おれが住んでるアパートは商店街を抜けた反対側にあるんだ。通学にも使ってる道だから見慣れてしまってはいるんだけど、商店街って面白いよな。大型ショッピングモールだってそうだけど、季節感先取りしてその時々に色んな風景が楽しめる。
 ちょっと前まではハロウィンだったけど、11月に入ってからはもうクリスマス一色。花屋にはポインセチアがズラッと並ぶようになったし、パン屋の窓を雪みたいな白い文字が飾るようになった。薬局にあるカエルの置物がサンタ帽をかぶりはじめたし、洋菓子屋ではクリスマスケーキ予約が開始だろ? 肉屋で買い物したときは「クリスマス用のチキンはうちで買ってよ」なんておばさんに言われもしたっけな。
 それに、八百屋さんの店先にでっかいリースがドーンと飾ってあってさ。お店の雰囲気には似合わないんだけど…みんなそれぞれクリスマスを楽しんでるんだって思うとちょっと微笑ましかった。
 今月初めには中央の広場に、アーチの天井にぶつかりそうなくらい大きなツリーが飾られた。夜になるとイルミネーションがキラキラ光って、商店街の明りの中だけどこれが結構綺麗なんだ。
 まぁ…もう1ヶ月近く朝晩見てるわけだから、ちょっと見飽きたといえば見飽きたんだけど。
 おれは広場の脇で歩みを止めると、ツリーのてっぺんで輝く金色の星を見上げる。
 いつもなら横目で見るだけでおしまいだけど…やっぱり今日は特別だろ?

 だって、クリスマスイブだもんな。

 いつも通りに買い物してる人ももちろんいるんだけど、どことなく家族連れとか…カップルが多い気がする。その誰もがみんな幸せそうな笑顔を浮かべてるのは、やっぱり今日がイブだからかな。
 その光景に目を細めながら、ハンドルから外した右手の指先でコイコイと空中に向けて手招きした。幸い、周囲の人はみんなツリーに目がいってるから、おれのその行動に変な顔する人もいない。

 え? じゃあ誰を呼んだかって?
 そんなの…決まってるだろ?

「……なんだよ? こんなところで呼ぶなんて」
 ふわり、おれの右側に現れたのは、真冬だって言うのに相変わらず真っ白なスーツに身を包んだ金髪の男 ―― 天斗〔テント〕だ。呆れ顔で肩を竦めるのを横目で見ながら、おれは小さな声で呟く。
「別にいいだろ? 今日は特別な日だからさ」
「特別?」
 一体何か、とその青みがかった目がじーっと見つめてくる先は…おれだ。その瞳に、自分が映っているのはちょっとこそばゆいけどすごく嬉しい。
 けど……。
「今日くらい一緒にツリー見よう? おれたち、恋人同士…だろ?」
 おれはそう言いながら手を伸ばして、冷たくて大きな手をギュッと握った。
 クリスマスって言えばやっぱりカップルのための行事だろ。
 去年は受験でそれどころじゃなかったから、今年が一緒にいられるようになって初めてのクリスマス。家族や友だち過ごすのとは違うクリスマスの雰囲気を味わいたいって思ってもおかしくないよな?
 “恋人同士”って口にしただけできっと頬っぺたが赤くなっちゃってるんだろう。パチクリと何度か瞬きしていた天斗が、ふっと鼻で笑うんだ。
「……幸〔コウ〕が言うなら一緒に見るくらい全然いいけどな? その間、ドジすんなよ」
「するか!! 立って見てるだけだろ!?」

 いくらおれでもその間に不幸(天斗に言わせるとドジ)な目に合うわけない!!

 …と、声は抑えつつ抗議するために天斗の方を向いたら、ガシャンと自転車のペダルに思いっきり躓いてバランスを崩す。おかげで自転車自体も傾いて転びそうになったんだけど……。
「あぁ、ほら」
 長い手が右手側のハンドルを掴んで自転車を支え、反対の手がおれの身体を抱き止めてくれてたんだ。
 頬に感じた低い体温をもう少し味わっていたいなんて思う自分もいたけど、そんなことしてたら周りの人から変に思われるだろ? だからパッと離れたおれはツリーの方を向き、結局迷惑かけた照れ隠しもあって責任を天斗に押し付ける。
「……今のは天斗が悪い」
「はいはい」
 きっと何か言い返してくるもの、とばかり思ってたんだけど、予想に反して返って来たのは肯定の言葉で。まぁ、そう言いながらも楽しそうに笑って肩を竦めてるから、これ以上おれの機嫌を損ねないようにって判断だろうけどさ。

 それにしたって、せっかくのクリスマスなのに!

「…ちょっとは雰囲気作ろうとか思わないのかよ!」
 マンガとかドラマだと、こうもっといい雰囲気でさ。
 ふたりで寄り添ってツリーやイルミネーション見て? 相手がそれに見とれてる間にそっと手なんか握ったりして? その手の中にプレゼントの指輪とかあったりしてさ!!!

 もっとこう、ドキドキワクワクするもんじゃないのかよ!!

 そんな憧れの片鱗も見えない状態に、自然と頬が膨らむのは仕方ないだろ?
 天斗はといえば、相変わらずニコニコ…っていうかニヤニヤ? 笑いながらおれを見てて。
「だってよ? お前を見てる方が楽しいじゃねぇか」
「楽しいって!」

「何してても可愛くて、お前しか目に入らない」
「…っ!!?」

 意地悪く端の上がった唇が紡いだ言葉に、ボンッと音でもしたんじゃないかってほど一瞬にしておれは茹であがった。

 だ…だだ、だ…だって!!! 天斗と再会するまで、れっ…れ、恋愛の“れ”の字も知らなかったんだ!! い、いくらいくとこまでいっちゃったっていっても、こういう経験はないに等しいわけでっ!!!

 見ていられずに逸らした視線をあちこちにやりながら、口をパクパクさせてたらクスリと笑う音が聞こえてくる。
「ほらな? 目を離しててこんな可愛いお前を見逃したらもったいねぇだろ?」
言いながらおれの左側 ―― 自転車のない側に移動した天斗は肩を組んできて……。

「今夜はクリスマスらしく、たーっぷり愛し合おうぜ」

 ベッドの中にいるときみたいに色気たっぷりに言いやがった。
 悔しいけど、容量いっぱいのおれは何か言ってやりたくても言えない状態。
 ……ううん。正直言えば、期待もしてるから……身体の奥の方から熱が湧き出してきて、さっき以上に顔が赤くなってると思う。
 天斗の腕に促されるまま歩き出したおれは、すれ違う人に不思議そうに振り向かれながら広場から出た。


 毎日というほど通ってる商店街のアーケード。そんないつもの帰り道を、いつもと違って“ふたり”で歩く。
 その事実は、これから待ってるであろう出来事のせいだけじゃなく、おれの心をあっためてくれる。
 もっとずっとそれを味わっていたかったから。

 いつもよりゆっくりと。

 1歩1歩踏みしめながら、おれたちの部屋に戻ったんだ。

- end -

2013-11-23

「ポケクリ」のサークル「クリスマス短編 書いてみよ〜(*´∀`*)」の企画に参加させていただきました。

「クリスマス」「溺愛」「ツリーの描写を入れる」の縛りは上手く達成できたのかできなかったのか不安ですが…。


屑深星夜 2011.12.15完成