だが何故そう感じていたのか分かる出来事にある日エルゼクは遭遇した。
いつものように子供達を教えた後、珍しくアーレが遅くなると言っていたので久しぶりにエルゼクはラインと家のすぐ先にある飲み屋に行っていた。
仕事の後の酒がとても大好きなエルゼクだが、実はあまり酒に強くない。
家で飲む時は今だとたまにアーレにも苦笑される。
それもあってかラインはいつも自分と一緒じゃないなら一人で飲みに行くなと言う。
酒に酔っても暴れるとか記憶を失うといった失態は犯したことが無いので何故そんなに警戒するのかよく分からないのだが、今日はラインが一緒なのでと心おきなく酒と飯を堪能した。
飲み食いしている間、色んな知り合い達がエルゼクのところに話しかけにやってきたが、何故か一部の者はラインに追い払われていた。
別に自分の中では酔っていてもしっかりしているというのに、帰りはラインが家まで送ってきた。そして帰っていった後、エルゼクは家の中を探すがまだアーレは帰っていなさそうだと気付く。
大人しく後ろ向きな性格そうだが、それでも傷心だったエルゼクには突然やってきたアーレの存在はありがたいものだったらしい。
いつのまにか、ずっと引き摺っていた彼女のことも忘れがちになっていた。
そして今、無駄に広い家が妙に静かに感じる。
アーレがやってくる前は普通に一人で住んでいたのになと苦笑しながらも、エルゼクは酔いざましの為もあってふらりと散歩に出ることにした。
流石にもう遅めの時間だから城壁近くはうろつかない。
誰でも自由に出入り出来ると言えども一応城門には警備の兵士がいる。そして夜遅くになると城門は閉じられる。
そんな際にこの辺りをうろうろしていると職務質問を受けかねない。
聞かれても何も後ろめたいことは無いし誰かと話すのは好きだが、流石に職務質問はごめんこうむりたい、とエルゼクは普段歩かないような方向に足を向けた。
飲み屋等で賑わっている道ではなく、少し外れた裏通りを通るとやはりその辺もひっそりとしている。
とはいえ腕に自信があるだけではなく大柄のもうすぐ三十になるような男である自分的に、全く不安になる要素は無かった。
石の囲いで出来たトンネルのような道を抜け、つきあたりに行く前に更に横にそれると河原がある。
……今宵は月も隠れて朧げだしな。特に目に楽しいものがある訳でもないだろうが……。
そんなことを思いつつふらりとそちらに足を向ける。だが河原につくと妙な気配を感じた。
何だ、これは……。
エルゼクとしては警戒を強めた筈だった。
慎重に様子を窺っていた筈だった。
だが歩を進め、草陰に倒れている、いや、明らかに死んでいる者を見つけた途端、背後から伸びた手に持つナイフがエルゼクの喉を狙っていた。
その瞬間体が固まる。
いや、それでも神経を研ぎ澄まし隙を狙って反撃に出ようと冷静になろうとしたが、背後に居る者からはほんの少しの隙も感じられない。
「どう、するつもりだ」
掠れそうになる声を何とか普通に聞こえるよう絞り出す。
背後の者は暫く黙っていた後、ため息が聞こえてきた。それを聞いた途端、背後から感じられる気配が変わった。
この雰囲気、どこか、で……。
エルゼクが思っていると「全く」と背後から声が聞こえた。
ああ、やはり……!だが……何故……。
「何故こんなところに来たんですか……エルゼクさん……?」
「な、んでアーレが……?」
「っつっても今世間話をしている時間は無いんですよねー」
いつものようにおずおずと話しかけてきた筈のアーレの口調が変わったかと思うと手に持っていたナイフの刃を返し、アーレはそのまま自分よりも二十センチ以上背があるはずのエルゼクの首をその華奢な筈の腕で締めてきた。
まずい、と思った時にはもう、エルゼクは落とされていた。
次に目が覚めると、どうやらそこは自分の家の、アーレに貸している部屋だと分かった。
「……ぅ?」
「ああ、起きた?おはよ。っつってもまだ夜ですけどね。あんたが落ちてからほとんど時間、経ってないから。落としてあまり放置するとあんたが危険ですしね。起きないなら活でも入れようかなと思っていたところかな」
とりあえずエルゼクは混乱していた。髪に手をやり何気につかみながら首を傾げる。
目の前に居る少年は、誰だ。
いや、どうみてもアーレなのだが、でも中身がアーレじゃない。アーレはこんなにすらすら堂々と話さない。
「いった、い……?」
「一体と言いたいのは僕ですけどね。あんた何であんなとこ来たんです。何で家に大人しくいないんです。ああでも酒の匂いがする。あのラインとかいうバカに誘われて飲みに行ってたんですね?は。そのせいって訳か。あいつまたしょうゆ飲ませてやる」
待って?
エルゼクはますます混乱してきた。
「ほんとマジ、お前、誰……!」
顔をひきつらせながらアーレらしき誰かを見るとニッコリと微笑んできた。
「やだなあ、アーレですよ。ああそうか、敬語やめろって言ってるのにまだ使ってるからですか?すいません、僕、敬語が基本なんですよね、実際も。まあなるべく普通に話すよう心がけるよ」
「そっちじゃねえ……!くそ!色々聞きた過ぎてっつーかツッコミ多すぎて何も言えねえ……!」
「落ち着いて」
「ああ、そうだな……、ってそうじゃねぇ……!ああくそっ。……お前、何者なんだ」
ニッコリと諭され一瞬頷きかけるもハッとなり、イライラとしつつようやく一番聞きたかったことが聞けた。
「え?だからアーレですよ」
「……」
無言でエルゼクが睨みつけると、アーレは楽しげに笑いかけてきた。
「そんな色っぽい顔をされたら押し倒したくなるじゃないですか」
「……。……って、は!?」
「酒、まだ抜けてませんね?あのラインのバカと飲みに行くのを良しとしているのは、あのバカでも防波堤にはなるからなんですよね。あんた酒飲んだら無防備に何か出てるの、自分で分かってないだろ。今までだってその腰に手をやられても親交の印くらいにしか思ってなかったよね?」
こいつ何言ってんの?
何者だと聞いてんのに、何訳の分かんないこと言ってんの?
「訳分かんねぇこと言ってねえで、正体を言えよ!」
「分かってないのはあんたなのにね。酒飲んでそんな風になる癖に基本意識とかはしっかりしてるからたち悪いんだろね。誤魔化されてもくれないし」
「だから意味分からねえっつってんだろが。そんな訳分かんねぇことで誤魔化されるかよ!……アーレ、お前は……人殺しなの、か?」
イライラとした後で先程見た死体を思い出し、エルゼクは俯き加減になりながら口にした。
あんなに美味しい料理を作るのに。
人参が嫌いだと言ったのにたまにおっちょこちょいのせいで思いきり人参と分かる形態で料理に出てきたりはしてたけれども、それでもいつも美味しい料理を作っていた少年が無残に人を……。
「人殺しだなんて人聞きの悪い」
「じゃ、じゃあ違うのか?あれか、もしかして何やら言い争いとかになってつい、とか……!?」
そんな訳あるはずがないというのにエルゼクはそうあって欲しいとアーレを見た。
アーレはまた愛らしい顔で微笑む。
「暗殺者と言ってください」
「嫌だァァ……!」
叩きつけられるような駄目出しをされ、エルゼクは顔を覆って突っ伏した。
「あはは、全く。だいたい人殺しかもしれないと思う者を前によくそんな油断した態度が取れますね」
「だってそう思いたくなかったしだな……そ、れに俺を殺すなら既にあの場で殺してるだろ……」
「二人も死体が転がるのが面倒なのでここで殺そうと思ったのかもしれませんよ」
じとりとアーレを見ると軽い調子でそんなことを言い返された。
「な……っ」
「ふふ、嘘ですけどね。あんたは殺しません。あの転がってたヤツはずっと標的だったんです。ただ逃げるのが上手いヤツでしてね。ようやくこの街に潜んでいるという情報を得たのは良いが、ここ、広いじゃないですか」
アーレは世間話をするかのようにニコニコと続ける。
「標的に気取られないよう探すにはどこかで一見普通に暮らしたいなと思っていたところにカモ……あんたが通りがかったって訳です」
「今はっきりカモって言った……!」
「で、ですね」
「無視かよ!」
「こうして居候させてもらいながら日々情報を得たり何気に探したりしていた訳です」
「じゃあ、仕事が見つかったとか言うのは……」
「仕事は始めからしていましたよ」
「ああくそ……っ」
エルゼクはまた突っ伏した。
「大丈夫ですよ。僕、暗殺者って言ってもやみくもに仕事を受ける系のじゃなくて、言わば国のお抱えですから。って言っても隠密ですけどね」
「何がどう大丈夫なんだよ……!?」
「ほら、いわば公務員?」
「何かちげぇだろ……っ」
「ふふ。あの標的もね、一応ほったらかしもあれなんで川に落としてきましたが、見つかっても上に報告がいけばもみ消されます」
お国こえぇ……!
エルゼクは青い顔をしながらアーレを見た。
「エルが青くなれば髪も目も青いんですから青まみれですね」
「こんな時にどうでも良いこと楽しげに言ってんじゃねぇ!ああくそ、何なんだよくそ……!……じゃあ名前も嘘なのか?」
何もかも嘘だったらと思うと、何故かエルゼクはとても胸が痛んだ。
「アーレという名前は本物です。僕はアーレ=オーソニア=クレウスと言います」
「ミドルネーム……お前、貴族なのか……?」
名字もない小さな村の村民も居れば、エルゼクのように普通に名字のある市民も居る。だがミドルネームはある一定の位の者しか持つことは出来ない。
「うーん、貴族だった、のほうが正しいでしょうか。元はといえば前の戦争であんた方の国と敵対していた隣国の人間なんです」
当時まだ小さな子供だったアーレは戦争時、貴族である親を殺されてしまったらしい。
それも敵国にならまだしも、内紛に巻き込まれてのことだった。その際に本当ならアーレも殺されていたか売られていたかもしれないのだが、たまたま紛れこんでいたエルゼク側の国のスパイに助けられ連れてこられたそうである。
「助けてくれただけじゃなく、色々と親身になってくれ、そして色んな勉強や技を教わりましてね。彼の役に立つことなら何でもしたいと思いました。それこそ僕の生きる意味とでも言いますかね」
人の役に、というのはある意味本当だったんだなとエルゼクはなんとなく思った。
ただ微笑みながら言う内容に、エルゼクは悲しげに俯いた。
「そう、だったんだ、な……」
「あはは、やだなあ。何故あんたが悲しむんです?確かにそう聞くと波乱万丈で辛い人生のようですが、僕はけっこう楽しんで生きてますよ?今はけっこう腕を認められてますしね、何でも引き受けないといけない訳でもない。だから気にくわないと思ったヤツを引き受けるんですが、なんていうんです?人の為、人の役に立つ上にうざい相手を咎められることなく成敗。楽しいでしょう?」
「楽しくねえよ……!」
なんてやつだ、と今度はドン引きしたようにエルゼクはアーレを見た。
先程悲しんだ俺を返せ。
そう思いつつも、実際のところは大変であったんじゃないかとも思う。
人の役に立ちたい云々というのは置いておいたとしても、アーレは自分が無力だと感じることをとても嫌いそうな風に今ですら見える。ここまでくるのにきっと相当大変な思いもしたのだろう。
「まあでもこんな仕事をしているせいでちゃんとした友達が中々作られないのは本当です。あと仕事の悩みなども軽々しく打ち明けられませんしねえ」
しみじみと考えているとニコニコ言われ、エルゼクはハッとなった。
「そ、そういえばお前、俺に話し過ぎなんじゃねえのか!?ま、まさかやっぱり俺を……」
殺す……?
最後は声にならなかった。
また青くなってエルゼクがアーレを見返すと、満面の笑みで見返された。
「やだなあ。殺さないと言いましたよ?ねえ、エル。僕、得体もしれない相手だというのに快く僕を助けて側に置いてくれたあんたのこと、とても気に入ってるんです」
「……は!?」
「ああ、そういえば前向きになる為に努力しないとでしたね。だめだなあ。ついつい楽な喋り方をしてしまう。エル、僕ね、あんたが好きなんだよね。それにこの街はとても仕事がしやすそう。どこの街や村に動くにも動きやすいところにあるし、街自体が大きいから人も集まりやすい上に僕自身紛れ込みやすい」
なにを、言って……?
エルゼクはポカンとアーレを見る。
「ここで今後も一緒に暮らしましょうね」
「嫌だ!」
国だろうが何だろうが、暗殺者と共に暮らす、子供達の先生など聞いたことが無い。
だが立ち上がろうとするとそのまま押し倒された。
また絞め技か関節技か何かをかけられるのかと警戒しながらもエルゼクはアーレを睨みつける。
「またそんな色気のある顔で僕を見る」
「……っお前何言ってんの!?俺は睨んでんだよ……!だいたい好きとか色気って何だよ。お前男なんだろ?そもそも俺とすげえ歳離れてんだろが少年!」
「少年、ね。まあ周りに誤解されるのは色々好都合だから良いんですけどね。僕、これでも二十歳にはなってるよ。さっきの話聞いてた?前の戦争で僕があんたの思うような年齢だったら生まれてないか赤ちゃんでしょ」
それを聞いてエルゼクはハッとなった。
確かに戦争休戦が十三年程前だった。その前に隣国で起こった内紛というのなら少なくともそれよりは更に一、二年は前になるだろう。
唖然とした顔でエルゼクがアーレを見返すと、またニッコリと微笑んできた。
「まあ確かに国の裏事情だものね。僕のこと誰かにばらしたり何か話したりしたらエルゼク、大変かもだね」
「お前!それが好きな相手に言う言葉か……!」
「あれ?好きでいて良いのかな?」
うふふ、と可愛らしく笑うとアーレはとりあえずエルゼクを起こしてくれた。
「ちゃんとこれからも美味しい料理、作ってあげるから。たまに人参も入れて、ね」
「あれ、わざとだったのか!?」
確かに暗殺者というくらいなら、おっちょこちょいでは務まらないだろう。
先程言っていた「ラインにしょうゆ飲ませて」と同じように、わざと嫌いだと言った人参を入れてこられてたんだと分かり、エルゼクは顔をまた引きつらせながらアーレを見た。
「エルってば人間観察好きみたいだけど、まだまだ甘いよね。発音等に気づいてきた時はやるなぁって思ってたけどね」
ニッコリと笑うと、油断しているエルゼクの唇にほんの軽くだがキスをしてきた。
ポカンとした後にようやく頭に今のことが回ってきたエルゼクは赤くも青くもある顔色になり飛び退る。
「あはは。安心して?そんな直ぐに襲ったりしないから」
アーレはニコニコと微笑んだ。
「な、にを……」
「獲物はゆっくりじっくり仕留めたい派なんだ」
色々と既についていけてないエルゼクに、アーレは更に可愛らしく微笑んできた。
- end -
2015-9-7
「Guidepost」様に書いていただきました!
私が書こうと思ってた内容とはあまりに違いすぎて。
そして、意外な設定が面白くて! すっごく楽しませていただきました!
ホント「書く人らしさ」が出て、この設定交換楽しかったです〜♪
また機会があったらやりましょうね!
ありがとうございました!!