まるでそこだけ切り取られてしまったかのように、すっぽりとなくなってしまった記憶。しかし、どのような経緯で森林公園にやって来たかということははっきり覚えていてる。
己は一体何のために公園にいたのか。一体何をを待っていたのか。
それを確かめるために、日が暮れてから天祐のバーを訪れた。
「いらっしゃ〜い! あら、凍鉉ちゃん。どうだった?」
「……よく、わからない」
「え?」
「私は何のためにあそこへ行ったのだ? 何故、そなたに占ってもらったのだ?」
落ち着いているように見えるが、その内心は混乱状態にあったようだ。ゆっくり話を聞いた方がいいと考えた天祐は、カウンター席の1つに座らせる。
「何があったの?」
「聞きたいのはこちらだ。私はあそこで何を待っていたのだ? そなたらに会いに行ったことは覚えている。だが何のためにだっ行ったのかがわからぬ!」
「人を探してるって凍鉉ちゃんが言ってたのよ?」
「人……?」
思い当たることが全くないらしい凍鉉に、本人から聞いていた範囲のことを説明する。
庵に勝つために、己の能力を磨きなおしていたこと。
そのとき偶然、記憶にない男の姿を作り出してしまったこと。
それが誰なのかが気になって、庵の元へ行ったこと。
そして、薫たちの元へ連れられ、占いのできる天祐を紹介されたこと。
知っている全てを話したはずだった。大半のことは凍鉉の記憶にも残っている。しかし、肝心な部分は消えたままで、話して聞かされた後も思い出す様子はない。
「もしかして、記憶を消されてる……?」
「記憶を…?」
凍鉉が探している人物についての記憶だけがないのだ。明らかに不自然なこの状況から天祐はそう考えた。が、そう考えればこれまでの状況にも説明がつく。
その時、バーの入口が開く。
「薫さん、いらっしゃい。お疲れさま」
「……お? お前、来てたのか」
声の主は薫だとわかっているのに、身体は勝手に振り向いて……一粒の涙が頬を伝う。
「おい…っ!?」
「凍鉉ちゃん?」
どうして涙が零れたのか、理由などわからない。
けれども、薫を纏っている香りは、先ほど目覚めた時に残っていたものと同じ。
そう判断した途端、胸が苦しいほどに締め付けられて……。
「……い、たい……」
ポツリとした凍鉉の呟き。
ただ痛みを訴える言葉であったが、天祐にはそれが『会いたい』と言っているように思えてならなかった。
「大丈夫よ。もう1度アタシが占ってあげるから」
カウンター越しにポロポロと泣き続ける凍鉉に近づくと、グッと拳を握る。
「あー……じゃあ、今日はもう、店閉めとくか?」
天祐の意図をしっかりと汲み取ったに薫は、ポリポリと頭を掻きながらそう言うと、先ほど入ってきた入口へと戻ると、慣れた手つきで閉店作業を始めたのだった。
- continue -
2013-12-12
我が子、凍鉉(いづる)の10話目。
屑深星夜 2013.12.8完成