待つ、という行為がこれほど辛いものだとは想像もしていなかった。
1日がこれほど長いものだとも思ったことがなかった。
何をしていても忘れられない。
その日が来ることが、ただ、待ち遠しくてたまらない。
……前日は、明け方まで眠ることができなかった。
駅前の森林公園。池のほとり。メタセコイアの下。
天祐が教えてくれた場所を人に尋ねながら探し求め、池を望む場所に数本立ち並ぶメタセコイアの元へとたどり着く。高い場所から水面を見下ろすそれらの下に1つのベンチがあった。凍鉉はそわそわしながらそこへ腰を下ろす。
まだ朝も早い時間のため、ランニングをする人や犬の散歩をする人たちが時々前を通る。その度にピクリと顔を動かすが、見えない凍鉉にはそれが待ち人かわからない。
誰か一緒に来てもらうべきだったか、と後悔しはじめたのは、昼を回った頃だった。
ジャリ、と止まる足音。自分に向けられているらしい視線。
立ち上がってそちらへ向けば、それが逃げ出したのがわかる。
「待てっ!」
地面を蹴って数歩。追い越して目的の人物らしい男を止めるも、今度は反対側に逃げられる。
「逃げるなっ!!」
「っ!」
声を荒げることなど滅多にない凍鉉の叫びも、彼は止まらない。再び彼の頭上を超え、両手を広げてゆく手を阻む。
己が触れた相手は常人より低い体温によって死に至ることもある。嫌と言うほど知っていても、そうしなければならない気持ちの方が強かった。
ドン!
衝撃と共に凍鉉の頭の中に何かが切れる音が響いた。瞬間、ビクリと身体が跳ねて意識を失う。その身体が地面に倒れ込む前に抱え込んだ男だったが、口元を押さえたかと思うと咳と共に少量の血を吐いた。
手の中に受け止めきれなかった赤が、凍弦の頬に落ちる。
「……ごめんよ?」
その場にそっと凍鉉の身体を横たえた男は、跪いたそのまま細めた緑で見下ろす。無意識に伸ばした手で血濡れた頬に触れようとするが、目を閉じて首を振った彼は立ち上がって、ふらふらとその場から離れて行ったのだった。
「大丈夫ですか!」
近づく気配と声にハッと目を覚ました凍鉉は、その人物が己に触れる前に起き上がると、大丈夫だと告げる。
「頬に血がついていますけど…本当に大丈夫ですか?」
「血……?」
両手で触れた頬の片方に、まだ乾いていなかったらしい血のヌルリとした感触がある。痛みもないことから怪我はしていないはずだったが、何故自分がここで倒れていたかを全く覚えていなかった。
ただ、何かを待っていた……はず。
今日と言う日が来るのを楽しみにしていははず。
しかし、何を待っていたのかは、考えても考えてもわからなかった。
手指に残る血の香りと、微かに残る煙草の匂いに、ズキリと胸が痛んだ。
- continue -
2013-12-12
我が子、凍鉉(いづる)の9話目。
屑深星夜 2013.12.7完成