「あらぁ〜、それでアタシに会いに来たのね」
今まで会ったことのない人種に、思わずゴクリと喉が鳴る。
最初は庵もいたのだが「この人、占ってあげてください」とだけ告げて、さっさと帰ってしまったのだ。
今は閉店時間らしいバーの中に他の人間の気配はない。依頼者と会う時など、2人きりという状況は今までにもあったが、緊張したことなどなかった凍鉉。しかし、向けられた何とも言えない視線にまるで全てを見透かされているようで、とても居心地が悪かった。
「あなた、名前は?」
「凍鉉、だ」
「凍鉉ちゃんね。アタシは天祐(てんゆう)よ。よろしくね」
「あぁ……」
店はやっていないはずだったが、カウンターに座らされた凍鉉は、天祐に出されたグレープフルーツジュースをちびちびと飲みながら、その巧みな話術に引き出され、庵と知り合った経緯や、冬継たちと会ったこと、氷像の人物を探している理由まで、気が点けば語ってしまっていた。
居心地が悪かったはずの空気はいつの間にか柔らかく溶け、凍鉉の周囲を温かいものが包み込んでいるような気さえする。さすがに己の過去までは話すことはなかったが、庵たちが絡んでいるからとはいえ、仕事 ―― それも失敗したもののことまで言ってしまうなど、これまでにはなかったことだった。
己の変化に驚いていると、ふふふっと笑い声が聞こえてくる。
「まるで心が覚えてるみたいねぇ〜」
「心?」
「人はみんな全てのことを覚えてるわけじゃないでしょ? でも、完全に忘れてしまったわけじゃなくって、同じ行動をしたり、似た経験したり、特定のキーワードを聞いたりすることでふと思い出すことがあるじゃない」
コクリ頷けば、目を細めた天祐が空になったグラスを持つ。
「あなたの記憶は不自然なほどにさっぱり消えちゃってるみたいだけど、それでも覚えているなんて、そう考えたくもなるでしょ?」
氷とガラスの触れ合いで起こった澄んだ音を聞きながら、凍鉉はそっと己の胸に手を当てる。
あの日からずっとずっと探しているもの。
記憶の中にはいないのに、どうしてか“覚えている”人物。
会いたくて。
会えば何かわかるかもしれない、から……。
いや、例えわからなかったとしても、ただただ会いたくて。
「アタシで力になれるなら、視てあげるわ」
いつの間に隣の席に来ていたのだろう。目を向けたそこに“見える”光。闇に包まれた凍鉉の視界に、実際に映っているわけではない。しかし、そこに何かがあると、はっきりとわかる。
「……3日後。駅前の森林公園。池のほとり。メタセコイアの下……」
狐火を通して凍鉉を視たことで出てきたものを告げていく天祐。凍鉉は心の中で繰り返す。
「もしかしたら当たらないかもしれないけどね?」
「いや、助かった」
「お代は当たったらでいいわよ」
それは彼にしては珍しい言葉なのだが、知りもしない凍鉉は素直に頷く。
「また来てね〜」
明るく優しいその声に見送られながら、店を出た。
- continue -
2013-12-12
我が子、凍鉉(いづる)の8話目。
屑深星夜 2013.12.7完成