天祐によって示された場所は、凍鉉が探しているという男の部屋のようだった。
室内に人の気配がないのを確かめて、そっと忍び込み中の様子を探る。
充満する煙草の香りに顔を顰めざるを得ないのは、自分ではどうにもならない痛みが胸を襲うから。煙草自体が嫌いだからとばかり思っていたが、どうもそれだけが理由ではなかったらしい。
どのような部屋なのか、視界を持たない凍鉉には確かめようがなかったが、そっと壁に触れながら歩いていると、不思議なことにその先に何があるのか頭の中に浮かんでくる。
すぐの扉は洗面所とバスルームに繋がっていたはず。
その向かいはトイレだ。
奥の扉はダイニングキッチンで、丸テーブルに椅子2つが並んでいる。きっとその上にある灰皿には、吸い殻が山のようになっているのだろう。
ダイニングから繋がる部屋は寝室。まだ、ベッドくらいしかない殺風景な部屋なのだろうか……。
ちゃんと“覚えて”いる。
シナプスが繋がったのだろう。己の中に浮上してくる記憶に懐かしさがこみ上げる。同時に、何故、ここに住んでいる人間 ―― 探していたはずの人物のことだけは、全く思い出せないのかという思いに駆られ、悔しくてたまらない。
カタリと椅子を引いてテーブルに両手で触れる。手のひらから伝わる既視感に苦々しさを感じながら肘をついた凍鉉は、上半身を折り曲げて頬を乗せる。
煙草は嫌いだ。
でも、ここでこの香りに包まれているのは……好き、だった。
胸いっぱいに空気を吸い込み、身体の中をその匂いで満たせば、何故かジワリと涙が滲んで、口元には笑みが乗っていた。
ガチャリ
玄関の開く音に反射的に椅子を立ち、リビングの扉を開ける。
「おかえり、志乃……」
流れるようなその動作に、己の口を吐いた言葉。凍鉉自身も驚いていたが、迎えられた方の人物の方が動くこともできないほどにびっくりしていた。
見開かれた緑色の瞳に映る凍鉉の姿。
それは何故か闇に包まれた視界に投影され、自分で自分の姿を見つめる不思議な感覚。
そういえば、私はこんな姿をしていたな。
思いながら、未だ微動だにしていない気配に駆け寄って、躊躇いなく抱きつく。
「お主の負けだ」
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2013-12-12
我が子、凍鉉(いづる)の11話目。
屑深星夜 2013.12.8完成