「私はそなたのことを思い出したし、そなたも……私のことが忘れられなかったのだろう?」
肩に手は置いたまま見上げてくる凍鉉が、先日残してしまった血のことを言っているのだと気付いた尚久は口を開けない。
1人になって5年。能力を使うことを避けていても、どうしても大きな力を使わなければならない事態も起こった。そのせいで、己の肺が壊れた原因が凍鉉との別れの時に起こったということを忘れてしまったが、数多く存在する彼との思い出が全て消えてしまうまでには至らなかったのだ。
「……ほんと、凍鉉には勝てないな……」
泣きそうな声が落ちてくるが、己を抱きしめ返してはくれない手に息を吐いた凍鉉は、人差し指を付きつける。
「いい加減、腹を括れ」
しかし、まだ思いきれない尚久は弱々しく首を振る。
「俺が居たら凍鉉が傷つく」
「傷ついてもいい! 私にとっては、志乃の傍にいることの方が大切だ!」
傍にいることの方が大切。
その言葉は尚久の胸を鷲掴み、ジワリと目尻に涙が滲む。
「それに心配ない。私はもう、殺しから足を洗う」
フフンと不敵に笑う凍鉉に、尚久はギュッと抱きしめずにはいられなかった。
「会いたかった」
「私もだ。すっかり忘れていたはずなのに、会いたくて堪らなかった」
指先が覚えていた、恋人の姿。
知らず知らずにその姿を求めて、彷徨う心。
会いたくて、会いたくて。
無意識にも求めた相手。
「その姿、私に見せてくれ」
視界に映るのは、嬉しそうに笑う己の姿ばかり。見たくて堪らない尚久の姿だけはどうしても見ることが敵わない。
だから、触れて、確かめる。
両手で頬を包みこみ、指先で感じ取る恋人の形。流れる涙の温かさ。
「あぁ、志乃だ」
「……うん。俺だよ」
耐え切れなくなった尚久の方から口づけを落とし、触れるようなそれが離れた後、凍鉉の薄いそれに笑みが乗る。
「もう、離すな?」
頷く尚久に今度は自らキスをして、信じてもいない神に1つだけ祈る。
次の別離は、互いの間に死が横たわる時であるように。
- continue -
2013-12-12
我が子、凍鉉(いづる)の13話目。
屑深星夜 2013.12.9完成