凍鉉 2

「波紋」


「冬継(ふゆつぐ)……俺、帰ってもいい?」
 ふあぁ…と眠そうに欠伸をした千影(ちかげ)の頭に手を置いた冬継は、そこをクシャクシャと掻きまわしながら溜め息を吐く。
「お前は……。始まったとこだってのに、働くのはそんなに嫌か」
「嫌、というか……メンドクサイ?」
 冬継は首を傾げるその姿に、拳にした左手を千影のこめかみ辺りにグリグリと押し付ける。
「おら。俺も一緒にやってやってんだから、少しは真面目に働け」
「痛い……」
「はいはい」
 二人の背後には西洋建築の屋敷が一つ。大きな玄関扉から5人ほどの黒服に囲まれて出てきた、丸い物体 ―― 否、恰幅のいい中年男性は、高そうなオーダーメイドスーツに身を包んでいる。冬継たちの雇い主であるその男は、グロシール男爵。彼を狙う殺し屋を殺すことが今回の仕事である。

 昨日。屋敷から姿を消した妻に頬が緩むのを止められなかった男爵だったが、その妻が『凍星』に合っていたことをとある筋から入手し、自分の命が狙われていることを知る。慌てて己の身を守る者を増やしたが、相手はプロの殺し屋だ。守ってばかりでは埒が明かない。そこで、殺し屋を殺せるほどの人間を雇うことにしたのだ。


「車で移動か……」
 愛人宅に向かうのだろう。防弾ガラスであろう車のエンジン音を屋根の上から聞いていた『凍星』こと凍鉉(いづる)は、ふぅ…と息を吐く。
 出て行った車は3台。中央にターゲットであるグロシール男爵と運転手、助手席に1名の護衛。前方と後方には護衛が4人ずつ乗り込んだのを気配で確認している。
 その多くは取るに足らない雑魚だが、2名、気になる気配の者がいた。ピリピリと空気を通して伝わってきた気迫が、只者じゃないことを教えてくれていた。

 ……まぁ、私に敵うはずはない。

 そう思いつつも、己の内側で広がった波紋は、車の後を追う度に大きくなる。消えてしまえばよいものの、それは新たな波を引き起こし、段々と強くなる。
 気にするな、と首を振って平常心を取り戻したはずの凍鉉だったが、己の後ろを追いかける2つの気配に気がついていなかった。

- continue -

2013-12-12

我が子、凍鉉(いづる)の2話目。


屑深星夜 2013.11.27完成