己の力量があればできないことはないが、多くの護衛に守られた状態では依頼を遂行するのが困難と考えた凍鉉は、男爵が無防備になるだろう愛人が待つマンションの部屋を狙うことにした。
気配を殺して忍んだ天井裏。愛用の針を右手に足元にいるだろう男爵の気配を探る。が、己を襲う殺気に気付き、大きく飛び退いた。
「…っ!」
一瞬前までいたはずの足元が炎で丸くくり抜かれて落ちる。屋根裏に差し込んだ光は、凍鉉にはあってないようなもの。煤と埃が舞っていようとも、元々視力のない彼には関係ない。
「外した……」
「まぁ、それくらい避けてくんねぇと面白くないだろ、千影」
ストン、と降り立った部屋の中にいたのは、先ほど気になった気配の2人 ―― 冬継と千影であった。
今までのターゲットはもちろん、それを守る者たちにはなかった威圧感を放つ男たち。声の感じからまだまだ本気を出していないだろう状況で、そのプレッシャーだ。凍鉉は思わずゴクリと喉を鳴らしていた。
「あんた『凍星』さん? 残念でした。あんたのターゲットはここにはいねぇよ」
冬継の言葉通り、愛人が貸切るフロアへやってきて室内へ間違いなく入ったはずの男爵の気配は、下へ下へと遠ざかっている。どうやら、いつの間にか部屋を出ていた男爵は、再び車に乗って別の場所へと逃走しようとしているらしい。
……囮、か。
自分の身を守ることが1番でありそうな強欲な男が、自らの身を僅かな間とはいえ危険に晒すとは思っていなかった凍鉉は、ターゲットの行動を読み違えたことに微かに眉を上げた。
だが、この程度でターゲットの命を守ったと思われては『凍星』の名が廃る。
「ここには、な」
そう、意味ありげに見せられた銀の瞳に嫌な予感を煽られたのは冬継の方であった。
「……待て。その目、見えてねぇんだろ?」
「光を映したことは一度もないな…っ!」
「…っ千影!」
言い切る前に作り出した氷の斧で、右手の窓に一撃。背に向かって放たれた冬継ナイフと千影の火球は、その白い左手で生み出された氷の壁に阻まれて凍鉉には届かない。
「氷……」
「ち…っ!」
炎によって生まれた大量の水と蒸気によって行く手を阻まれた冬継と千影は、盛大に割れた窓から下へと飛び降りる凍鉉に数秒程遅れる。
「行くぞ!」
それが彼らの命運を分けることになった……わけではなかったが、相手に一手も二手も先んじられたのは明らかなことであった。
- continue -
2013-12-12
我が子、凍鉉(いづる)の3話目。
屑深星夜 2013.11.28完成