凍鉉 5

「記憶」


 冬の風が秋色の木の葉を揺らし、次々と地面へと落ちて行くある日。闇に包まれた部屋の隅に置かれた寝台に片膝を立てて座っていた凍鉉は、強く強く握った拳で己の腿を打つ。
 脳裏に浮かぶ声は『白狐』のもの。自分を出し抜き、ターゲットを横取りしていった男に対して、今まで感じたことのない激し感情が己の内側でメラメラと燃え上がっていた。
 優秀であったからこそ、失敗することもなく依頼を遂行し続けた凍鉉。その高すぎるほどのプライドを傷つけられて初めて、己に感情と言うものがあったのだと気付かされた。
「『白狐』め……」
 歯軋りをせざるを得ないのは、彼ともう1人に勝てる自信がないからだ。認めたくはないが、もう一度この間の状況に出会ったとして、勝ちのヴィジョンが浮かばないのだ。

 今すぐ勝負を挑んでも返り討ちに合うだけか…っ。

 それもまた腹立たしい凍弦は、再び拳で己を叩く。
 プライドを傷つけてくれたお礼をしたくとも、今のままでは勝ち目はない。では、勝つためにはどうしたらいいか。そう考えた凍弦は、己の身体だけでなく氷の能力も駆使するしか方法はないと結論付けた。
 針での暗殺術はこれ以上伸ばせる要素はない。となれば、能力を磨くしかない。まずは、今まで触れて記憶したものを思い起こしてみるべきか。
 針からはじまり、ナイフに長剣、斧や鎌などの刃物はもちろん、棍棒やヌンチャク等の武器や、食器や箸などの小物も、記憶にあるものを全て出しては消してみる。それを何度も何度も繰り返すことで、その錬成スピードを上げていく。

 どれくらいそれを続けたのか、本人にもわからない頃。半ば朦朧とした状態で肩で息をする凍鉉の手があるものを作り出した。それは凍鉉の記憶にないもの。記憶になければ作れるはずはないのに、何故か作り出せてしまった人の顔……。
 凍鉉の体温は動いていられるのが不思議なほど低い。視覚の代わりに持って生まれ出でたこの能力のせいか、彼に触れて生きていられる者はいないのだ。親でさえ凍死させたのだ。己の冷たさを知っているが故に、これまでに触れた人間は暗殺術を学ぶために用意された、ギルドの役立たずや犯罪者、その辺のならず者のみ。名前など憶えてはいないが、触れた記憶は消えてはいない。
 しかし、作り出したそれにもう一度隈なく触れてみても、思い当たる人物はいないのだ。

 誰だ、これは……?

 五感の1つを失っているせいか、聴覚だけでなく記憶力もいい凍鉉にとって、『記憶にない』ということがどうにも不思議でならない。氷像に手指を這わせながら、深く深く探っていっても引っかかるものは何もなく……。
 無心のまま触れる凍鉉の手の平は、彼とは思えないほど優しく、どこか温もりを持っているように見えた。

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2013-12-12

我が子、凍鉉(いづる)の5話目。


屑深星夜 2013.12.4完成