サン 10

「時計とルビー」


「……あー…なんでおれがこんなことしてんだぁ…?」
 白い割烹着に三角巾を身に着けたサンの両手には、ゴミと思しき物体が。ゴロゴロと転がった酒瓶に空き缶、ゴミや埃はもちろん、元は本棚に収まっていたらしい本の山に埋もれた部屋に立ったサンは、そう呟きながら首を傾げた。
 事の始まりは、何でも屋に客が来ないのは部屋が暗くて汚いからだ、と言い出したモントである。「そんなことしても変わりゃしねぇだろ」と言うサンの言葉も聞かず、勝手に大掃除を始めてしまったのだ。
「ご主人も、ご自分の部屋を掃除してくださいっ! いくら暗くてカビ臭いところが大好きだとしても、そのままじゃあの黒いアレが出ますから!!」
「そんなんもう手遅れだ、ろ…」
「手遅れ何かじゃありません!! うちには一歩だって入れさせないんですから!!」
「だから…」
「無理じゃないですからっ!!!」
 そうして勢いに押されているうちに割烹着を着せられ、今に至る。
 面倒くさがりでサボり癖のあるサンにしてはこれでも頑張ってはいるのだ。本当に要る物以外は捨てるように、と口を酸っぱくして言われていたため、己の琴線に触れない物は即ゴミ行き。散らかったゴミを含めて、既にゴミ袋5つが一杯になっている。おかげで、自室に置かれた古めかしい机の上は物がなくなり、久しぶりに綺麗な状態になっていた。
 次は机の中身か…と一番上の引き出しを開けた時、ほとんど物の入っていないそこに小さな弾丸が転がっていた。
「お。こいつぁ……」
 指先で摘まんだそれで思い浮かぶのは、数日前に再会した青年の姿だ。空いた手で、割烹着の上から胸の辺りに触れれば、彼からもらったあの時計がある。
 これは、5年前のあの依頼で舞蝶に撃たれた右足に残っていた弾なのだ。薫に捨ててもらってもよかったのだが、生きている時間が長い以上、どうしても重要でないものから零れ落ちていってしまう記憶。それが少しでも遅くなれば、と記念に持ち帰ったものであった。
「……お前のおかげかねぇ?」
 仕事で訪れた時計屋で舞蝶のことを思い出せたのはそれのお陰か。
「あんがとな」
 言葉と共にチュッと唇で触れ、素直に感謝の気持ちを伝えたのだった。
「こいつはいる」
 コトリと再び引き出しの中にそれを入れ、そのまま探った手に触れる布の感触。何だ? と思って取り出したそれが己の目に触れた瞬間、高速で戻った手が元あった場所へと戻す。
 それは、真っ黒な布でできた小さな包み。中には2つの物が入っているのだが、それを思い出すことすらサンには辛いようで、顔が苦しげに歪む。

 鮮明に思い浮かぶ、濃厚な血の香り。それはどんな料理よりも芳しく感じられ、吸血鬼を誘って止まない。
 ブツリ、と肉を噛む感触に、舌に触れる甘さ。とろりとしたそれが喉を通る感触……。

 本物が目の前にあるわけではないのにクラリとする視界。本気でそれに酔ってしまう前に、慌てて首を振って己の記憶を振り落とそうとする。しかし、何よりも強く焼きついた記憶はそんなことで消える筈もなく、サンははぁ……と深いため息を吐いた。
 割烹着から見えていたシャツのボタンを1つ外し、金色の鎖をつまみ上げる。視界の端に映るのは、真っ赤なルビー。モントのピアスと同じくサンの血から作られたものだ。モントが持つそれよりも大きく透明度の高いそれは、彼にとってあまりに苦く、そして…何よりも甘い記憶そのもの。
「こいつを捨てられねぇようじゃ、忘れられなくて当たり前か……」
 苦々しい笑みが浮を浮かべたサンの脳裏には、約200年前の出来事が思い浮かんでいた。

- continue -

2014-1-8

我が子、サンの10話目。ここから過去編…という感じです。


屑深星夜 2014.1.5完成