今から234年前。サン=ナハトは、血のように赤い満月が見つめる夜の最中に産声を上げた。
1000年前には3つあった純血種の一族であったが、その頃には既にナハトの家のみとなっていた。元々出生率が低い上に、その血を守るために一族内での性交渉が当たり前となっていたため、子どもが出来ても身体が弱かったり、どこかに障害を持っていたり…と跡継ぎを遺せないままに灰になって消えたのだ。
サンはそんな中に生れた久々の子どもである。
母である人物は姉でもあり、父である人物は祖父であり曾祖父でもあるという複雑さ。姉は既に200歳を超えており、当然同年齢の子どもなどいない。20歳ごろまでは人間と同じように成長することもあり、ナハト一族に好意的な人間が住むすぐ傍の街へ遊びに出て、傘を差しながらも同年代の子どもたちと遊ぶのがサンの日課であった。
食事と同義でもある血は友人となった者たちから貰っていた。人間を吸血鬼にするためには、己の心臓から直接血を飲ませないといけないため、よっぽど親しくならなければしないもの。面白半分に吸血鬼になりたいと言う好奇心旺盛な子どもたちであったが、痛みを堪えてまでそうしようと思える相手はその中にはいなかった。
そんな彼が初めて同族にしたいと思った相手に出会ったのは、20歳の頃であった。
彼女の名は、レビ=ルール。新緑のような髪と夕日色の瞳を持つ26歳の女性であった。
「レビ!!」
「どうしたの? サン。そんなに息を切らして……」
腰まである長い髪をサラリと揺らしながら首を傾げる彼女の前で、膝に手を置いて息を整える。
レビと付き合うようになった2年前からいつかはと考えていたこと。しかし、彼女を目の前にするとどうしても口にできなかったこと。
そんなサンが思い切れたのは、ひと月前に彼女から新しい命が芽生えたかもしれない、と聞かされたからだ。
誕生日プレゼントに、と彼女が選んでくれた黒いコートのポケットに入れたもの。5日前に出来上がったそれを1度強く握り締め、その拳をレビの方へと突き出す。
「なぁに?」
「手」
「手?」
「出してくれ」
今度は反対に首を傾げ、言われるままに両手を胸の前に差し出すレビ。その白い手の平に、拳からシャラリと落とす物。
己の血の結晶である大きなルビーがついたネックレス。
その宝石を渡すのは、サンの眷属となった者と、己の全てを預けてもよいと思った相手だけ。
「おれと結婚してくれ!」
同じ吸血鬼になってくれと願うよりもまず、愛しい人を自分の物にしたい。
その想いが何より強かったサンは、正直にそれを伝える。
最初ルビーを見ていた彼女は、驚いて顔を上げサンを見つめる。その様子をドキドキしながら窺っていたサンは、滲む涙と震える身体を見てホッと息を吐く。
「……っ…はいっ!」
断られないだろうことは返事の前に予想できていた。
しかし、はっきりとしたその頷きに一気に溢れ出す喜び。抑え切れなかった気持ちのままに腕を広げたサンは、ひと回りは小さな身体を強く強く抱きしめた。
- continue -
2014-1-8
我が子、サンの11話目。過去編1〜。
屑深星夜 2014.1.6完成