自宅の食卓を3人で囲んでいると言う事実は、サンにとって居心地が悪かった。
「迷ったところを助けてもらったんです。お礼にお夕飯をごちそうする約束したんですが、いいですよね? ご主人」
見上げてくるモントの横に立つ青年 ―― 輪廻は、僅かに目を見開いて驚いている様子。その理由はサンには計りかねたが、人と関わるのは嫌いじゃない彼に、断る理由はない。
「あぁ、わかった。ボウズ、モンが迷惑かけたな。助かった」
「いえ」
「それにしてもタイミングいいなぁ〜。ついこないだ大掃除したとこの、きれいな我が家にご招待だぜ?」
「別に、綺麗でなくとも構いませんが…」
「ご主人!! まずは、お買い物ですよっ!」
「あー……わかったわかった。そんな大声で叫ぶな」
……そんなやり取りをしていたのは、今から3時間前のこと。
「野宿って、屋根があるところでしてるんですか?」
「雨が降っているときは、岩陰や洞窟を探しますよ」
「そうじゃない時はどうしてるんです?」
「木の枝の上とか…?」
「え! え!? 落ちないんですか!?」
「今まで落ちたことはありませんが…」
「すごいです! 人間でも落ちないで眠れ人がいるんですねっ!」
20代半ばの青年と蝙蝠の間でなされる会話に頭を掻きながら、よく味の染みた大根を口に入れる。
過去を思い出してしまったからか。ここの所食欲の湧かないサンとは違って淡々と食事を進める輪廻。
彼は初めて顔を合わせた時以降、微笑み以外見せてはくれない。それは人当たりがいいように見えて、逆に人を拒絶しているように思えて、気にならないわけはなかったが、サンには珍しくどんな話をしていいか困ってしまったのだ。
にも関わらず、モントは何の遠慮もなくニコニコ顔で話しかけている。それも昼間とは違う本来の姿で。動じていない輪廻にもだが、そんなモントにも驚かずにはいられなかった。
それほど助けてもらえたのが嬉しかったのか。
それとも、自分の料理を自分以外の者に食べてもらえるのが嬉しいのか。
少々複雑ではあったが、苦笑しながらその様子を見ていたサンは、モントによって皿に乗せられていた大根1個にはんぺい1枚、こんにゃく1枚を何とか腹の中に押し込んで席を立つ。
「ごちそうさん」
「ご、ご主人、おかわりはいいんですか?」
トマトジュースの入ったグラスに挿したストローを持ったまま問うてくる姿に目を細めて頷き、はんぺい口に運んでいた輪廻に黒で覆った瞳を向ける。
「ボウズ、おれは出かけるけどゆっくりしてけ。なんなら今日は泊まってってもいいぞ」
「え……」
「ご主人っ!」
返事も、己を呼ぶ声も聞く気はない。
食わなければ生きていけないことはわかっているのだ。血を拒んでいる以上、食事はサンにとっての生命線だ。だから、精一杯は押し込んだ。
だが、家族を失って200年。ずっと1人で食べ続けて来たサンには、ただでさえ食欲のない時に、目の前の風景は耐え切れなかったのだ。
あー……こういう時は酒だな…酒……。
本来の己を満たす赤いものと、似て非なる物。
それを求めて、夜の街に繰り出した。
- continue -
2014-1-8
我が子、サンの14話目。
屑深星夜 2014.1.8完成