サン 18

「ボウズと食事2」


「腹減ったぁぁぁぁぁ……メシぃぃぃ……」
 食堂のテーブルに突っ伏したサンは、しっかりと糊付けされた真っ白なクロスをぐしゃりと握る。テーブルセッティング中だったモントは、眉尻を下げ金色の目を潤ませる。
「あぁぁ〜…せっかく綺麗にアイロンかけたのにっ! ご主人、もう少し大人しく待っててください」
「もう待てねぇぇぇぇ……」
「もーっ! さっき舞蝶様からあと20分で到着しますと連絡があったって伝えたじゃないですか」
「もう20分経っただろ? さっさと何か食わせろ! おれを餓死させる気か?」
「まだ5分しか経ってません。それだけおしゃべりできるなだまだ大丈夫ですから、あと15分、静かに待っててくださいね」
 ほら、そこどいてください。とカトラリーを並べているモントに冷たくあしらわれたサンは、しぶしぶ身体を起こして椅子にもたれかかる。
 座らせた瞳で胸元から摘まみ上げた懐中時計を見れば、下僕たる少年の言う通り。まだ5分しか経っていない。はぁ、と大きく息を吐いたサンは、限界を迎えている腹を右手でさすって宥めるしかなかった。



 ラーメン屋に行った日から1週間は、時間の早い遅いはあったが毎日。その後は、2、3日に1回のペースで舞蝶と食事を共にするようになって1ヶ月。
 最初のうちはまだ食欲が湧かず、舞蝶に奢らせてなるものかと言う気持ちだけで食べきることもあった。しかしそのうちに、舞蝶がいる時は美味しく食事することができるようになり、今では、血を拒むサンの身体はすぐに空腹を訴える燃費の悪い状態に戻っていた。
 しばらくは外へ食べに出ていたのだが、わざわざ家に迎えに来てもらって出かけると言うのも馬鹿らしくなり、最近は家で一緒にモントの手料理を食べるようになっていた。
「今日は煮込みハンバーグですか。モントは本当に料理上手ですね」
「ありがとうございます!」
 自分の料理を美しい微笑みで褒めてくれる舞蝶に、モントは嬉しそうに羽をバタつかせる。

 青年の到着とほぼ同時に蝙蝠に戻ってしまったモントは、途中になってしまった配膳を主人に任せようとした。だが、「腹減った」「早くしろ」を繰り返すばかりのサンは全く動こうとせず、客である舞蝶が引き受けてくれた。
 サンはわがままを言いつつも、嫌な顔1つせず世話を焼いてくれる客人が席に着くまでちゃんと待っていて、3人揃っていただきますをしたのがついさっきの事。

「モンの唯一の取柄だしな」
 意地の悪い笑みを浮かべてそう言ったサンは、ナイフで切り分けたハンバーグを口に放り込む。
「お掃除だってできますっ」
「方向音痴だけどな」
「お家にいれば関係ありませんっ」
 放っておけばずっと続いてしまいそうな言い合いだったが、僅かな隙間を縫って響きのよい声が割り込んでくる。
「美味しいです。ねぇ、サン?」
「お? おぉ……」
 サンは、その細められた紫色の瞳に促されるように思わず頷いてしまった。

 体調がすっかり戻ったからなのか。それとも、テーブルを囲んでいるのが舞蝶だからなのか。あの夜のように3人(正確に言えば2人と1匹)でテーブルを囲んでいても、その場から逃げだしたくなることはなかった。
 あの日の様子だけでなく遠い遠い過去の風景までも重なって見えるが、穏やかな気持ちで目を細めて眺めていられる不思議。

 理由など考えてもわからなかったサンは、仲良く会話する青年と蝙蝠を見ながら、付け合わせのブロッコリーを口に運んだ。


 そうして食事をするうちに、舞蝶の様子が少しおかしい事に気がついた。
 どうしてなのか、何が原因なのか……と心配し続けるよりも聞いた方が早いと判断したサンは、彼が食べ終えた頃にズバリ問うてみた。
「ボウズ、どうした? 何かあったか?」
「そんな風に見えますか?」
「おう」
 確証を持って頷く男に、舞蝶はため息を吐く。
「……いつもと同じように振る舞っていたつもりでしたが、よくわかりましたね」
「んー…なんとなく、ボウズの表情が硬いような気がしてな」
 そこでグラスに入った水を一口飲んだ舞蝶は、真っ直ぐな視線をサンに向ける。
「明日から仕事が忙しくなるので、それが一段落するまで来られなくなりました」
「おぉ、そうなのか。仕事なら仕方ねぇな」
「寂しいです……」
 ポツリと呟くモントの小さな頭を人差し指で撫でながら、サンに向かって首を傾ける。
「しっかり食べてくださいね、サン」
「もう大丈夫だって。心配すんな」
「モント、頼みましたよ」
「はいっ!!」
「だから…心配いらないって! ったく、信用ねぇなぁ…」
 全く自分の言葉を信じていない2人に、言いながらテーブルに肘をつき手の平に顎を預ける。
「あなたには前科がありますからね」
「そうですよ、ご主人」
 クスクスと笑みを漏らす2人の様子に分が悪いことを悟ったサンは、それ以上口を開くことを諦め、眉を上げるだけに留めたのだった。



 その日以降、舞蝶の訪れも連絡も、パタリと止んだ。

- continue -

2014-4-6

我が子、サンの18話目。


屑深星夜 2014.4.6完成