正気に戻ったモントの話では、20分ほど前に『黒龍(ヘイロン)』の使者がやってきたとのこと。どうやらサンがいないことは予想済みだったようで、1時間後に依頼者が来ると告げて去って行ったそうだ。
『黒龍』と聞いてすぐにサンの頭の中に浮かんできた顔が4つ。“今”であればあいつしかいないだろうとアタリをつけた彼は、モントに聞こえるほど大きな溜め息を吐く。
「まぁた面倒な依頼持ってくるつもりだな……」
大規模な組織である『黒龍』には、余るほどに人材がいるはずだ。その実力はピンからキリまでいるとしても、その中で捌けない依頼などないに等しい。その組織が外の人間であるサンに依頼を持ってくるのだ。その内容は特殊なものばかりで、報酬が良くとも、サボり魔であるサンには面倒なことこの上ない。
それでも『黒龍』であるならば帰らないわけにもいかず。モントに手を引っ張られながら、自宅兼事務所への帰途へとついた。
「お〜! なっちゃん元気かぁ〜?」
チャイムを鳴らすこともなく、勢いよく開けられた玄関扉から顔を出したのは、長身で色黒の男。くすんだ金髪の生える頭には、腰布と同じ紫の布が巻かれている。サンは、ニカリと笑ったその顔に肩を竦めてみせる。
「ボウズのせいで元気じゃねぇよ」
「そら悪かったな。あんたにしか頼めないヤツが舞い込んできたんよ」
ギシリと音を立てて来客用ソファーに座った男に、モントが日本茶を持って来る。
「ラファーガ様、どうぞ」
「おー! モンちゃん、サンキューな」
「……で? バーに呼び出すでもなくうちに来たってことは、急ぎか」
「そや」
「お前が持って来る依頼は面倒なのばっかだからな〜……」
「まぁまぁ、見ぃや」
露骨に嫌な顔を見せるサンにローテーブルを叩いたラファーガは、ぶら下げてきた革鞄の中から大き目の封筒を取り出すと、サンにポンと投げる。億劫そうにそれを手に取り、中に入った数枚の紙を取り出す。
目を走らせたそこにズラリと並んでいたのは、変死した女性の情報だ。死亡の原因は失血死。それも、体内に流れるそれが全て失われた形で、だ。中には
肉を食い破られた者もいるとの表記。
そして、数日前に起こったある街の壊滅という事件。
自然と真顔になるサンに、相変わらずニヤニヤ顔のラファーガが、見せつけるように足を組み直す。
「どや? あんたにしかできん仕事やろ?」
「ボウズにならやれっだろ? 左手に『黒龍』を飼ったお前なら」
左手に『黒龍』……組織のボスであることの証。一部の人間以外にその事実は知られていないが、彼が相当の実力者であることは組織内でも有名なこと。この男より強い者など滅多にはいないことを知っているサンがそう聞くも、軽く笑われてしまう。
「何言ってんねん。ワイみたいなただの人間が、狂ってまった吸血鬼相手に敵うわけないやん」
「狂ってなきゃいけるって言ってやがるし……」
「イヤイヤイヤ、なっちゃんには敵いまへんって」
謙遜して見せつつも、その堂々たる姿は“負けない”ことを告げていて、その嫌味なほどの強さに心の内で息を吐く。
「それに……コレはあんたの仕事だろ?」
急に標準語でそう問われて誤魔化す余裕もなかったサンは、ただ黙って両手を組む。
「ワイの代になってからは初めてやけどな。ここ100年くらいにうちに来た“この手の仕事”は、全部なっちゃんが片づけとるやろ」
それは、取引によって次代へと引き継がれてはいないはずのサンの“使命”。
先代の『黒龍』に拾われてきたときは、まだまだ幼い子どもだったというのに。サンが吸血鬼だと言うことを知ってるだけでは説明のつかない、その言葉に思わず笑みが零れる。
「……あのちっこかったボウズがこんなに成長するとはなぁ〜」
さすが『黒龍』を背負ってるだけはある。
サンは、己の短い黒髪をワシャワシャと掻きまわす。
「だめだったらお前に任すわ」
「なっちゃんが失敗するわけあらへんやろ?」
「わからねぇぞ? 今のおれは、ただの散歩好きなオヤジだからなぁ〜」
その複雑な表情を横で見ていたモントはとても心配そうである。
しかし、大丈夫と笑い飛ばしたラファーガは、
「ほなな〜」
と笑いながら去って行ったのだった。
- continue -
2013-12-12
我が子、サンの5話目。
屑深星夜 2013.12.5完成