ラファーガに渡された資料から、つい昨日女性の変死体が出たという街へ出た。壊滅した街からそう遠くはないそこには、異様な空気が広がっていた。一夜にして街が壊されたのだ。ありえないその現象に、次は自分たちか…と不安になっても仕方がない。
ターゲットがこの街にいることは、サンの中で騒ぐ血が教えてくれている。相手にも同じことが起きているかはわからないが、こちらの存在に気付かせることができれば相手を誘導することは可能だ。
「モン」
「はいっ!」
超音波を発する時は、長くなった前髪の一部が蝙蝠の耳のようにピコリと立つモント。相手が吸血鬼である以上、下僕となる蝙蝠が側にいる。ならば、この音は必ず届いているはず。サンが来ていると知れれば、追って来ずにはいられないはずなのだ。
それは、吸血鬼 ―― 人から吸血鬼となった者の本能。
己の寿命を目前にして狂い始めた彼らが何よりも欲して止まないものは、純粋な吸血鬼の血。200年ほど前まではまだ数名存在していた純血種も“あの日”を境にサンだけとなってしまった。
今、この世に残っている幾人かの吸血鬼は、純血の血を得て仲間となった者たちだけ。そんな彼らの寿命は2、300年が限界で、死期の近い者は、己の渇きを癒すためだけに徒に血を求め、その力を暴走させてしまうのだ。
純血種の血を定期的に得ていたなら、狂うことなく死を迎えることもできるのだが、そうしてやることができないサンには、引導を渡してやるしか方法がない。
それが、この世で独りきりとなった自分の使命。
「あー…今日に似合いのいい月だ」
天上に浮かぶ満月を見上げるサンの口元に浮かぶ笑みは、いつもの優しげなものではない。
戦うのは好きではない。気分は重く圧し掛かっているはずなのに、月によってざわめく血が吸血鬼の本能を引き出し、ギラリと牙を光らせる。
「オ、オォォォ………」
低い低い唸るような声に首を動かせば、かつて人であったとは思えないほど醜くなったその姿。枯れ木のようにやせ細った手足にこけた頬。白くなった髪はバサバサで整えられてもいないが、その隙間から見える血走った目だけはギラギラと鋭く輝いて狙うべき獲物たるサンをしっかりと捕捉している。
「遅いじゃねぇかボウズ。ずーっと待ってたんだぜ?」
「チィ…チィィィィ……ッ!!」
サンの言葉など聞いてはいない男は、伸びきった爪で己の腕を引っ掻くと、現れた赤い血が何の形も取らずに襲ってくる。
あぁ、もうそこまで進んでるのか……。
吸血鬼の血は、生き物の形を取るか、得意な武器に変化させて使用するのが常。それすらももうできないということは、彼に残された寿命は僅かなのだと知れる。しかし、形を取らない = 理性がない分、その血は強い力を持つのだ。
飛び退きながらコートを脱ぎ捨てたサンは、既に手に忍ばせていた折り畳みナイフで、包帯ごと腕に赤い線を引く。ブシャァッと音を立てて飛び出した血は龍となって相手のそれに噛みつく。その間に反対の腕にも刃を立てて、もう1匹を人ならぬ者へと差し向ける。が、傷つけられた腿から飛び出した血に押し返されピクリと眉を上げる。
「やっべぇなぁ〜…っと!」
引き抜いた刃を隣に突き立てれば、新たな龍は既にあるそれに巻きつくように同化していく。勢いを増したそれは、ターゲットの左肩をもぎ取るが、その所為で吹き出す血に龍の頭を潰される。
「こりゃ、空腹で倒れる前に血ぃ出しといた方がよさそうだなぁ……」
このままでは己の不利だとわかっているが、口元は歪んだ笑みを浮かべるばかり。思わずペロリと牙を舐め、叫ぶ。
「モン! 頼むぞ!」
戦闘の邪魔になるからと少し離れた場所に待機させた下僕には、最後まで見届けてから動けと言い聞かせてある。この言葉で、今の状況が危ういことは伝えられたはず。後のことは……任せる。そう決めたサンは、伸ばした爪で己の腿を引っ掻いた。全ての傷から現れた龍は、仲間を潰した赤い塊へと向かって行く。
……足り、ない……。
「血が、足りねぇなぁ…? ふっ…は……ハハハハハハ!!!!」
唐突に響く狂ったような笑い声。それに呼応するように血の龍たちは1つに集まり、サン自身から立ち上る滝のように真っ直ぐに天へと伸びる。
「ハーッハッハッハッハッハッハッ!!! 邪魔だ! 消えろ!!!!」
まるで、雷が落ちたかのように。唸り声を上げて急降下した龍がターゲットを一瞬で飲み込む。死すれば灰になるはずの身体だが、喰われたそれは既に跡形もない。
轟音と共に削られた地面。僅かに残っていたはずの街の瓦礫も消えてなくなった。衝撃波でサン自身も無数の傷を負うが、今の彼にはその痛みはなきに等しい。
「みんなみんな消えちまえぇぇぇっ!!!! ハーッハッハッハ!!!」
荒れ狂う力は嵐のように渦巻いて、徐々に外へ外へと向かいはじめる。
隣街にも届く爆音に地響き。この世の終わりかと思えるほどのその様子に、人々は身を寄せ合って赤く染まる闇を見上げる。
彼らの願いはただ1つ。
―― 神よ……どうか、怒りを静めたまえ。
両手を握って目を閉じた彼らの願いは、次の瞬間に届くこととなる。
ピタリ、と龍の動きが止んだ。と思ったらドサリとその場に倒れ込むサン。龍たちの姿は霧のように消えてなくなり、辺りに響く、腹の鳴る音……。
「……このまま、消えちまえたらどんなに楽か…な……」
弱々しい呟きもまた、サンの意識と共に溶けて消えた。
- continue -
2013-12-12
我が子、サンの6話目。
屑深星夜 2013.12.7完成