ボウケン - 6
次の部屋 ―― Eの部屋に全員が入りきったら、Bの部屋に入ったときと同じように、
ガ……タン…ッ
という音をさせて、ウサギの像が動き始めたの。
C、Dの部屋では入口付近で止まっちゃってたけど、今度はちゃんと部屋の真ん中に収まった。
「今度はちゃんと真ん中まで行きましたねぇ〜」
「そうね……あれ?」
キットンに頷いていたら、視線の先にある像のすぐ横に、灰色の何かが落ちてるのに気づいたの。
「どうしました?」
「何か落ちてない?」
わたしの言葉に真っ先に動いたのはやっぱりトラップ。
軽い足取りで進んでいくと、その“何か”を持ってわたしたちに見せてくれた。
「鍵みてぇだな」
「鍵? またぁ?」
「またっておめぇ、前のときには“鍵”はなかっただろうが」
「あ!」
そうだった!
Aの部屋のときは、扉に大きな鍵穴があっただけだったっけ!!
シナリオのメモにあった“鍵”って言葉のイメージが強くて、それ自体があったと思いこんじゃってた!
トラップの手の中にあるものは、鍵にしては大きいもの。
1番長いところがわたしの手の平2つ分で、持ち手のところは丁度手の平サイズの長方形になってる。
厚さは3センチ位あるかな。
でも、トラップの表情を見ているとそんなに重くはないみたいなんだよね。
鍵ばっかりに集中してたら、キットンがスッとこれから進むための扉を指差して言うの。
「きっと、あの鍵穴に使うんでしょう」
視線を動かしたらキットンの言う通り、部屋の真ん中からでもよく見える大きさの鍵穴があったの。
……あれぇ?
この風景、前に見たような気がするんだけど……。
すんごく既視感を覚えてたまらない風景に眉を寄せてたら、クレイが同じような顔で口を開く。
「…何か見たことある気がしないか?」
「え? クレイもそう思った!?」
同じ考えの人がいた!
って思って彼の方を向くと、背後から呆れた声が飛んでくる。
「最初の部屋と同じ作りだからだろ? あの鍵穴も同じみてぇなだしな」
「そ、そうなの!?」
慌てて周囲を確認したら、確かにトラップの言う通りだったんだよね。
ダンジョンの入り口がないだけで、壁や天井の様子も全く同じ。
扉の位置が変わらないのも一緒な上に、鍵穴まで同じなんて!
見たことあって当たり前だったんだ!!
「あ、じゃあ、さっきの部屋と同じようにトラップの鍵開けで進めるんじゃないの?」
「おいおいおい……じゃ、なんでこの鍵があんだよ」
!!
そ、そっか!!
そうよね。
ここに鍵が置いてあったってことは、きっとこれ使えってことだもんね。
「でも、その鍵があの鍵穴に入るとは思えないですけどねぇ〜」
いつの間にか扉の前まで行ってたキットンが、ツンツンと穴を触ってた。
わたしたちも鍵を持ってそこまで行くと……ホントだ。
穴の形と鍵の差し込む部分の形が全く違う。
鍵の方は長方形。
鍵穴の方は…丸と台形が合わさった ―― 前方後円墳って言って伝わるかな? ―― 形。
「一筋縄じゃ行かないな」
ノルの言葉にわたしたちはウンウンと頷いた。
「何かヒントになりそうなものはないのか?」
クレイに言われて、部屋の中を探しに動き出そうと思ったら……
「これじゃねぇか?」
ってトラップがあの大きな鍵をみんなに見せた。
何があるんだろうって覗き込んだんだけど、ただ、持ち手部分に綺麗な模様が刻まれてるだけ。
「……? これがどうしたの?」
隣にいるルーミィと同じように首を傾げるわたしを余所に、
「ほうほう! これは面白いですね!」
「よく気づいたな、トラップ」
「すごいな」
って、クレイたちはトラップを囲んで盛り上がってるのよね。
きっとこの模様に何かあるんだと思うけど……。
早くみんなの中に交じりたくってにらめっこしてたら、やっとわかった!!
「あ―――っ!! わかった! 文字が模様になってるのね!!!」
「お、やっと気づいたか」
ニヤリと笑うトラップを横目に、わたしはわかったことが嬉しくって、もう、気分も晴れやか!
そう、そうなのよ!
この模様だと思ってた部分…全部文字だったの。
それが装飾っぽい形に変えられてたからなかなか気づけなかったんだ。
「『我を変えるのは熱き思いだけ』…って書いてあるみてぇだな」
我っていうのはもちろんこの鍵のことよね。
じゃあ、それを変える“熱き思い”って……?
「何か熱い思いを言葉で表したりすればいいのかな?」
「バーカ。んなわけねぇだろ?」
「いたっ!」
コツンと拳で頭を叩かれて、トラップを睨みつけた。
でも、叩いた本人は肩をすくめてわたしの手が届かない位置までもう逃げてるし!
ほんっと逃げ足だけは速いんだからっ。
このやり取りを見てたからなのかはわからないけど、キットンが面白そうに笑いながら口を開く。
「言葉で言ったからといって、この鍵の形が変化するとは到底思えませんねぇ〜」
言われてみればそっか。
声で物質の形が変わるなんて……聞いたことないもんね。
…な〜んて1人で納得してたら、
「とりあえず単純に行こうぜ、単純に」
って言いながら、トラップが鍵を一旦床に置いたんだ。
すると、自然にそれを囲むようにみんながしゃがみ込む形になった。
「“思い”というのははっきりしませんからねぇ〜…一度置いておきましょうか」
「そうだな。じゃあ、熱いっていうと……?」
クレイのその問いに真っ先に答えたのは…
「すーぷっ!!」
…という、ルーミィの可愛らしい声だった。
た、確かにスープはアツアツが美味しいけど……。
「…ぱーるぅ、ルーミィおなかぺっこぺこだお!」
きっと、湯気の出てるスープを想像しちゃったんだろうね。
お得意のフレーズを飛び出させた彼女の口に、荷物から出したチョコレートの欠片を放り込む。
「はいはい。ルーミィ、チョコよ」
「わぁーい!!!」
両手を挙げて喜んだルーミィは、本当に美味しそうな顔してチョコを味わってた。
しばらくみんな、そんな彼女から目を離せなかったんだけど、さすがはリーダーだよね。
ハッと気づいたクレイが、もう一度みんなを本題に立ち戻らせる。
「き、気を取り直して、熱いって言うと……」
熱いって言うと……?
そうやって、誰もが考え始めたとき、
「ボク、熱いの吹くデシか?」
お座りしてほんの少し首を傾げたシロちゃんが不思議そうな瞳でそう言ったの。
「それだ! シロ!!」
勢いよく立ち上がったトラップの横で、キットンが何度か頷いてる。
「やってみる価値はありそうですね」
それがGOサインだったわ。
「それじゃあ、行くデシ」
「まずは少しでいいかんな」
「わかったデシ!」
本当に炎のブレスで形が変わるのか。
それを確かめるために、軽く息を吸ったシロちゃんがボォォォッとブレスを吐く。
危なくないようにちょっと離れた位置でそれを見てたわたしたちは、炎が止まった後に見えた鍵の様子が明らかに前と違うことに喜んだ。
「赤くなってる!」
「形も変わってるな」
「角がない」
「熱に反応して色と形が変わる仕組みなんですね〜! 実に面白い!!」
けど、そうしているうちにみるみる元の灰色に戻っちゃって……。
もちろん、形も元通りに。
「少し…ってわけにはいかねぇってことだな」
「温まるのも早いけれど、冷めるのも早いということですね」
試しだったわけだからガッカリする必要ないのに、喜んだ後だからか思わずため息が出ちゃった。
でも、シロちゃんは全然落ち込んだ様子はなくって、
「今度はたくさん吹くデシか?」
と黒い瞳をキラキラさせてる。
そのすぐ後ろで腕組みしてたトラップが、急にこっちを向いた。
「おい、パステル!」
「なぁに?」
「今ので、熱いまま鍵穴に挿さなきゃなんねぇことがわかっただろ。だから熱いものが持てる準備をしろ」
「へ?」
それって…どういうこと?
トラップの言うことがすぐに理解できなくって、思わず変な声上げちゃった。
すると、ふぅ、と息を吐いたトラップは、腰に手を当てながら説明してくれる。
「だぁら、こいつは温めたら形が変わったよな?」
「うん」
「んで、冷めたら元の形に戻っただろ」
「うん」
「ってことは、熱いままこの鍵使わなきゃ意味ねぇだろ?」
「…あっ、そっか!!」
熱いうちに使わないと、鍵は開けられないんだ。
だから“熱いものが持てる準備”をって言ったのね!
じゃあ……毛布でいいかな?
野宿しても大丈夫なように用意してきたんだよね。
「ノル、リュックから毛布出してくれる?」
「わかった」
そう頼むと、さっと動いて1枚の毛布を差し出してくれた。
これでよしっと。
「準備いいよ、トラップ」
「おう。じゃ、シロ。頼むぜ」
「はいデシ!」
元気よく頷いたシロちゃんは、もう1度…今度は長〜く息の続く限りブレスを出し続けてくれた。
「おし、パステル!」
「うん!」
シロちゃんのブレスが止まったところで、トラップに背中を押されたわたしは、持っていた毛布で鍵の持ち手の部分を掴む。
すっかり形を変えたそれを、鍵穴に挿しこむとピッタリ!
冷めて元に戻っちゃったら意味がないから、とにかく急いで
ガチャン
と鍵を回したの。
だけど、それだけじゃ扉は開かなくって。
首を傾げながらわたしが鍵を抜いた瞬間だったわ。
ゴゴゴゴゴ……
重たい音をさせて扉が開いたの!
「よし、やった!!」
トラップは、まるで自分のことのようにガッツポーズして喜んでる。
「僕、お役に立てたデシか?」
上目遣いでそう聞くシロちゃんの姿がまた可愛いくって!
「おぉ! おめぇのおかげだ!」
ひょいと自分の肩に乗せたたシロちゃんの頭をワシワシ撫ぜるトラップの気持ちは、わたしたちにもよくわかったんだ。
...next?
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