ツミレ咲く里で 外伝1

ツミレ咲く里で 外伝1


 ガサリ

 外で木々をかきわけるような音がした。 
「やっと来たか」
 目を閉じて座っていたケイは、すっと立ち上がってテントの入り口の布を跳ね上げた。
「キャッ!?」
 それに驚いたのか、可愛い叫び声を上げる人物がいた。
 発作的に、ふんわりした尻尾を見せながら木の影に隠れようとするそれは…リスのような姿をしたロボス族。彼女はその途中で、いつの間にか進行方向に立っていたものにぶつかった。恐る恐る見上げる先には、自分の3倍もありそうな男…。灰色の髪に青い目をした男は、ケイと同じく花コレクターのライナーに雇われているゼファだった。
 彼は、またまた驚いて逃げようとするロボス族の女 ―― ユイシェラの首根っこを掴んだ。
「こら、逃げんなよ。俺たちゃ、お前らに力を貸してやろうってんだぜ?」
「す…すみません!」
 そう言われてやっと自分に与えられた役割を思い出した彼女。ゼファはその様子を見て地面に降ろしてやる。すると、ユイシェラはペコリとお辞儀をした。
「さっきつり橋を渡っていく人影が見えたので、デュアンさんの言う通り迎えに来ました」
「そうか。だが、どうやって里まで行くつもりだ?」
 ケイは自分の頭の中にあった疑問を投げかけた。
 ロボス族の子どもをさらい、ツミレの花と交換しろという脅迫状を送った者たち。彼らがつり橋から渡って里に向かったのであれば、自分たちがその道を追っても時期を逃す。デュアンたちが持ちこたえてくれれば間に合わないこともないだろうが、それは危険な賭けである。敵よりも早く…もしくは同時くらいに里につくことができるのかと、ケイはずっと考えていたのだった。
「ロボス族の使っている道を通るので…あたしについて来てください」
「わかった。ゼファ」
 納得した顔のケイに呼ばれ、ゼファはうなずいてテントの中を見た。そこには、動きやすい服装に着替えてたライナーが部屋に置いてある幾つかの花に見とれていた。
「ライナーさん、出発するんでそろそろいいですかい?」
「ん…? う、うむ! 出発だ!」
 慌ててピシッと立った彼は、側に置いてあった杖を持ち、そう言った。


 川を渡り草むらや木々の間をすり抜け、森の中を進む。
 身が軽く、身体の小さなロボス族の通り道は、3人の中で1番身体の大きいゼファにとっては、少し辛い道。しかし、ライナーにとってはとても大変な道であった。彼を気遣って思ったほどスピードを上げられなかったおかげで、里につく時間が少し遅れ、ミィルに危険が及ぼうとしていた。


「こ…ここから先は…い…行かせませんっ!」
 森に響いた声が、ユイシェラに届く。彼女はそのミィルの一生懸命な声に不安を覚え、急に全速力で走り出した。
「待て! お前が行っても仕方がない!!」
 自分の声を聞くこともなく遠ざかる後姿に舌打ちしたケイは、すぐ後ろにいたゼファに視線を送り走り出した。ライナーはぜぇぜぇと苦しそうに呼吸を繰り返しながら歩いてはいたが、彼らのスピードについていくことはできなかった。

「どきなっ! このリス野郎!!」
「ミィルっ!!!」
「ユイシェラっ!!」
 走っていたケイたちの耳に声は届いていた。しかし、まだ姿が見えない位置にいたため、何が起こったのかまではわからない。ただ、危うい状況になっていることだけはわかった。
 ケイとゼファはさらに速度を上げる。
 やっと里の様子が見えたとき、敵と思われる赤茶髪を三つ編みにした女の足元にルルフェットの放った矢が刺さった。
「キャッ!!」
「そこまでだっ!」
 ゼファはそう叫ぶと、少し離れたところで巨人族の男と戦っていたデュアンの加勢に入った。
 力は強いがスピードは遅い敵。レベル11のゼファにとってはそれほど辛い相手ではない。それに、デュアンもいた。そんなに剣の腕がいいとは言えなかったが、人数が多いということはそれだけで優位にたてるもの。すぐに形勢を逆転させていた。
 一方ケイは、自分の目の前にいる敵を見て目を据わらせていた。三つ編みと服は似ているとはいえ、髪の色も身体つきも違う女に間違えられたことが気にくわなかった。
「……こんな奴と俺が似てるって? 大迷惑だぜっ…!」
 吐き捨てながら、右手を挙げて呪文を唱える。ゼファと同じくレベル11のケイは、風の魔法が得意な魔法使いだった。シュルシュルと手からあらわれた風が、塊となって女を包んだ。
「魔法使いっ!?」
 驚く女は、周りにある風から逃れようとする。しかし、その前に塊の中ですさまじい勢いで風が舞った。
「キャアァ――――っ!!!」
 時々襲ってくるかまいたちによって、赤茶色の髪だけでなくその白い肌にも傷がつく。風が止んだときには、力なく地面にへたり込むしかできなかった。
「イシスっ!」
 いつの間にこちらに来ていたのか、仲間の男が女を抱えて走り去っていく。ケイもゼファも舌打ちして駆け出そうとしたが、今更追っても追いつけそうもなかった。
「待てっ!」
 比較的敵の進行方向に近い場所にいたルルフェットが後を追うが、女が放ったコールドの魔法によって行く手を遮られる。それを見て、魔法も使えたのかと驚くケイ。
 彼の視線の先で、敵2人の後姿が小さくなって…消えた。


 ロボスの里で、長老にツミレの花を見せてもらったライナーは、花を手に入れるのを諦めた。
 彼も言っていたが、この花はここに咲いているのが一番いいと…ケイもゼファも思っていた。
 ロボスの里に流れる清流でしか育たない小さな花。一面に咲き乱れるその花は、力も弱く臆病な…でも、芯の強いロボス族そのもののような気もした。
 精一杯それを守ろうと力を尽くしたミィルたちと別れ、森の外で、ストーンリバーを目指すというデュアンたちとも別れた。
「やぁーっとこの森とおさらばできるな!」
 バタバタとテントを畳んだりして忙しくしている周りをよそに、ゼファが木に背を預けながら空を見上げた。
「まぁな」
「今度はどこに行くんだ?」
 すぐ横で目を閉じていたケイは、そう聞かれてすっと紫色の瞳を見せた。
「竜騎士の国があるってのは知ってるな?」
「あぁ、翼竜を育てて一緒に暮らしてるやつらの国だろ?」
 肩をすくめてそう言うゼファにうなずく。
「あの国のある山で、幻の高山植物がみつかったんだと」
「はぁー…森の次は山か」
 ゼファが盛大にため息をついたその時、ライナーがつかつかとやって来て、ステッキを突きつけた。
「ケイ、ゼファ! 何をさぼっとるんだ! 出発の準備をせんか!」
「はいはい、今すぐ!」
 そそくさとその場を離れ、ケイとゼファは仲間の手伝いをはじめた。


 彼らが次の目的地に向かって出発したのは、その2時間後のことである。

- end -

2013-11-23

ライナー、ケイ、ゼファのモデルは、FQコミックに出ていたドナルド・A・マイヤー、レイ・ライモンド、エナ・ダシールの3人です。

本文中では出すことができませんでしたが、3人のフルネームは、
ライナー・フラウアーゼ
ケイ・シダール
ゼファ・レイランド
です。組み替えたりして楽しく考えさせてもらいました!


屑深星夜 2006.3.18完成