ツミレ咲く里で

ツミレ咲く里で


 ある町の薬屋の中。
 小麦色がかった金髪の…一見すると少女のようにも見える少年が、カウンターに置かれた1つの花にその緑色の瞳を向けていた。
「これって…もしかして、ツミレの花のドライフラワーですか?」
「お、兄ちゃんよく知ってんな」
 少年 ―― デュアンがその花のことを知っているとは思っていなかった店主は一瞬驚いた顔をし、にっと笑う。
「そうさ。これが惚れ薬の材料になるツミレの花よ」
「惚れ薬!?」
 声をあげたのは、毛むくじゃらのモンスターの後ろから顔を覗かせている少女だった。
「お、嬢ちゃん、興味あるのかい? ま、女なら誰でもそうかもしんねーけどなぁ」
 ははは…と豪快に笑う彼の言葉に、かっと顔を赤くした彼女 ―― ルルフェットは、身体ごとモンスターの後ろに隠れてしまった。
「何ヶ月か前にな、こいつを南の森で拾ったってやつが売りにきたのさ」
 デュアンと店主が話しているのをルイーザの後ろで聞いていたルルフェットの頭の中は、ツミレの花のことでいっぱいだった。
 惚れ薬の原料になるツミレの花。そんな薬が作れるかも、それを使ったからってうまくいくかもわからない。それでも、デュアンが自分を見てくれるなら……どうしてもツミレの花が欲しくなった。

 次の日の朝。ルルフェットとルイーザが宿から姿を消していたのだった。


 町の南に広がる森の中には…リスのような人間の姿をしている、ロボス族の暮らす里があった。彼らは長老であるニーザを中心に囲み、ひとかたまりになって話し合っていた。
「これで…子どもたちが5人、行方不明か……」
 みんな、一様にため息をつく中、1人の男が叫んだ。
「あいつらだ!! ツミレの花のことを聞いてきたやつらがやってるんだ!」
 つい4日前のこと。ロボス族の1人に、ツミレの花のことを聞いてきた人間がいた。もともと臆病なロボス族だったが、彼らが守っているツミレの花について聞かれたことで、いつも以上に驚き、慌てて里に戻って来たのだった。
「ロボスの谷風でつり橋が壊れて大丈夫だったけど、橋が完成したら……」
 谷には止んでる時間の方が少ないくらい、風が吹き荒れている。作るのに時間がかかるとはいえ、幾日か過ぎれば、新たなつり橋がかけられて里へとやってくるだろう。その不安がロボス族の心を支配し、中にはパニックに陥って叫び出す者もいた。
「静まれ!」
 低く、落ち着いた声が辺りに響く。我に返った村人たちは、声の主である長老に視線を集めた。
「ロボスの里は偉大なるロボスの神の力に守られておる。騒ぐでない」
「しかし……」
 年若い男が異議を唱えようとしたその時、まだ子どもとも言えるフワフワの髪をした女の子が辺りを見回しながら聞いた。
「……長老さま、ミィルは?」
 ミィルというのは、長老の孫のことである。少女とは小さい頃からの友人で、男の子でありながら人見知りで気の弱いミィルをいつも守っていた。
「ミィル? あやつなら、子どもたちと一緒に遊んでおったはずじゃが……」
「子どもたちと……?」
「!?」
 村人のその呟きに、長老の顔色が変わった。それを見たか見ないかのうちに、少女は身を翻して駆け出していた。
「あたし、探してきますっ!!」
「ユイシェラ、待ちなさい! 1人で行くでない!!」
 長老の声がユイシェラの背を追うが、彼女は振り向きもせず森へと消えていった。


 南の森にやってきたルルフェットは、持ち前の能力を活かしながら順調に森を進んでいた。
 ある時、木々の茂みの向こうから聞こえるすすり泣く声に気づく。
「そこにいるのは誰?」
 ルルフェットは、ルイーザの手を握りながら恐る恐る聞いたが、反応はない。悪い気配はしないことを感じてガサリと木々をかきわけてみると、そこには茨に引っかかった1人のロボス族がいた。
「今、助ける!」
 彼女はすぐにかけより、少しずつ茨と絡んだ毛をほぐしていく。
「これで大丈夫だ」
「……ありがとうございます」
 まだ涙が目にたまっていたが、ペコリとお辞儀をしたその子に、ルルフェットが微笑んだ。その可愛らしい微笑みに思わず顔が赤くなった。
「あの、ぼく…ミィルって言います」
 ミィルは、自分と似たような雰囲気が感じられるせいか、彼女の前から逃げるなんて気は全く起きなかった。普段なら、人間…それも、武器を持っている冒険者風の者など、見た瞬間に逃げている。なぜかなんて理由はわからなかったが、ミィルの赤い瞳はルルフェットからそらすことができなかった。
「わたしはルルフェットだ。こっちはルイーザ」
 彼は、彼女の後ろにいるもこもこのモンスターを見て一瞬身体を固くしたが、ぎこちなく笑みを見せた。
「こんなところで、何をしてて茨に引っかかったんだ?」
「!」
 ルルフェットの言葉に、ミィルの顔色が変わった。
「そうだ! 急いで里に戻らないといけなかったんだ……」
「何かあったのか?」
 心配そうに自分を見る彼女に、ごくりと喉を鳴らしてから答えた。
「人間に仲間の子どもたちが連れ去られたんです」


 ユイシェラが息を切らして里に戻ってきたとき、村は暗い雰囲気に包まれていた。その中心に探していた姿を認め、声をあげる。
「ミィル! 無事だったのね!」
「ユイシェラ……」
「…? 子どもたちはどうしたの?」
 不安げな顔で自分を見るミィルにの側にも、村人たちの中にも、彼が一緒に遊んでいたはずの子どもたちがいなかった。ユイシェラの当然の問いに、村人の1人が悔しそうに言う。
「さらわれた…」
「!?」
「ミィルが見たんだ。長い髪を三つ編みにしたやつと、大きい身体のやつだったって…」
「そいつら、ツミレの花のことを聞いてきたやつらと一緒だ! 三つ編みにした髪の長い奴がいた!」
 ざわざわと村人たちが騒ぐ中、ミィルが地面に視線を落としたまま呟いた。
「かくれんぼしてたんだ…。ぼくは途中で茨にひっかかって身動きが取れなくて…茂みの向こうで子どもたちを連れて行く人間が見えたんだ」
「……そいつら、許せない」
 聞きなれない声にユイシェラが後ろを見ると、そこに茶色の髪の人間がいた。隣には大きなモンスターもおり、びくりと身体が跳ねた。
「…っ…その人間とモンスターは!?」
「あ、この人たちはぼくを助けてくれたんだ。ルルフェットとルイーザだよ」
 ミィルの言葉に入っていた力を抜く彼女の横に、ルルフェットがやってきた。
「子どもたちを助けるんでしょ? わたしも協力する!」
 しかし、村人たちの反応は芳しくない。
「人間に敵うわけない……助けるなんて無理だ!」
「そうだ! おれたちもつかまって食われちまうんだ!」
 一様に不安な気持ちだけをぶつけて、各々の家へと消えていった。残ったのは、長老ニーザとミィル、ユイシェラだけだった。どうして? という顔をしているルルフェットに長老がため息を吐く。
「……わしらは臆病な種族でな、助けてやりたい気持ちも強いが、それに見合う心が足りんのじゃ……」
 そんな中、いつもなら真っ先に逃げているはずのミィルがぐっと手を握った。
「…ぼく、頑張るよ。ぼくがドジ踏まなきゃ、一緒に遊んでた子たちもさらわれなくてすんだんだから」
「あ、あたしも!」
 ユイシェラも元気にそう言う。ルルフェットは彼らを見ながら考えていた。
 5人じゃ…無理だ。わたしたちだけじゃ、子どもたちを取り返すなんてできない。きっと……きっと、わたしとルイーザを探してデュアンが近くまで来てるはず。デュアンを呼んで来よう!
「わたしの仲間が近くにいるはずなんだ。その人がいればきっと何とかなる」
 ルルフェットはそう言うと、ルイーザの方を向く。
「ルイーザ、デュアンを呼んできて。頼んだよ」
 一瞬ルルフェットと離れるのを嫌がるそぶりを見せたルイーザだったが、彼女の真剣な紺の瞳に見つめられ、1つうなずくと走り出した。


 その頃、デュアンは…ロボスの谷まで来ていた。
 ルルフェの様子がおかしくなったのは、薬屋から出た後だ。薬屋で話したことの中で彼女が過剰に反応していたのは…ツミレの花のこと。彼女も店主が言っていたことを聞いているから、きっとこの森にいるはずだ。そう考えてやってきたのだ。
 しかし、広い森の中。ルルフェットのように森の中で歩くのに慣れているわけでもない。早々に迷いそうになっていたとき、近くから人の声が聞こえてきた。
「ええい! 急げ! 急ぐんだ!! ツミレの花はすぐそこで私を待っているというのに…お前たちがぐずぐずしているからだぞっ!!」
 ツミレの花、という言葉にデュアンは声の方へ近づいた。
「誰だ? 誰がいる? ぎぃーっす!」
「こら、チェック! 静かにしろ!」
 木の影に身を隠していた自分の頭上で叫ぶチェックの口を急いで押さえるが、少し遅かった。
「ん、誰だぁ? そこにいるのは。出て来やがれっ!」
 カチャリと剣を抜く音が聞こえたので、デュアンは大人しく姿を見せた。
「すみません! おれ、この森に先に来ている仲間を探して来ました」
 敵意がないことを見せるために、素直に謝ると、剣を降ろした灰色の髪を短く刈り上げた男が人のいい笑みを見せた。
「お前、冒険者か」
「はい。戦士をやってます」
 自分よりもがっちりとした身体に、鎧と青いマントをしている男は、
「おぉ、俺も同じだ」
と言いながらこちらに近寄ってきた。
「この先に探しに行くつもりなら、今作ってる橋ができなきゃ無理だぜ。しばらく待ってな」
「ありがとうございます」
 デュアンが男にペコリとお辞儀すると、少し離れたところから先ほど聞こえてきた声が飛んできた。
「こらぁーっ! ゼファっ! 何をさぼっておるのだ! 早く作業に参加せんか!」
「すんません、ライナーさん。今行きますよ」
 ゼファと呼ばれた男が頭をかきながら向かった先には、場違いなコートにスーツ、赤い花のついたシルクハットをかぶった人がいた。ライナーは杖を振り上げてゼファの頭をポカッと叩いた。
「…お前、名前は?」
 ぽかんとその様子を見ていたデュアンは、隣からかかったその声に驚く。視線をやると、そこには薄い紫色の髪を三つ編みにした男が立っていた。
「デュアン・サークです」
「おれはチェックだ、ぎぃーっす!」
 デュアンの頭の上でそう言うチェックに一瞬だけ紫色の目を見開くが、すぐにそれを消すと、
「…俺は、ケイ。あっちはゼファだ」
あごでさっきの男を指しながらそう言った。
「俺たちはあのじーさんに雇われた傭兵だ」
 じーさんと呼ばれているのは、ライナーという男のことだろう。しかし、それほど年がいっているようには見えず、中年のおじさん程度に思えた。
「無類の花好きでね、コレクターでもあるのさ。今のターゲットはこの森にあるだろうツミレの花さ」
「ツミレの花…」
「リスに似たロボス族にその花のことを聞いたら逃げやがったからな…十中八苦この森にあるだろう」
 デュアンはその言葉を聞いて、やはりルルフェはこの森のどこかにいるだろうと確信した。
「あー…そうそう。この谷…2時間に10分程度しか風が止んでいる時間がなくてね、おかげで橋をかける作業が遅れてんだが、もうすぐ完成だ。2時間後には渡れるだろう。もうしばらく待ってな」
「こら、ケイ! お前も手伝わんか!」
 ライナーにそう言われた彼は、聞こえない程度に舌打ちをした。
「はいはい、今行きます〜」
 しかしすぐにそう言うと、前髪をかきあげながら、マントのようなローブのような紫色の服を風になびかせ、仲間たちの方へ歩いて行った。


 ルイーザがデュアンの元に来たのは、谷風が再び止んだころだった。
「ルイーザ! どうしたんだ? ルルフェは?」
 言葉の話せないルイーザはまずはうなずいて彼女の無事を知らせる。そして、「ウガァ、ガァウ」と言ってチェックに向かって話しだした。
「ルルフェ、ロボスの里にいるって。助けて欲しいって言ってるぞ」
「ロボスの里だと! このモンスターはロボスの里の場所を知っておるのか?」
 デュアンの側で話を聞いていたのだろう、ライナーが口を挟んできた。
「多分、そうだと思います。仲間がおれを呼んでるみたいなので…」
 デュアンがそう言うと、ライナー掴みかかる。
「ぜひ、私もそこに連れて行って欲しい! ぜひツミレの花を手に入れたいのだ!」
「わ…わかりました。でも、あんまり大人数で行くのはどうかと思うので…数人にしてください。お願いします」
 その勢いに押され了解してしまったデュアンは、ライナー、ゼファ、ケイの3人と一緒に、できあがったばかりのつり橋を渡った。渡りきったところで、少し前を歩いていたルイーザが急にスピードを上げた。
「ルイーザ、ちょっと待って……どうしたの?」
 デュアンが慌てて追いかけると、ぴたりと止まって自分を見たルイーザの後ろから声がした。
「デュアン! そいつら悪い人だ!」
「え? ルルフェ?」
 ちらりと見える彼女の目はつりあがっていた。
「ロボスの子どもたちをさらった!」
「え…えぇ?」
 どういうことだ? と首をかしげるデュアンにケイが聞く。
「あれがお前の仲間か?」
「は、はい」
 ケイの問いにうなずくデュアンの横から、ゼファが肩をすくめた。
「俺たちがロボスの子どもをさらったって? そりゃ勘違いだぜ、お嬢ちゃん」
「そ…そんなことないっ! ロボスの人たちがその2人を見てる!」
 首を左右に振って一生懸命訴えるルルフェットの様子は嘘ではないだろう。しかし、デュアンはライナーたちがそんなことをしていないということも知っていた。
「ルルフェ。この人たちが言ってることは本当だよ。おれも少しだけど一緒にいたからわかるんだけど、この人たちのキャンプにはロボス族の子どもなんていなかった」
 デュアンのその言葉にルルフェットはさっきまでの勢いなく、口を開いた。
「でも……脅迫状も来てる。子どもたちを返して欲しかったら、明日、ツミレの花と交換だって」
「ツミレの花! ツミレの花はやはりロボスの里にあるのか!?」
「ライナーさん…ちょっ…今は……」
 ツミレの花と聞いて声をあげるライナーをゼファが止めようとするが、ライナーはルルフェットに近づく。しかし、彼女の視線は、何事かを考えているデュアンに注がれていた。彼女がまったく自分を見ていないことを知ると、ライナーはやっと雰囲気が読めたのか、静かにゼファとケイの前へと戻り、同じようにデュアンを見つめた。
「……ロボスの子どもがさらわれたのは本当。でも、さらったのはライナーさんたちじゃない……」
 じゃあ……誰が?
「ケイさん、ちょっといいですか?」
「あぁ」
 デュアンは、頭の中にひらめいたことを小さな声でケイに話していった。


「……と言うことなんですが、協力していただけますか?」
 デュアンはルルフェットたちと一緒にロボスの里に来ていた。
 新たな犯人を燻り出すために、ライナーたちには一度キャンプに戻ってもらっていた。そして、デュアンは自分が考えた計画をニーザ、ミィル、ユイシェラに話して聞かせていたのだ。
「それが子どもたちとツミレの花を守ることに繋がるなら、喜んで協力しましょう」
「ぼくも、頑張ります!」
「あ…あたしも!」
 力強くうなずいてくれる彼らに、デュアンはにこりと微笑んだ。その他のロボス族の人たちは話を聞きに来てもくれなかったが、協力を申し出てくれた3人の手が震えているのを見て…彼らにとってそれほどの勇気を出すのはとてつもないことなのだとわかった。せめて、安心してもらえるようにその笑顔を向けた。


 次の日…取り引きの時間がやってきた。
「デュアン、来たぞ! ぎぃーっす!」
 小さな羽でパタパタと飛んでいたチェックが人影を確認したようだった。耳をすますと、遠くの方からガラガラと何かの音が聞こえてきた。
「チェック、子どもたちは?」
「みんな縛られて、台車の上にいるぞ」
 チェックのその言葉に、デュアンがうなずく。
「よし…じゃあ、ルルフェ。準備しよう」
「うん!」
 2人は息を潜めて敵が村の中に入るのを待った。
 やってきたのは、2人の冒険者らしき人間だった。1人はゼファによく似た格好をしていたが、髪の色と体格がまるで違う。どうやら巨人族のようで、子どもたちの乗った台車を、長老たちの待つ場所から少し離れたところに止めた。
「さぁ、さっさと取り引きをはじめようじゃないか!」
 そう言ったのは、ケイと同じように長い髪を三つ編みにした女性。赤茶けた髪の色もそうだが、丸みを帯びた女特有の身体がケイとは別人だと教えてくれていた。
「ツミレの花はどこにあるんだい?」
 腕を組んでそう聞く女に、長老がごくりと唾を飲み込んだ。
「ツ…ツミレの花は渡せん! 花を守ることは我らの使命なのじゃから!」
「子どもたちの命が惜しくないようだね!? フェズル、一匹やっちまいなっ!」
 顔を引きつらせた女が後ろに控えていた大男に向けられる。フェズルと呼ばれた彼はくるりと後ろを振り向いて台車を見た。次の瞬間、腰から下げていたツーハンデットソードを軽々と抜いて振り下ろした。
 ガキィンッ!!
 大きな金属音があたりに響く。
「ルルフェ! 子どもたちを!!」
 そこには、ロングソードで相手の刃を受け、そう叫ぶデュアンがいた。彼は、敵が長老たちと話しているうちに、台車の上にいた子どもたちの縄を解いていたのだ。
「こっちだ!」
 ルルフェットは泣きじゃくる子どもたちを連れて森へと入っていく。
「ちっ!」
 その様子を見た女は、ニーザを突き飛ばすと村の奥の方へと走っていった。デュアンは女の動きを目の端に捉えてはいたが、フェズルの次の攻撃を受けるので精一杯。びりびりとしびれる手に顔をしかめるしかなかった。
「こ…ここから先は…い…行かせませんっ!!!」
 その時、森にミィルの声が響いた。彼がその声を出したのかというくらい、大きな声だった。ミィルは震える身体を一生懸命伸ばして、通せんぼしていた。
「どきなっ! このリス野郎!!」
 女のドスのきいた声と同時に、すらっと長い足が振り上げられ、彼は痛みを覚悟して目を閉じようとした。
「ミィルっ!!!」
 その時、ユイシェラが声とともにあらわれて自分をかばった。それはほんの一瞬のことだったが、ミィルの目にしっかりと見えた。彼女の身体が自分以上に震えていることを。
「ユイシェラっ!!」
 瞬間、ミィルは彼女に飛びついていた。背中に衝撃を感じた身体は、ゴロゴロと勢いよく地面を転がった。
「!」
 丁度その様子を、子どもたちを避難させて戻ってきたルルフェットが目撃する。目を座らせた彼女は、背の矢束から1本矢をとってすぐさま放つ。その矢はにやりと笑って先へと進もうとする敵の目の前を掠めた。
「キャッ!!」
「そこまでだっ!」
 女の足が止まったその時、待ち望んだ声が響いた。
 ルルフェットが視線をやると、女のすぐ近くにケイとゼファが立っていた。実は、1人別行動をしていたユイシェラが、ロボス族の使う道を通って、彼らをここまで連れて来ていたのである。
 ゼファはすぐに駆け出してデュアンの加勢に入る。身体の大きさと力が違うとはいえ、デュアンとゼファの2人がかりではフェズルも防戦一方だ。
「……こんな奴と俺が似てるって? 大迷惑だぜ…っ!」
 ケイの方は、右手を相手に向けて何事かを唱えた。すると手から風の塊があらわれて、女を包んだ。
「魔法使いっ!?」
 彼女を包んだ塊は段々と大きくなると、その中だけで嵐のように風が吹き荒れた。
「キャアァ――――っ!!!」
 キイィンッ!!
 フェズルは、女の叫び声が聞こえたとたんにゼファとデュアンの剣を弾いて駆け出した。
「イシスっ!」
 風に巻かれてぼさぼさになった髪のまま、地面にへたり込む女を抱きかかえると、一気にその場から走り去ろうとした。ルルフェットが後を追うが、イシスが放ったコールドの魔法によって行く手を遮られる。
「待てっ!」
 声だけは彼らの背を追ったが、再び走り出すころにはどこへ行ったのかわからなくなっていた。


「金儲け目当てのやつらに利用されてたってのが気にくわねぇな」
 ぼそりと呟くゼファの背をバンと叩き、ワクワクした顔でライナーが言う。
「いいではないか! こうしてツミレの花をこの目で見れるのだから!」
「ライナーさんはそうでも…俺たちは……」
 彼はそんなゼファの言葉を聞くこともなく、先を歩くニーザの背を追った。
 やってきた場所は、村の奥に流れる川だった。透き通ったその水の流れは、小さいがしっかりと森の命を支えていた。その1つが、周辺に咲き乱れるツミレの花である。
「……小さいけど、とってもきれい」
「いい匂いだ! ぎぃーっす!」
「そうだね」
 微笑みを浮かべて言い合うデュアンたちの横で、ライナーは目に涙を浮かべ、一言も言葉を発せずにいた。
「この花は、この里でしか育たない不思議な花なのです。ツミレの花の咲く姿、匂い、そして、この風景を守るのがわしらの使命……」
 ニーザは、デュアンたち、そしてライナーたちに視線を送る。
「皆さんがいらっしゃらなければ、それを守ることができないところでした。本当にありがとうございます!」
 深く頭を下げる彼にデュアンが声をかけようかと思った時、
「ぼくからもお礼を言わせてください」
背後からしっかりとした声が聞こえた。
「ミィル、大丈夫か?」
 ユイシェラと並んでやってきた彼は、ルルフェットに向かって1つうなずくと笑顔を見せた。
「蹴られた痛さより、ぼくがユイシェラを守れたことがうれしくて…」
 顔を赤くして見つめ合う2人に、みんなが肩をすくめる。その雰囲気にはっとしたミィルは、ポリポリと自分の頭をかくと、ルルフェットに向き合った。
「ルルフェットがぼくを助けてくれなければ、デュアンさんにも…みなさんにも会うことはなかったんですよね」
 視線をデュアン、ケイ、ゼファ、ライナーへと動かした彼は、祖父と同じようにしっかりと頭を下げた。
「ぼくらの里を守ってくれてありがとうございました!」
 顔をあげた彼は、少し前までの雰囲気とは全く違い、守るものを得た自信があふれていた。


 ライナーは、この花はここに咲いているのがいいんだと言って、ツミレの花を自分のコレクションに加えるのを諦めた。変わりに、また立ち寄ってもいいか…と長老に聞いていたようだ。
 ルルフェットは、ロボス族の人たちに力を貸しているうちに、自分が何のためにこの森へやって来たのかすっかり忘れていた。ツミレの花を見たときにやっと思い出したが、この花はそんなことのために摘んでいいものじゃないと思っていた。
 次の目的地へ向かって旅立った彼女は、少し前を歩くデュアンの背中をじっと見つめていた。
 薬なんかなくたって、いつか自分の方を振り向かせてみせる。
 ルルフェットはそんな気合を込めて、弓だけ持って構えた。
 もちろん、狙いはデュアンの左胸。

 ビンッ!

 弦を弾いた彼女の顔には、ミィルと同じ自信のあふれた笑顔が浮かんでいた。

- end -

2013-11-23

FQコミックの「ツミレの花」ネタをDSでも使えないかな…と思って考えたお話です。

この後に続く外伝2話は、
外伝1 → 本編中の取引の日のライナーたちの動きを追ったもの
外伝2 → 敵キャラ2名のその後
となっています〜。


屑深星夜 2006.2.27完成