貴方の心に

貴方の心に


   歌おう このうたを
   ちっぽけだけど 心を込めて
   貴方の心に 届くように





 最近、シュウの顔色がよくないんだ。心なしか頬が痩け、目の下にはうっすらクマができてる。眉間にシワは寄りっぱなしで、いつもよりピリピリしてるような気がする。

 ……それも仕方ないんだけどね。

 だって、セイラディア軍を実際に動かしているのはシュウなんだもん。もうすぐ戦いも近いから……余計なんだと思う。
 でも、城にいてもボクにできることはほとんどなくって、頑張ってるシュウを見てるだけになっちゃうんだ。

 仕事のお手伝いができないのは前から変わらない。
 大好きな人が疲れてるのにその手助けすらできない自分が悔しくて、ほんのちょっとでも疲れが取れれば…ってお茶を入れたこともあった。

―― ここにいるだけで役に立っている。俺にとっては特にな。

 シュウのその言葉がうれしかったから、時間があればシュウの傍にいようって心がけるようにもなった。
 けど、ここ数日は傍にいることもできない日が続いたんだ。ボクも偵察兼ねて遠征に出かけることが多かったし、帰ってきてみれば今度はシュウの方が城にいないこともあった。

 だから、久しぶりに会ったシュウの変わりようにすっごくビックリした。

―― 何もかも忘れて休んで!

 思わずそう言いそうになったけど、ギリギリのところでこらえる。

 だって、ボクには言えない。セイラディア軍のために走り回ってくれてるのに、そのトップに立つボクが“やめて”なんて言えるはずないでしょ?

 側にいるだけじゃない。それ以外に、何かボクにできることってないかな?


「うたを歌ってみたら?」
「うた?」
 誰もいないステージにちょこんと腰かけたアンネリーにそう言われて、ボクは首をかしげた。
 唸りながら歩いてたボクの話を黙って聞いて、相談に乗ってくれた彼女は頷くんだ。
「うたには心を慰め、癒す力があると思います。セイさんが心を込めて歌えば…きっとそれが相手に届くんじゃないでしょうか?」
 そこまで言って、ちょっとだけ困った表情になったアンネリーが続ける。
「わたしはうたうことしかできないので、それしか言えないんですが…」

 うた。

 うたなんて、今まで歌った覚えがない。
 記憶にあるのは、ゲンカクじいちゃんが子守唄を歌ってくれてた…ってことくらい。お世辞にも上手とは言えなかったけど、ちっちゃい頃はじいちゃんのそれを聴かないと落ち着いて眠れなかったから……。

 心を込めて歌ってくれてたの、かな? ボクが安心して眠れるように…。

 例え下手であっても、聞いている人にボクの思いが伝わるかもしれない。シュウを少しでも癒すことができるかもしれない。

 その思いがボクを動かした。

「……アンネリー、教えてくれる?」
「はい、よろこんで」
 アンネリーは、頷きながら花が綻ぶみたいに微笑んだ。


 その夜、ボクはシュウの部屋にお茶を持って行って、教えてもらったうたを歌った。
 まともに歌ったこともなかったから、声は震えるし、音程も酷かったと思うんだけど…

 この一瞬だけでも仕事のことを忘れて休めますように!

…それだけを願って声を届けた。
 紅茶を飲みながら目を閉じて聴いてくれてたシュウは、うたが終わっても目を開けることなくただ静かに座ってたんだ。
「……シュウ?」
 不安になって呼んでみたら、
「もう1度歌ってくれ」
眉間のシワが取れた顔でそう言ったんだ。
 ボクはうれしくなってもう1度歌った。もちろん、さっきみたいに思いを込めてね!
 聴いた後、ゆっくりと目を開いたシュウの顔には久しぶりの笑顔があって……。
「また歌ってくれるか?」
 その言葉に、ボクは思いっきり頷いたんだ。





   歌おう このうたを
   ちっぽけだけど 心を込めて
   貴方の心に 届くように


   上手いわけじゃない
   声だってきれいなわけじゃない

   あるのは ただ
   貴方のために 何かしたい
   …その気持ちだけ


   歌おう このうたを
   ちっぽけだけど 心を込めて
   貴方の心に 届きましたか?

- end -

2016-8-21

4.20の妄想会にて生まれた作品。
同志が大好きな歌手さんの歌のタイトル「小さなうた」をお題に考えました。

似たようなテーマの話を「そこにいるだけで」で書いていたので、清書するにあたってちょっとその辺りと関連させてみました。
そこはうまくいったかと…。


2009.4.28完成(2016.8.21修正)