日常2(裏)

日常2(裏)


 日常 ―― いつものように繰り返す毎日


 辞書にこう書いてある通り、毎日を時間通りに生活して、それを繰り返す。
それが日常だと理解していた。

 しかし俺は、たとえそうでなくても「日常」はあるものなのだと知る。



「…どうしたの? シュウさん。さっきから仕事が進んでないみたいなんだけど……」
 ふと声をかけられてハッと顔を上げた。
 今日は久しぶりにセイが城にいる日だ。早く仕事を終わらせて相手をしようと思っていたのだが…先ほど言われた通り、ここ2時間、仕事はまったく進んでいなかった。
「何か…イライラすることでもあったの?」
 心配そうな瞳で見つめられ、俺はため息をついた。
「……葛がここ3日帰ってこない」
「葛が?」
 最後に姿を見たのは4日前。夜、セイが部屋に来た時に出て行って以来、1度も帰ってこない。
「さすがにそれだけいないと心配でな…」
 言いながら俺は自分の心に矛盾があることに気づいた。
 俺は葛のことを心配はしていない。あいつなら1人でもなんでもやれると知っているから、そうする必要がないのだ。
 何年か前にも1度こういうことがあった。しかし葛は、食料も自分で調達し、結局は怪我1つなく無事に家に帰ってきた。
 なによりも、心配しているなら俺はもっとうろたえているはずだ。
 だが、今の私は……ただ、どこか落ち着かないだけ。胸の中にもやもやしたものが渦巻いていて、イライラしている。
 なぜだ? なぜ落ち着かない……?
「葛のこと、大切なんだね」
 …大切?
「…そうかもしれないな。どうにも落ち着かなくて変な気分だ」
 少し悲しそうに微笑むセイに軽く肩をすくめて答えた。
 その時、ふと気づいた。
 …そうか。いつも俺の側にはあいつがいた。それがいないから、落ち着かないのだ。

 葛は、俺がセイラディア軍に入る前から側にいた。
 仕事の時も、食事の時も、ほとんど何をするにもあいつは俺の近くにいた。
 部屋で黙々と仕事をしている時でも、俺の視界の中には必ず葛がいた。

 ……いつの間にかあいつがすぐそこにいることが当たり前になっていたのだ。だから…
「……あいつがいないと仕事にならないのか」
 再びため息をつき、俺は額を押さえた。まさか俺にとって葛の存在がこんなにも大きなものになっているとは思わなかったからな。
「ねぇ、シュウさん。探しに行こう」
 セイの声に顔を上げると、真剣で真っ直ぐな瞳とぶつかった。
 澄んだ輝きを放つその瞳の底には…先ほど見えたすこし悲しそうな色が混じっていた。
「…シュウさんは気づいてなかったっかもしれないけどね、葛…ボクと一緒なんだよ」
 セイと葛が同じ?
「どういうことだ? セイ」
 そう聞くと、セイはくるっと俺に背を向ける。
「葛はシュウさんのことが好きなんだ」
 そしてそのまま続ける。
「でも、最近、ボクがシュウさんのところに入り浸ってるから、葛、きっと淋しくて…ここに居たくないって思ったんだと思う」
 言い終わった彼は、スッとうつむいた。俺は椅子から立ち上がり、彼の側へ寄りながら聞く。
「…どうしてわかる?」
「だって…ボクだって、そうだから……」
 そう言ったセイの顔は、今にも泣き出しそうなくらい歪んでいた。
 俺はすぐに彼を引き寄せてギュッと抱きしめた。そして、大丈夫だというようにその背を軽く叩いてやる。
 心配しなくてもいい。俺にとって1番大切なのはお前なのだから。

 セイはきっと、俺にとって自分は葛よりも大きな存在じゃない、と考えたのだろう。だから、俺に葛の気持ちを教え、葛を探すように言った。俺にとって必要なのは葛だと勘違いして。
 …確かに、葛は俺にとって大切なのだろう。あいつは、もう、俺の体の1部のようなものになっているような気がする。
 だが、セイは違う。セイは俺の1部ではない。

 セイは誰よりも大切な…俺の愛する人なのだから。

「心配しなくていい。お前が誰よりも大切だ」
 耳元でそうささやくと、セイは一瞬にして真っ赤になった。
 ……可愛いものだな、こうも反応してくれると。



「シュウさん、葛を探しに行こう」
 落ち着いたあと、セイが最初に言ったのはこれだった。
「…俺が葛を探しに行ってもいいのか? お前は」
 そう聞くと、彼は今度は優しく微笑んだ。
「これ以上仕事ができないと、シュウさん困るんでしょ?」
 ……確かに。これ以上仕事が進まないと軍の運営にも支障をきたしてしまう。
「言ってあげてよ。葛がいないとダメだって」
 やわらかい笑顔だ。まるで温かい春の日差しの中にいるような感覚が俺を包む。
 知らず、頬に笑みが浮かぶ。
「……お前がいなくてもだめだがな」
 セイがいなくなったら、仕事どころじゃなくなる。心配して、うろたえて、きっと何日でも、見つかるまで探すだろう。
 この腕の中に愛しいお前を抱きしめるまで。
 俺の言葉に再び頬を染めるセイに手を伸ばす。
「手伝ってくれるか?」
 彼は花が綻ぶように微笑んでこくんと頷いた。



 葛をユズのところで見つけ、葛を腕のなかに抱えて自分の部屋に戻りながら、俺は考えていた。

 …葛がここにいるのが俺の日常なんだろう。
 もちろん、セイが居ることも俺の日常には欠かせないことだ。

 たとえ時間通りの毎日ではなくても、側に彼らがいれば、俺の日常は成り立つのだろう、と。

 それ以来、俺は時間通りに生活することをやめた。中にはそうされると仕事がしずらいという者もいたが、俺は気にしなかった。
 まぁ、またいつか戻すかもしれないが、たまにはいいだろう、こういう日常も。

- end -

2015-4-30

2000年にUPしたものを、修正UP…したものを、ほぼそのまま載せてあります。

ようやく、カップリングの片割れのシュウ視点です。
この人視点は……無駄に恥ずかしくて困ります(笑)


屑深星夜 2008.5.3修正(2015.4.30修正)