……この子、あたしが部屋にいるって絶対気づいてないわね。気づいてたんならこんなことするわけないもの。
あたしが丸まってる棚の上から見下ろす先にはご主人様の寝台があってね。その前にあの子 ―― セイがしゃがみ込んで、ご主人様が今朝起きた時に綺麗に畳んだシーツをギュッと抱えてるの。もちろん抱き締めるだけじゃないわよ? 控えめに顔を埋めたり、そっと頬に当てたり、匂い……までは嗅いでないか。でもでも、恥ずかしがり屋のセイがこんな大胆なことするなんて考えられないじゃない? だからその光景が幻なんじゃないかと思うくらい驚いて呆然と見ちゃってたんだけど、やっぱりご主人様大好きなあたしとしては許せることじゃない。
あたしだって本当は寝台の上でゴロゴロしたいし、シーツがグシャグシャになるまでじゃれて遊びたいし、その感触をふみふみして確かめたいし、満足するまで匂いを嗅いでその上で丸まって寝たいわよっ!!
でもそうすると、寝台が毛だらけになるし行儀も悪いって言ってご主人様すっごくお怒りになるの。あたしも興奮し過ぎると爪立てちゃうでしょ。そのせいでシーツが破れたこともあったから余計にね〜。
……って、まぁ……つまり? 経験済みなわけ。だから、いつもそうしたい衝動に耐えてるのよ!
あのセイがこんなことしてる理由には心当たりがあるわ。と言うかひとつしかない。
この子、ここ一週間ご主人様から逃げ回ってるの。
またよ!? また!! あたしでさえもういい加減にしなさいよって言ってやりたくなるんだけど、つまり、また恥ずかしくてご主人様のこと見ていられない状況になってるってわけよ。
けど、逃げれば逃げるほど会いたい気持ちは膨らむばっかり……ってところかしらね。だからこうして、ご主人様のいない部屋に潜り込んでご主人様のカケラを探して、ご主人様補給してるに違いないんだわ! もう…っ! 腹立たしくて堪らないったら!!
しばらくして満足したセイが部屋を出る時に、その足下からスルリと抜け出てやる。と、びっくりしてピョンと後ろに飛んだセイから驚きの声が上がるの。
「…え…えぇっ!? 葛いたの!?」
……さぁ、どうでしょうねぇ〜?
もちろん居たわけだけど、正直に言ってあげるわけがない。
そもそもセイは人間であたしは猫。どんなことを言ったって通じやしないわよ。だから『ご主人様も昨日あんたと同じことしてらしたのよ』……なーんて言ってもあたしのただのひとり言。それでも、言いたくないことは言いたくないのよっ! わかるでしょ?
……ホントは見たくなんかなかったわよ。セイが遠征でいない間に部屋に忍び込んで、さっきのセイと同じ様なことしてらしたご主人様の姿なんて。
……あぁもう! お互い主のいない部屋に忍び込んでシーツを抱えてカケラを補給し合うくらいなら、会えばいいじゃない直接!! その方が早いし、カケラなんかよりもたっくさん補給できるのにっ!!
内心でそう思ってはいても、仮にもセイはあたしのライバル。つまり敵なわけで、そんな相手に素直になれる程人間……ううん、猫できてないわよ。だから、ご主人様には悪いけど絶対絶対協力なんかしてあげないんだからっ!
「もしかして……見てた?」
知らなぁ〜い! そう思うんならそうじゃないの〜?
「く、葛…?」
尻尾を振って答える気がないことを伝えたあたしは、そのまま振り向くこともなく廊下を歩いて日課の散歩コースへ向かう。
見てる方がもだもだするほどゆっくりペースのご主人様の恋。手放しで応援できるほどあたしの心は広くないけれど、そのもだもだすらも幸せそうに見えちゃうあたしは十分応援しちゃってるのかも?
……なーんて。絶対認めてあげないけどね!
- end -
2022-05-05
2018.1.4に発行された「幻想水滸伝2 シュウ×主人公アンソロジー 1114」に参加した時の作品。
だいぶ前に転載許可は出ていたのですが……今回やっと作業できました!
大好きなシュウ主アンソロに参加するなら、やはりうちの子のお話……と考えた結果、シュウ、葛、セイ、それぞれの視点の短編3作となりました。
屑深星夜 2017.8.31完成