ある日のできごと 3.精一杯の距離

ある日のできごと 3.精一杯の距離


「シュウ兄さんを休ませたいんです。だから一時間でも二時間でも構いませんから部屋の外へ連れ出して欲しいの」
 アップルがそうボクに頼んでくるのもわかった。
 ボクも心配してたんだ。だって、三日前から食事も部屋でとってるし、睡眠時間もギリギリまで削って机に向かってるんだもん。まだ体調を崩すような無理はしてないみたいだったけど、ボクとのお茶の時間も取る余裕がないくらい忙しい日が続いてたんだ。
 本当は無理矢理休ませたい気持ちもあるんだよ。 けどボクは、細々としたこと全部シュウに任せることしかできないんだもん。あんまり強く出られなかったんだ。
 でも、そろそろどうにかしないと身体壊すよな……って思ってたボクより先にアップルの方が動いてくれたみたいで、シュウの負担を減らすためにジェスやフィッチャーの手を借りられるように手配して、休憩が取れる隙を作ってくれてたんだ。
 でも、そこまでお膳立てして「休んで」ってアップルとか他の人が言っても、「わかった」って頷いて素直に休んでくれる人じゃあないよね、シュウは。そんなことすると逆に仕事を詰め込みそうだもん。だからボクにお鉢が回ってきたんだと思う。
 断る理由はどこにもないからもちろん引き受けたんだけど、部屋から連れ出してどこに行こうかすっごく迷った。お城の空中庭園や庭で並んで座ってボーッと景色を眺める…とか、食堂で一緒にお茶する…とかいいかなと思ったんだけど、城内にいるとシュウの目には気になることがいっぱい映って早く仕事に戻らなきゃって言い出すかもしれない……って思い当たったんだ。
 今は昼過ぎだから連れ出せるのは長くても日暮れまで。時間はそんなにないけど、ビッキーもいるし瞬きの手鏡もあるんだから城外に行こう! そう決めたボクは「交易の勉強がしたい」って言ってシュウを部屋から連れ出した。
 後から思えば、シュウは『交易の勉強』が口実だって気づいてたんだと思う。最初に寄ったゴードンのところで「まずは情報を集めることが重要だ」とか「広く先を見通す目を養え」とか、ちゃんと教えてはくれたんだけど、よくよく思い出すとその後は交易の話はあんまりしてなかったんだよね。……ボクに聞く余裕がなかっただけかもしれないけど。

 次はクロムに飛んだんだけど、その辺からドキドキがうるさくなってきてどうしようもなかった。
 だ、だって、二人でおでかけしてるんだよ? それが例えシュウを休ませるためでも、まるで……デ、デート…みたいでしょ? 意識しないなんてできないよっ!
 隣で歩くシュウの方を向けないし、話しかけられても中身は耳に入って来ないからうなずくことしかできないし……。もう、それくらい緊張してたんだ。

 その後、一度手鏡で城へ戻ってサウスウィンドウへ飛ばしてもらったら、今日は何かお祭りでもあるのかな? すっごく人が多くて、並んで歩くのも大変なくらいだったんだ。
 行き先は交易所だから万が一はぐれちゃったとしても大丈夫なんだけど、せっかく二人で来てるんだもん。離ればなれは嫌だ。シュウも同じ風に考えてるのか、何度も振り返ってボクの様子を気にしてくれてすっごく嬉しかった。けど、その度に行き交う人の邪魔になるのは心苦しい。

 なら手を繋げばいいんじゃないか。

 ふっと解決案が浮かんできたけど、シュウの手を視界に入れただけでボンと顔が熱くなっちゃった。ううう……現物を見たことで繋いだとこを想像しちゃったんだよ……。もう、デートっていったらそれ! みたいな光景が頭の中から消えてくれなくて逃げ出したくてたまらなくなる。
 これ無理っ! 絶対無理っ!! 恥ずかし過ぎるよっ!!
 ブンブンと首を振って想像を追いやってもなかなかドキドキはおさまってくれない。
 でもでも、そうやって迷っているうちにホントにはぐれそうで……それはどうしても嫌で……。

 ……えいっ!!

 勇気を出して握ったのはシュウの服のちょっと広がった袖の部分。手じゃないけど手に近いところ。
 それが今のボクの精一杯の距離。
 ボクの行動に気がついたシュウはちょっとだけ驚いた顔したんだけど、すぐにボクにニコリと微笑む。そしてそのまま何事もなかったみたいに目的地に向かってゆっくりと歩きだしたんだ。

 ……正直、何も言わずにてくれてホッとした。袖を掴むってことだけでいっぱいいっぱいになってたし、微笑みかけられたことで心臓は更にバクバク言ってたしね。そんなボクに気づいていても、何も言わず、何も聞かずにいてくれるシュウってホント大人で優しくて……かっこいいよね。

 それに比べてボクってなんて子どもなんだろう……。

 ……ごめんね? ゆっくりゆっくり…少しずつしか無理だけど、シュウにふさわしいって言ってもらえる人間に近づけるように諦めないで頑張るから。だから、呆れないでこうやって一緒に歩いて……ね?
 ボクは、コッソリ見上げた横顔に向かってそう心の中で語りかけた。


 結局、交易の勉強に集中できないくらいドキドキして緊張してアワアワしてただけの数時間だったんだけど。シュウの表情は出かける前より和らいでたし、アップルにも「ありがとうございました」ってお礼言われたわけだから、一応、本来の目的は達成できたってことだよね? ね!

- end -

2022-05-05

2018.1.4に発行された「幻想水滸伝2 シュウ×主人公アンソロジー 1114」に参加した時の作品。
だいぶ前に転載許可は出ていたのですが……今回やっと作業できました!

大好きなシュウ主アンソロに参加するなら、やはりうちの子のお話……と考えた結果、シュウ、葛、セイ、それぞれの視点の短編3作となりました。


屑深星夜 2017.8.31完成