コンコン…
いつものようにセイの部屋の扉をノックするが…やはり反応はない。
ガチャ…ッ
静かに扉を開けて中に入り、ベッドのある部屋へと足を運ぶ。
部屋に入ってベッドに目をやると、セイは白いシーツの中に丸まるようにして埋もれていた。
俺はふと笑みがこぼれている自分に気づいた。何故かと言うと、セイがまるで葛そっくりな体勢で寝ていたからだ。
「…セイ、起きろ。そろそろ時間だ」
そう言って肩を揺すっても、セイは満面に笑みを浮かべたまま、全く起きる様子を見せない。
…この前の時と全く同じだな。
どうも最近、遅くまで起きているせいか、セイの寝起きの悪さがさらに悪化している。1度声をかけても何も反応しないとき…それは、かなり深い眠りに落ちている証拠だ。
つい3、4日前にも今日と同じことがあった。その時は少々この笑みに引きつけられて、ついああしてしまったが……今日はどうするか。
しばらくの間思考をめぐらした結果、あることが俺の頭に浮かぶ。
さて……どんな反応を見せるか。
半分以上楽しみながら、俺はセイの耳元に顔を寄せてひと言。
「…姫。起きないとキスしますよ」
とたん、セイの体がビクッと反応し、目を開ける。そして、俺の姿を確認するやいなや真っ赤になって体を起こし、シーツに半分顔を隠すようにして瞳だけをこっちに向けた。
予想はしたが…まさかこれほどとはな。
内心苦笑しつつ、セイに声をかける。
「そんなに驚かせるつもりはなかった。安心しろ。何もしていない」
そう言うと、おずおずとシーツを掴んだ手を下ろし、まだ赤い顔を下に向けたままこちらを見上げる。
「…ホント? ホントに何もしてない?」
「していない」
俺がセイの澄んだ瞳を見つめ返したままこう答えると、やっと肩の力を抜いた。
「…ボク、着替えるね。起こしてくれてありがとう、シュウさん」
「ああ」
セイはニコッと微笑んで、ベッドから降り、服を取り出しに棚のあるところへ歩いていく。俺はいつものようにその部屋から出て、すぐ入口の壁に背を預けた。
セイに言われているのだ。着替えているときは部屋から出て待っていろ、と。
どうやら、見られるのが恥ずかしいらしい。
俺は大きくため息をつきつつ、考えていた。
…あの時のあれは、セイにかなりの影響を与えてしまったようだな。いまさら思っても仕方がないが、やめておいたほうがよかったのか。
「……そんなに俺にキスされたのは嫌だったか?」
半分無意識に口から出た言葉は…扉もないので、簡単に壁の向こうに届く。とたん、衣擦れの音がピタリと止んだ。
「…嫌、じゃなかった……けど、―――――…」
「けど…、なんだ?」
消え入りそうな声で肝心なところが聞こえなかったため、俺はもう1度言うように促す。と、しばらくためらった後、ボソッと声が伝わってきた。
…言ったことは理解できた。だが、なぜそれくらいであんな反応が返ってくるんだ?
俺にはどうしてもそれが理解できなかったため、理由を問うてみた。
「どうして、“恥ずかしいから”という理由でキスを拒む?」
「……だって、恥ずかしくてたまらなくなって、ボク、死にそうになっちゃうんだもん……」
自分なら思いもしないことに思わず目を見開くが、その理由にセイらしさを感じ、笑みがこぼれた。
…だが、そうなると……いつになったら許してもらえるのだろうか。愛しいお前の身体に触れることを。
「お待たせ、シュウさん」
ハッとして声のした方を向くと、まだどことなく顔を赤くしたセイがいた。
「ご飯食べに行こう」
笑んだ彼は、俺に背を向けて扉のある方へと向かう。
「セイ」
その背におれは声をかけた。すると、くるっと振り向いたセイが不思議そうにこちらを見てくる。
「どうしたの? シュウさん」
「…俺はいつまで待てばいい? いつになったら許してくれる? お前の身体に触れることを」
とたんに顔を再び赤く染めたセイは、こちらに背を向け小さな声でこう言った。
「とりあえず……シュウさんのこと、さんなしで呼べるようになったら…ね」
「……さんなしで?」
確かにセイは、今まで1度として俺のことを“シュウ”と呼んだことがない。
だが、なぜいきなりそうなる…?
意味がわからず、俺は聞き返す。すると、背を向けたまま、セイは顔を下に向ける。
「だって、それですら恥ずかしいんだから…キ……キスとかなんて……耐えられないと思うんだ。だから、まずはさんなしで呼べるようにならないと……ね」
だんだんと恥ずかしさに慣らしていく、ということか。
「……いつになることやら」
笑いを含めた声でそう言うと、真っ赤な顔のまま振り向いたセイが俺の服を控えめに握った。
「ね、シュウさん。ボク…頑張るから、もうちょっとだけ…待ってて、ね」
「…期待しておく」
目の下にある頭をポンポンと撫ぜてやると、セイは安心したように顔を和らげた。
いつになるかはわからないが、セイが俺のために頑張ると言っている。それならば俺も、セイのために我慢しなくてはならないな。
……いつまで待てるか、さだかではないが。
セイは気づいていないのかもしれない。お前が思うより、俺はセイのことを思っているということを…。
そして…求めている、ということを。
食堂へと軽く走りながら向かうセイの背を見ながら俺は思った。
いつも繰り返される朝の風景。だが、いつか変わるかもしれない朝の風景。
朝、目を覚ました時、セイの顔を1番に見られるときも…近いかもしれないな。
- end -
2016-8-21
2000.11.18にUPしていたものを、今回修正しました。
それぞれが朝、目覚めたときの物語です。
(裏)を見ていただくと、多分よくわかるかと。
『1日の始まり』シリーズになっております。
このほかに、セイ、葛、シュウ(裏)、ティセ、ミオ、ユウトのバージョンがあります。
屑深星夜 2008.5.17に修正(2016.8.21修正)