いつか貴方を

いつか貴方を


  いつか 大好きな貴方を
  普通に呼べる時が来るのだろうか





「……シュウさんなんか大っ嫌いっ!!!」
「セイっ!!」

 バタバタバタ…ガチャッ…バンッ!!

 勢いよくしまった扉を前に、大きくため息をついた男が1人。シュウと呼ばれた彼は、ゆっくりと椅子に腰掛けると、右手で額を押さえもう1度深く息を吐いた。
「ニャー……」
 まるで主人の気持ちを慰めるかのように黒猫が足元に擦り寄ってくる。だが、シュウはそれに見向きもせず、勢いよく立ち上がって部屋を出た。
 あとに残されたのは少し悲しげな猫の声だけだった。


 その頃、小さな影がデュナン湖を望む崖にたどり着いた。
 幼さを残す少年の顔にはうっすらと涙のあとが見て取れた。彼はぐいと目元を腕でこすると一文字に結んだ口を開き、ため息をついて崖の端に座り込んだ。
 遠くまで広がる真っ青な空に白い雲…眼下に広がる、ゆらゆら揺れる湖面。遠くを見つめながらも、その風景は全て少年の目に入っていなかった。

 彼の頭を占めているのは、ただ1人のことのみだったのだ。

「どうしたんだい? セイ」
 セイと呼ばれた少年はびっくりして後ろを振り向く。そこにはうっすらと笑みを浮かべた長い茶色の髪の女が立っていた。
「…ロウエン」
 女 ―― ロウエンは、
「なんか深刻だね。あたしで協力できることならするけど?」
と言ってセイの隣りに座ると、足を組んでじっと彼を見た。
 見つめられた方は、しばらく下を向いたりチラチラと視線の主を見たりしながら何事かを考えていたが、おずおずとロウエンを見上げると、小さな声で言う。
「……聞いてくれる…?」
「あぁ」
 彼女は、笑顔のままうなずいた。


 セイはゆっくりと話し始める。

 少し前に大好きな人にいきなりキスされたことから、恥ずかしすぎて耐えられないからそういうことはやめて欲しいと言ったこと。
 名前を呼び捨てに出来るようになったらキスしてもいい、と言ったこと。
 ついさっき、無理やりに自分に呼び捨てするように強いられたこと。
 そして、それに腹を立てて「大嫌い」と言って出てきてしまったこと…。

 ある程度のことをかいつまんで話し、そして最後に小声で言うのだ。

 ボクはどうしたらいいかな? と。

 ロウエンは先ほどより笑みを深め、ただこう言う。

 あんたは気にしなきゃいいのさ、と。


 予想外のことを言われて目を見開くセイの様子に、うっすらと目を細める。
「……そりゃね、セイ。ただ単にいじわるしてるだけだよ。あんたを困らせようとしてね」
「え?」
「多分、早くあんたに触れたいんだろうね」
「………イジワル?」
 首をかしげる幼いリーダーに、ロウエンは肩をすくめてみせる。
「あぁ、いじわるさ。そして、あわよくば名前を呼んでもらおうと思ったんだろうね。それで失敗してりゃいい気味だよ、あたしにしたらね」
 少しの間、声を立てて笑った後で、混乱してる様子のセイの肩に手を乗せる。
「だからね、セイ。あんたは気にしなきゃいいんだよ。あんたにいつか相手を名で呼んであげようって気があるなら、言えるようになるまでほっときな。そんなに気にしてたら身が持たなくなるよ」
「でも……」
 口を開いたセイが言葉を続ける前に、ロウエンが明るく言う。
「待たせとけばいいんだよ、待たせとけば。気にするぐらいなら早く呼べるようになってやったほうがいいよ、セイ」
「…そうかな…?」
「そうだよ」
 上目で自分を見てくる少年に、ロウエンは優しく微笑んだ。まるで可愛い弟を慰めるかのように、暖かく……。
 しばらく俯いて自分の心の中でいろいろと考えていたセイは、すっと目を閉じて大きく息を吸う。そして顔を上げて、真っ直ぐな瞳をロウエンに向けた。
「…うん。そうしてみる。ありがと、ロウエン」
「また何かあったらおいで。話くらい聞いてやるよ」
 立ち上がったセイは、にっこりと微笑んだ後、足早に城の中へと戻っていった。


 ロウエンは城の中に入ってすぐ、ある人物がそこにいるのに気づいた。
 セイがここにいないことから判断すると、近くに隠れていたらしい。
「あんたも意地が悪いね、軍師さんよ」
「…まぁな」
 ニヤニヤと自分を見てくるロウエンに、シュウは表情を動かさずに答えた。
「できる限り待ってやりなよ。セイはあんただから怒ったんだし、あんただからあんなに悩んでるんだよ」
「あぁ」
 わかっているとでも言いたげな瞳でにらまれて、肩をすくめつつ面白そうにロウエンが聞く。
「あんたも、意外に子供っぽかったんだね。好きな子ほどいじめたいってやつかい?」
「………じゃあな」
 軍師はそれには答えず、左手を軽く上げると、スタスタとその場を去っていった。


 その夜。セイはシュウの部屋を訪れていた。
 扉に背をつけたまま、おずおずとデスクに座っている相手に話し掛ける。
「……シュウさん」
 声を掛けられた本人は何も言わずにセイを見やる。
「あの……ね? …今は言えないけどね、ボク、絶対、シュウさんのこと普通に呼べるようにするから……待っててね」
 それだけを言うだけで真っ赤になる愛しい恋人。シュウは、人前では決して見せる事のないやさしい微笑みを浮かべたままうなずくのだった。
 ほっとしたように胸をなでおろすセイに、自分の方へ来るように手招きする。それに大人しく従って、少年はシュウが座っている椅子のすぐ横に立った。
 机に向かっていたシュウはペンを置くと、セイの立つ方を向いてその頬に手を伸ばした。
「……無理強いしてすまなかった」
「いいよ。もう、気にしてないから」
 セイはふんわりと微笑んで、添えられたシュウの手に自分の手を重ねた。





 いつか 大好きな貴方を
 普通に呼べる時が来るのだろうか

 いつか 来るよね?
 大好きな貴方を 普通に呼べる時が

 頑張るから
 いつか貴方を その名で呼べるように

 それまで待っててね

- end -

2016-8-21

2001.1.11に、シュウ×2主好きのある方へ贈ったSSです。
「1日の始まり ver.シュウ」の続き…になります。
シュウさんの忍耐力は、果たしていつまでもつのか。
…それが気になる内容ですかね?(笑)

一応、数ヶ月前の同志との妄想会にて、この続きのネタ出しは終わっております。
時間と余裕があったら…なんとか文章にまとめたいと思います!


2008.7.12に修正(2016.8.21修正)