お前に名前を呼ばれてから
縛めの解けた 獣のように
愛するものへの欲望を
とどめることができない
触れれば 遠ざかる
わかっていても
獲物を求める獣は 暴れ続ける
「じゃ、行ってきます!」
「気をつけて行ってこい」
遠征前にわざわざ部屋まで顔を見せに来たセイの隙を見て、自分の唇で彼のそれに軽く触れた。
突然のことに驚いたところ、追い討ちをかけるように笑いかけるとその頬が朱に染まる。
「シュ…シュウさん!!」
まだ、俺の名を呼び慣れていないセイのことだからな。きっと、思わず…だろう。
しかし、それがわかっていても、ピクリと眉根が寄るのを止められない。
そばに居た愛する者の腕をガッチリと捕らえ、後ろから抱きしめる。そして、右手で顎を掴んでグイと上げさせ、その薄ピンク色の唇を強引に奪った。
「シュウ、だろう? セイ」
更に赤くなったセイは、おずおずと口を開いて、
「…シュウ…」
と呟いた。
無理に顔を上げさせているせいだろうが、苦しそうなその口調が妙に艶かしくて…自分を抑えることができなかった。
俺はくるりとセイの身体の向きを変えさせ、真正面からもう一度。今度は深く…深く口づけた。
しばし、欲望のままその口腔内を犯す。息苦しさにセイが顔を歪めようともやめることなく…歯列をなぞり、舌を絡めとり、奥の奥まで味わった。
チュッと音を立てて唇を離したのは、どれくらい経ってからか。
同時に、一歩下がって距離を置いた。そうでもしなければ自分をとどめることができなくなりそうだったからだ。
しかし、拘束を解かれたセイはの瞳は熱に潤み、苦しげな息を吐いていて…その表情に胸の奥が熱くなる。理性とは裏腹にもっともっと触れたくなる己の欲を、ギリギリのところでなんとか抑えた。
「……さぁ、いってらっしゃいませ。他の者が待っているのではありませんか?」
軍師の仮面を被り、静かな笑みを浮かべてセイの背を押すと、彼は恨めしそうな表情でこちらを見た。
「……待たせたのはシュウさ…ううん。シュウのせいでしょ…?」
「いいえ。あなたが可愛らしいのがいけない」
「そんなの知らないよっ!! もうっ……っ!!」
ぷぅっと頬を膨らませたその顔すら愛しくて、抱きしめたくなるのをグッと堪える。
「さ、これ以上、皆を待たせてはいけません。いってらっしゃいませ」
「……いってきます。シュウ“さん”っ!!!」
言葉と共に、バタンッ! と勢いよく扉が閉まり、部屋に残された俺は…自分自身に苦笑した。
最近、セイに触れたい欲求が治まらない。
名を呼ばれる前はセーブできていた。けれども今は、たがが外れたように欲望が溢れ…自分で“軍師”の仮面を被らねば止めるのもやっとだ。
セイもそんな俺の変化に気づいているのか、なかなか近づいて来ない。近づけばさっきのようになり、一通りいじめられた後、軍師としての俺に突き放される。
きっと、セイの方もどうやって俺に接していいのかわからなくなっているのだろう。最近はめっきり部屋に来てくれなくなった。
俺に向けられるあたたかな微笑みも……とんと、見ることがなくなった。
「ニャ〜ン……」
椅子に腰掛けた足元に擦り寄って来た葛を抱きかかえると、その頭や首元をなでてやる。
己のせいだとわかっている。唯一の癒される場所を遠ざけているのは、他でもない自分なのだ。
それでも!
…それでも、触れる許しを得てからは、もう…自分の中の欲望に歯止めが利かなかった。
相手はまだ少年だ。俺の欲求全てを受け止めさせるわけにはいかない。
…頭ではわかっている。
それでも、今までにないほど愛する相手を手に入れたい…その衝動には敵わない。
その肢体に舌を這わせ、思うままに貪りたい。1つに繋がり、その全てを手に入れたいっ!!
ガリッ…
「つ…っ!」
左手に爪を立てられ、ハッと我に返る。
軽いフットワークで膝から降りた葛は、一定距離を置いて、静かにこちらを見ていた。その、向けられた瞳が俺を非難しているようで……サッと血の気が引いた。
この欲は…セイを失わせるかもしれない。
愛し、愛される本当の悦びを知って…唯一の安らげる場を得た。それを失ってしまったら、俺はどうなるのか?
想像して身体が震えた。
軍師としての生活に戻るだけ。戻るだけだが…それは、やりがいはあっても、苦しみのはけ口はない。
自分自身の身体を抱き、感じる寒気を抑えようとするも叶わず。ガタガタを鳴る歯の音に……自分が情けなくて堪らなくなった。
貿易商として財を成し、同盟軍軍師にと望まれたこの俺が、大切なものを失うかもしれない恐怖のために、震えが止まらないとは……。
思わず自嘲の笑みが浮かぶ。その時、再び腕の中に戻ってきた温かさにホッとする。
「葛……」
ペロペロと自分が引っ掻いた手を舐め、小さな身体を摺り寄せてくるその姿に、目を細める。
いつの間にか、震えは治まっていた。
何よりもセイを愛している。だからこそ、失うことはできない。
欲しい気持ちは変わらずとも、抑えきれない欲望をぶつけることだけは止めなければ。
軍師としてではない。
本当の、俺自身の意志で。
その日、セイが城に帰ってきた夜。
俺は笑顔で彼を迎えた。やさしくその頭をなで、部屋へと送り出した。
以前の自分のように振舞えただろうか?
セイに怖い思いをさせなかっただろうか?
その答えを直接聞くことは……できなかった。
お前に名前を呼ばれてから
縛めの解けた 獣のように
愛するものへの欲望を
とどめることができない
触れれば 遠ざかる
わかっていても
獲物を求める獣は 暴れ続ける
お前を失えば
傲慢な獣の息の根は
あっさりするほど簡単に
止まることだろう
触れれば 失う
それならば
以前の自分に戻るまで…
聞けない問いの答えは ―― 神のみぞ知る
- end -
2016-8-21
2008年1〜3月ごろ、友人との妄想会でネタ出しを終えていた、シュウ×2主話です。
一応、次の「聞こえぬ問いの」のセット商品となっております。
正直、「聞こえぬ問いの」よりも、書いてて恥かしかったっす!!
だって、シュウさんの独白が!!
あんた、何考えてんの! と自分ツッコミ入れたくなるほど!!
さて…セットのお話で一応、シュウ×2主の話は、一応一段落です。
どう終幕するのかお楽しみにー。
2008.9.6完成(2016.8.21修正)