バッシャーンっ!!
な…な、な、な…何っ!? ご主人様!? どうしたんですか!?
音に驚いて思わず飛び退いた後、あわてて振り向いたときには…もう、セイを抱えてずぶ濡れになったご主人様が池の中にいたの。
今日はご主人様のお仕事が早く終わって、久しぶりに一緒にお散歩に行けることになったの。
…セイが遠征に行かない日だったからかもしれないけど、それでもご主人様と一緒に行けるのがすっごいうれしい!
ご主人様、セイを呼びに行くんですよね?
カチャカチャ爪の音を響かせながら、ご主人様の方を見たら、ちらっと目だけであたしを確認してこう言うの。
「下に行くぞ」
え? セイの部屋じゃないんですか?
「道場の様子を見に行く」
言いながら、えれべーたーのドアを開けて下さった。
ありがとうございます!
するりと乗り込んで腰を下ろし、あたしはご主人様の後ろ姿をじっと見つめる。
いつ見ても、ホントにきれいな黒髪……じゃなくてっ!軍師のご主人様が道場に行くなんて、珍しいわ。
そりゃ、時々は視察に出かけることもあるけど、普段は他人を動かして自分は机に向かってるのに…。
もしかして…っていうか、確実にあの子がいるわね。うん。
そう予想をつけて道場に入ると…案の定、あの子 ―― セイが、トンファーを構えてワカバと対峙してたの。
「やぁっ!!」
ワカバの蹴りを左のトンファーで受け止めた、と思ったら、空いてる方で瞬時に殴りかかる。
「はっ!」
バッと後ろに飛び退いて、その攻撃を避けたワカバは、すぐに地面を踏みきって空中回し蹴り!
予測してたかのように、余裕をもってしゃがんで避けたセイは、体勢の整わないワカバにすっと近寄って、一撃。
「たぁっ!!」
「わわわっ!」
避けきれなかった彼女の方が床に倒れることになったの。
…不思議なんだけど、こういうときのセイはかっこよく見えるのよね〜。普段は素直ですんごい恥ずかしがりで、自分じゃ何にもできないような顔した、ただの子どもなのに。
チラッとご主人様の横顔を伺うと、満足そうに目を細めてた。って言っても、他の人には絶対わかんないような変化よ! あたしだからわかるんだからね!
「セイ殿」
「あ、シュウさん! ち、ちょっと待ってね」
見られてたことが恥ずかしかったのか、頭をかきながらワカバを助け起こすセイの顔は猿みたいに真っ赤。
これよこれ。これがいつものセイだわ。
14…って初めて知ったときはびっくりしたわ。だって、確実にそれより幼く見えるじゃない?
これ…容姿もあるけど、絶対性格のせいよね!
思ってることがすぐ顔に出ちゃうくらい素直。裏表なんてありゃしないわ。
それでいて、芯はしっかりしてて、目的のためには最大限の努力をしてみせるのよね。
あと、人好きのする体質なのか、誰とでもすぐ仲よくなれるの。感情表現まで真っ直ぐだから…この子のこと悪く思う人はほとんどいないでしょうね。だって、好意を向けられて嫌な人なんていないじゃない。
…ご主人様だって、そうなんだもの。
軍師としての教育をなされてきたご主人様は、人の心理を読むのが仕事みたいなもの。貿易商時代も、流通の知識だけじゃなくて、この力があったからこそ財を成せたと思うわ。
そんな、ある意味人を疑うことばかりしてきたご主人様の前に、疑う余地のない絶対的な好意を向けてくる相手が出てきたら…どう?
顔色をうかがう必要のない人物に好意を寄せられて、その笑顔に癒されて……。
好きにならないわけないでしょ?
あたしの方がご主人様と長く一緒にいるのよ? それに、ご主人様が大好きだって、毎日毎日伝えてきたのに…パッと出のあの子がご主人様の一番になっちゃうんだから!
あ――…もぉっ!! 今でも許せないわっ!
……でも、ね。ほんのちょっとは感謝してるのよ。
だって、ご主人様が安らげる場所を与えてくれるのは、セイだけだもの。ご主人様が自然体でいられる唯一の場所は、あの子のそばだけだもの。
「待たせてごめんね!」
「かまいません」
トンファーを片付けてこっちに走ってきたセイに、ご主人様が首を振った。
「行きましょう」
庭へ向かう出口へ歩き出した2人の後ろに、あたしもついて行ったわ。
眩しい光に目を細めて外に出ると、爽やかな秋の風が庭の木々を揺らしてた。
「シュウさんとこうやって散歩するの…はじめてだね」
「そうだったか?」
二人きりになって口調のくだけたご主人様は、はじめてだってわかってて首をかしげてた。
だって、どこか楽しそうなんだもの、ご主人様。
でもセイは、それに全く気づいてなくて、ちよっと不満そうな顔をするの。
「そうだよ。だって、シュウさんと会うの、いっつもお部屋とか食堂とか広間だもん」
あたしだってお散歩なんてホントに久しぶりなのよ!?
セイラディア軍に来てから、ご主人様、すっごく忙しくなったんだから!
外に行けないのはあんたのせいでもあるのよ!
そう言いつつ、あたしは心の中で呟いた。
それでも、ご主人様はなんとか時間を作ってセイに会おうとしてるの。外が無理なら、食堂で食事や…仕事の合間に、とかね。
それくらい、この子と一緒にいたいのよ。
「…セイは、外の方がが好きか?」
「うん!」
ご主人様が優しい瞳で聞いたことに笑顔で頷いたセイは…少し俯いて続けるの。
「だけど…シュウさんがいるなら、どこでも…好き、だよ」
…なっ!?
いきなりらしくないこと言い出したせいで、あたしだけじゃなくて、ご主人様の動きまで止まっちゃった。少し目を見開いて、じっとセイを見てる。
その視線に耐えきれなくなったセイは急に上を見上げたの。
「…あっ! き、今日はホントにいいお天気だねっ! 風が気持ちいいね!」
頬を真っ赤に染めて言うもんだから、照れ隠しだってバレバレよ。
セイはそのまんま空を見ながらご主人様からササッと離れてく。ご主人様が見つめたまんまのあの子の姿なんか見てらんない、とあたしが目を離したその時だったわ。
バッシャーンっ!!
な…な、な、な…何っ!? ご主人様!? どうしたんですか!?
音に驚いて思わず飛び退いた後、あわてて振り向いたときには…もう、セイを抱えてずぶ濡れになったご主人様が池の中にいたの。
「………っ!! ごっ…ごめんなさいっ!」
やっと自分の状況がわかったセイは、超高速で立ち上がって謝った。
すぶ濡れになったご主人様は、
「大丈夫か?」
と言いながら身体を起こし、水の滴る髪を何気なくかきあげたの。
指に絡み、白い頬に張り付く黒髪。均整の取れた顔をつたう滴。
それは、ご主人様の艶を一層増して見せて…あたしですら見惚れるくらい。だから…セイなんて、もう、茹で上がったタコみたいに真っ赤になっちゃって!!
「…きっ、着替えてくる!」
そう言い残して、セイはびしょ濡れのまま走って行っちゃったの。
それを無言で見送ったご主人様は、クスリと笑って立ち上がった。
もう…っ! 水も滴るいい男…ってだけでいつもよりかっこいいのに、そこで微笑むなんて!! かっこよすぎよっ!
ご主人様が誰を好きだって、あたしはご主人が大好きです! それだけは、何があったって変わりませんからね♪
あたしは、ご主人様が歩き出しても、ずーっとずーっとご主人様を見つめたまま、後を着いて行った。
- end -
2016-8-21
2008年7、8月ごろか…もっと前に携帯に打ち始めた話です〜。
あまりにも、PCから更新ができないもので携帯で頑張ってみました。(笑)
『水も滴るいい男』を書こうと考え始めたお話です。
一応、うちのサイトの目玉(?)である、葛視点にしてみました。
思ったほど、“水も滴るいい男”が全面には出ませんでしたが、なんとかまとまったかなぁ?
という感じです〜。
あ。
時間軸としては…付き合いはじめたけど、まだまだ「さん」付けのころ…です。
「日常」より後で「1日のはじまり」の前か後か…かなぁ?
というあやふやな感じっす。(笑)
2008.10.31完成(2016.8.21修正)